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31話

 身長も漸くアンナを抜き、努力の甲斐あって、勉学でも剣術でもアンナに後れを取ることはなくなったころ、あろうことか、僕は、馬から落ちるアンナをかばって、記憶を失くしたのだ。

  目を開くと、目の前にアンナが心配そうに見つめていて、僕の無事を喜んでくれたのに、記憶を失くしたことには、責任を感じてくれていたようだ。

僕は、記憶を失くしていても、やっぱりアンナに恋をして、アンナの婚約者であることに喜びをかみしめていた。

ルシアンのことも忘れていた僕は、アンナに何の憂いもなく、純粋に恋にのめりこんだのに、あろうことか僕に他の令嬢をあてがおうとしたり、婚約破棄を申し出たりと、ヤキモキさせてくれた。

それも、僕が、アンナに八つ当たりして、酷いことばかり言っていたからこその、自業自得ではあったものの、記憶を失くしていた僕は、そんなことをアンナに言っていた過去の僕を信じられない思いでいたのだ。


 記憶を失くしてからの僕は、やっぱり、ルドルフ殿がアンナに近づくと平常心ではいられなくなってしまう。

記憶を失くしているために、それまでうまく、牽制できていたことが、できなくなっていて、僕やアンナよりも年上で、落ち着いて、魅力的な独身男性が近づくことを許してしまった。

ルドルフ・エルトマンはもとより、エアハルト・キルヒナーまで、アンナに近づいてきてしまって、どんなに焦ったことか。

おまけに、僕に気があると見え見えの、イレーネ・アルノルトが僕に近づいたにも拘らず、アンナは微笑ましそうに見ているし、少しくらい嫉妬してくれてもいいじゃないのと眉間にしわが寄ったが、それでも、話しかけてくるイレーネを邪険にできなかった。


「シンシア様から伺いましたわ。アンナ様はシリル様との婚約を白紙になさりたいとか・・・。私、シリル様をお慕いいたしております。どうか、私との縁を考えて下さいませんか」


上目遣いに、頬を染め、潤ませた目で僕を見つめるイレーヌ嬢は、可憐で、他の男ならその姿に胸を撃ち抜かれることだろうが、生憎、僕の心はアンナに捕らわれている。


「イレーヌ様、アンナがシンシア様にどう言ったか分かりませんが、僕は、アンナとの婚約を破棄するつもりはありませんので、申し訳ありませんが、お気持ちに応えることは、出来ません」

「でも、記憶を失くされたのですわよね」

「ええ、記憶を失くした今であっても、やはり、僕の心はアンナにしかないのですよ」

「・・・・・アンナ様が同じだけの想いを返してくださらなくともよいと?」

「ええ、僕が、アンナの側にいたいのです」

「・・・・・分かりました。でも、私もシリル様のことは、諦めきれません。どうか、貴方を想うことはお許しください」

「・・・・・・・」


 こんなにはっきり、断っているのに、懲りない令嬢だ。

まあ、まだ15歳だし、そのうち他の男性にも目を向けてくれることを祈ろう。


 アンナは、ようやくエアハルト・キルヒナー殿とダンスを終えたようだ。


「アンナさん、ずいぶんお楽しみだったようですね」


婚約者なのにファーストダンスを躍らせてくれず、他の男性と楽し気に踊っていたアンナに少しきつめに話しかけるが、僕の機嫌の悪さを気にする様子を全く見せずに、明るく微笑みながらアンナが・・・。


「シリル。あなたもイレーヌ様とのダンスは楽しめたかしら。あなたとは年回りもいいし、話も合うのかしら」


 年下の僕は、アンナの相手にはふさわしくなくて、同じ年のイレーヌ嬢がお似合いだって言いたいのかと、さらに不機嫌になる。


「・・・・それなりに、楽しみましたよ。次こそは、僕と踊っていただけますよね」

「そうね、ルドルフ様とエアハルト様と踊って、思った以上に疲れちゃったみたい。もう少し、休ませてくれるかしら」


 疲れたから休ませてほしいと、僕とのダンスを断ってきたアンナに、嫉妬の炎が燃え上がっているのに、アンナは2人の男性がいかに優秀で、いかに立派かと話すから、強引にダンスの輪に連れて行った。


「僕は、記憶はありませんけど、あなたのことが好きなのです」

「えっ・・・・」


 僕がアンナを好きってことが、そんなに驚くことなの。

アンナの顔には驚愕の色が張り付いていた。


「目が覚めて、あなたの顔を見たとき、天使がいたと思いました。そのあと、その天使が僕の婚約者だと知って、どんなにうれしかったことか。他の男性と嬉しそうに踊るあなたを見て、僕は嫉妬したのです」

「・・・・し、嫉妬?」

「そうです。嫉妬です。僕は、あなたが好きなんだと自覚しました。だから、婚約破棄なんてしませんよ。馬車の中でも思いましたが、どうやらあなたは、僕のことを単なる幼馴染としか思っていないようだ。僕を年下の弟だとでも思っていますか」

「・・・・・・・・・」


 婚約者だというのに、この反応・・・。

でも、僕の言葉でだんだんと頬を染めて、恥ずかしそうにする姿を見て、やっと留飲を下げる。


「いい顔になりましたね。やっと僕のことを男性として意識してくれましたか」


そして、離してなるものかと、思いを新たにしたのだ。


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