お城7.5日目。
朝起きるとまだまだ外は薄暗い。昨晩書いた数通の手紙を机の上に置き、アニーさんとのお買い物時に購入した服に着替える。これはお洒落着のワンピースではなく、庶民の着る洋服なの。カジュアルなパンツルックで、見た目は男性用にも見える仕様。セミロングの髪は結い上げ帽子を被り、だぶっとしたパーカーを羽織れば、背も高いので男性に見えなくもないはず。荷物は全てウェストポーチの中。いわゆるテンプレのインベントリって奴。魔法はチートだから、本を読めば殆んど使えるの。昨日のパーティーの演出もすべて魔法よ。中々様になっていたと、己では大満足している。
はむちゅは既に小鳥になって肩に乗っている。
アラカルは……
「アラカル! いい加減にしないと置いてくわよ! どうしてそう頑固なの? ごめんなさいですむ話よね? 」
「…………」
まさか死んでいないわよね?ツンツンと指でつつくと固い!慌てて掬い上げてさすってもピクリとも動かない。でもトクトクと心臓はリズムを奏でている。死んではいないわね。まさか冬眠をしたの?
ハムスターは生命維持ができない極限状態になると、冬眠状態に入ってしまうことがある。しかし冬眠は野生の頃の名残りであり、ペットとして飼育されているハムスターの冬眠は、殆んどがやがて死に至ってしまう。アラカルはどうなの?
「このバカ! 意地で死んでどうするの! ほら魔力線繋いだわよ! 起きなさいよ! ねえ起きてよ! 魔力足りないならキスしてあげるわよ! 」
あっ!今少しピクリと動いたわ!
「リョウ? 魔力線を繋げば魔力は回ります。暫くすれば回復しますよ。キスをする必要はないのです。寝た振りかもしれません。それに聖獣は死にませんよ。ともかく日が上る前に城を出ましょう」
そうなの?寝た振りなら怒るわよ?私はアラカルをハンカチに包み、胸のポケットに入れる。ここなら暖かいから元気になるかもしれない。では気を取り直して出発よ!
***
お城の脱出ルートはこんな感じ。先ずは屋上まで上るために、城の奥にあった螺旋階段へ向かう。そこから屋上へ一直線よ。私は屋上へは行った事がないけれど、おばちゃま情報では螺旋階段の先は展望台。ぐるりと城の周囲を見渡せ、遠くに城下町入口も見えるという。街が見えるのならば、城下町まで瞬間移動で飛べるのでは?という算段なの。無理ならば城の外に移動し小刻みに進む。普通に歩いても城下町入口までは約まる一日かかる。街の入口から入らなくても良いのならば、城の少し先から忍び込むことも可能。しかし入口から手続きをして街へ入らないと、後々面倒な事になる恐れがあるとのこと。まあ何とかなるでしょう。ちなみに後は泊まる所さえ確保すれば暫くは暮らせるはず。すべてはアニーさんとの買い物のおかげなの。洋服屋のおばちゃんと息子さんのお店で、街暮らしで必要な品を殆んど揃えて貰ったわけ。しかし私にはこの世界のお金が手持ちにはないの。資金稼ぎがのみが当面の課題になる。これはギルドへ行くつもりよ。
さて出発だと部屋の扉を開くとビックリ!なぜかアニーが立っている。アニーは何も言わずに、私に袋を手渡してくる。その袋を受け取りヒモをひくと、中には金貨と宝石が入っていた。
「多分こうなると思ってはいたの。でも私にくらいは話してくれると思っていたのに……もう! 待ち伏せするために早起きして大変だったんだから! それは私からの餞別よ。私のお小遣いにもならない額だから、遠慮なく貰って。また絶対に会いたいの。私を忘れないで……必ず会いに来て……」
話さなくてごめんなさい。でもツンツンした態度で話すアニーが可愛らしい。このツンデレさんめ!
