27話
お父様の説得にはかなり難航したけれど、なんとか領地に引きこもることを承諾してもらった。
ルドルフ様は、爵位こそないものの、王太子殿下の覚えめでたく、王太子殿下が即位した暁には、要職に取り立てられることが確実な方で、そんな方にあれほどまでに望んでもらっているのになにが不満なのだと言われた。
確かに、ルドルフ様は私にはもったいないくらい魅力的で素敵な方ではあるのだけれど、心がルドルフ様に向かわなかったのだ。
どうしても、シリルのことが忘れられないし、シリルのことを忘れるためにも領地へ行かせてほしいと言ったら、婚約破棄したいとずっと言っていたのに、ずっと叶えてやらなかった負い目もあるしと、結局は、折れてくれた。
ただし、令嬢としては、年を無為に重ねるのは、婚期を逃し、ルドルフ様以上の方との縁談は望めないぞと、釘は刺された。
お父様のおっしゃることはその通りなのだけれど、もう、シリル以外の方との縁談は考えられないのだ。
このまま一生を独身として終えることも覚悟の上だと重ねて言った。
大きくため息をつかれた私は、親不孝だと思う。本来貴族の婚姻は政略によるもので、ここで、お父様が、何が何でもルドルフ様に嫁げと命じることもできたのだろうが、そこは、お父様が私を娘として愛しんでくださっているということなのだろう。申し訳ないとは思うが、社交の場で、偶然にもシリルと会おうものなら、心から朽ちて行ってしまいそうなのだ。
どのくらい時間がかかるか分からないが、シリルに会わないで済む領地で心を落ち着けたいと今は切に願うのだ。
領地に向けて馬車が進んでいく。
お母さまが同行を申し出てくださったけれど、返って気を遣われることでいたたまれなくなりそうだったから、一人で発つことにした。
窓から眺める王都のにぎやかな街並みも、色が抜け落ちたように見える。
ここのところ食欲もうせて、ろくなものを口にしていないせいで、やつれて見える顔に支度をするとき、映った鏡にぎょっとした。
やがて、西門をくぐると、やっと、これで、シリルのいる王都から抜けられるのだとほっと一息ついた。
馬車が進むにつれ、遠ざかる王都を背後に目をつぶった。
王都からどこかの町へ向かう商隊などが近くを通っている。ろくな荷物がない分、こちらの方が早い。次々に追い越していく。
しばらく進んでいくと背後からかなりの速度で迫ってくる馬の足音が聞こえてきた。何かの連絡の早馬が飛ばしているのかと思っていると、その馬が馬車の付近でその歩みを緩め、御者になにか話しているようで、馬車が止まった。
「あの、アンナお嬢様」
御者がためらいがちに、名を呼んだ。
「何事ですか」
御者の不審な様子に何が起きたのだろうと不審に思っていると、馬車の戸がノックされた。
「アンナ、僕だ。シリルだ。ここを、開けてくれないか」
早馬だと思っていたのは、どうやらシリルだったらしい。
よほど、急いで馬を飛ばしてきたのだろう。息が弾んでいた。
だが、今一番会いたくない人物の登場に、私の体と顔が引きつる。
「何か御用ですか。生憎と私はシュタイン公爵令息様にお会いする義理はございません」
思いっきり突き放した口調でシリルを拒絶した。
シリルの名前だって呼ぶものかと、あえて家名を出した。
「アンナが、怒るのは当然だ。全部僕が悪い。だが、どうか扉を開けて、話を聞いてくれないか」
叫ぶようなシリルの声は、縋るような哀願を帯びていた。
あまりの必死なその様子に、扉の鍵を解いて、扉を開けた。
そっと、開いた扉から顔を向けると、扉の前にシリルがまるで捨てられた子猫のような頼りなさで、たたずんでいた。しかし、その様子よりなにより・・・・。
「貴方、どうしたの、その顔?」
シリルの両頬は腫れて、青く鬱血していた。




