9話
ルドルフのエスコートで戻ってくると、シンシアと話している紳士がいた。
あれは、昨年武術大会で準優勝なさった、23歳の王宮騎士のエアハルト・キルヒナー様だわ。
「戻って来たわね。どうだった」
「ルドルフ様のダンスはとっても素敵だったわ」
「そう。じゃあ、次はキルヒナー様よ」
どういうこと、シンシアを問いただす前に、エアハルト様がシンシアの前に進み出て、手を差し出した。
「こんばんは、アンナ様、私と踊っていただけますか」
赤毛で大柄な体格のいいエアハルト様が、真っ白な歯を見せ、微笑んでくれた。
エアハルト様のダンスのお誘いに、シリルはどうしたのかと気になり探すと、イレーネ様と仲良く話しているようだったので、シリルを待たなくてもいいかなと、ダンスを受けることにした。
「エアハルト・キルヒナー様、私でよろしければ、よろしくお願いいたします」
ドレスの裾を持ち上げて、淑女の礼で返した。
エアハルト様の手にそっと手を乗せると、しっかり握られて、ぐいと引き寄せられ、腰に手を回された。
少し強引に引き寄せられ、胸が音を立ててはねた気がした。
先ほどのルドルフ様の手は男性でありながら、しっとり柔らかかったが、エアハルト様は、騎士らしく、鍛えられた固い大きな手だった。
「シンシア様からお聞きしました。シリル様が記憶喪失になられて、大変でしたね」
「ご心配おかけして申し訳ありません。でも、体の方はシリルも私も平気なので、何かのきっかけでそのうち記憶も戻ると思うのですよ」
ルドルフ様とはまた違ったテンポでリードされる。
背中に回された手が右にぐいと押されてそちらに体を傾けると、くるりと回され、左に押されると、二人でターンが決まる。
強引なようで、ちゃんとリードされていることがおかしくなって、くすくすと笑ってしまった。
「アンナ様は、運動神経がいいのですね。私のリードに乗ってくれる方はなかなかいませんよ」
「私、おてんばなのですよ。これでも、木登りもしますし、男性用の乗馬服を私用に仕立てて、馬にまたがって乗りますの・・・呆れますでしょう」
そう言って、首を傾けて様子を窺ってみる。
シリルが言っていたように、貴族の令嬢が、木登りしたり、馬に跨ったりするのははしたないから、この方も呆れてしまうかしら。
「ははは・・・そうですか、では俺と話が合いそうだ。王都から北に向かった丘に大きな木がありまして、その木に登れば、絶景が拝めますよ。そこまで、馬を走らせるのはどうです。いっしょに、行きませんか」
心配をよそに、エアハルト様は鷹揚に笑って乗馬と木登りを進めてくださった。
「まあ、とっても魅力的なお誘いですわね。でも、いい年の令嬢が木登りなんて、呆れませんか?がさつだと思われるでしょう」
「とんでもない。俺はそういう飾らない方の方が好ましいと思いますよ」
「まあ、ありがとうございます」
シリルったら、おてんばで、がさつでも、エアハルト様のように好ましく思ってくださる方がいらっしゃるんじゃない。すっかり楽しくなって、声を立てて笑ってしまった。