「そんなの当たり前よ。もしもアニーに何か有ったなら、直ぐにでも駆けつけるわ。餞別ありがとう。遠慮しないで戴くわ。正直通貨がなくて心細かったの。本当に嬉しい。お部屋に個別にお手紙が有るから、ルードが見付けてから貰って。来てくれて本当にありがとう」
「ルードには黙って行くの? 」
「言う必要はないわよね? 護衛対象がいなくなれば騎士団に戻るだけ。あれ? もしかして私が逃げた責任を取らされてしまうのかしら? 」
「それは大丈夫だと思うよ。ルードは話していないんだね。ともかく気を付けてよ! ケガとかしないでね! 」
アニーってばやはりツンデレさん。やはり可愛いわね。
「それは大丈夫! 落ち着いたら連絡するわ。きっと驚くわよ。そうよ! アニーにもこれをあげる。キャラメルとブラウニーという、異世界のお菓子なの。私の手作りよ」
「ありがとう。手作りって大丈夫かしら? でもリョウにはすでに、死ぬほどビックリさせられているわよ」
そんなに驚かせたかしら?私たちはブンブン握手をして別れた。
***
テクテク歩くとようやく螺旋階段が見えてくる。するといきなり進行先に人影が!行く手を多数に阻まれる。いったい誰なの?
これはビックリ!正体はアニーの友だちを呼んでくれたおばちゃまたち。え?アニーから聞いて急いで来たの?お弁当と紹介状?おばちゃまたちはパーティーの裏方をしていて、私が聖女だと知ったという。あのやり取りの一部始終を見ていたそう。
「その紹介状は城下のギルマスと門番宛だよ。ギルマスは信用できるから、出来れば全てを話して頼りなさい。門番には、この人は信用できるからタダで通せとの推薦状。身分証がないと審査に時間がかかる。聖女だと内緒にするんだろ?それでは下手したら街に入れない。身分証はギルドで作成できるし、ギルマスなら知られて不味い情報も隠して作成してくれる」
おばちゃんたち……
「あんたは良い子すぎるね。おかけでアニーは幸せになれる。あんたも幸せにならなくちゃね。昨日のパフォーマンスで、近隣諸国のお偉いさんまで聖女に夢中だ。ソイツらがついてるなら大丈夫かね? しかし多分狙われるよ。気を付けな」
突如小鳥姿のはむちゅがピピピと鳴いた。ソイツってまさかはむちゅがわかるの?
おばちゃまたち!心配してくれてありがとうござぃす!良かったらキャラメルとブラウニーをどうぞ!なぜか食べてもなくならないの。ポケットを叩かなくても、食べた分が増えているの。本当に不思議。これがこの世界の常識でかければ、まああの時の神様のオマケかなにかでしょう。
おばちゃまたちにお菓子を手渡し、貰ったお弁当をササッとしまいこむ。さあ螺旋階段を上ろりましょう。柱回りをグルグル上る。吹き抜けタイプではなく、先が見えないタイプなのが残念。そろそろ屋上では綺麗な朝日が拝めるかもしれないわね。私は振り返り、おばちゃまたちに大きく手を振った。
なんとか階段を上りきると、綺麗な朝焼けが目に染み込む。雲は水色ではないから雨にはならなそう。ではお城を脱出よ!新しい生活のスタートだです!
あら?アラカルが起きたの?まあ大人しいから後回しにしましょう。
「さあ行くわよ! 城下へ向けレッツゴー! 」
私の姿は屋上から消え去った。
***
うーん。城下町までは少し距離が有るわね。残念ながら城下町の入口まで飛ぶのは無理でした。しかし見える距離までは移動できました。瞬間移動も良いけれどまだ朝も早いので、異世界を散歩しながら向かいましょう。さあアラカルも歩くわよ!さっきからモゾモゾとしているわよね?あなたはワンコになりなさい。良し良し良い子ね。
「はい。お手! おかわり! ん~おりこうさん! ラス呼びに昇格してあげるわ。はいこれ食べる?
キャラメルはご褒美よ。はむちゅはブラウニーでも食べるかしら? 」
私はキャラメルとブラウニーを二人の前に置く。小鳥姿でブラウニーを、ツンツンつつくはむちゅが可愛い。
少し歩くと湖を発見!湖畔でおばちゃまたちから貰ったお弁当を食べる。あら?お弁当も増えたわ!増えるというより、食べると再生されている感じかしら?袋から出しても食べ切らないと増えないのね。
良く解らないけれど、きっと神様のおかげでしょう。
「神様ありがとう! 」
私の異世界生活はこれからが本番よ!
そういえばはむちゅとラスの聖獣姿は別に有るのかしら?人間界では人型。動物姿は変幻自在なのよね?もしかして巨大なモフモフ!?
エヘヘ。楽しみだわ。ジュルリ……
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