26話
ルドルフ様に観劇に連れて行っていただいて、偶然、シリルを見かけて、気づいたことがある。私は、シリルが好きなのだと・・・。
時間を掛ければきっと、気持ちに折り合いをつけて、忘れられるだろうが、いつになるのか見当もつかない。そんな、いつになるともわからないことに、ルドルフ様を付き合わせていいものだろうか。観劇のプライベートシートは、王太子殿下に手配していただいたものだった。ルドルフ様の求婚がルドルフ様の主である王太子殿下の後押しの下、いつまでも、結果が出ないようなら、ルドルフ様にも恥をかかせてしまう。有能な、ルドルフ様に恥をかかせるわけにはいかない。
「本日は、お忙しいところ、お呼び立てして申し訳ありません」
侯爵庭の庭先には、薔薇が咲き乱れ、甘い芳香を放っていた。その、花園の一角の東屋で相対しているのは、ルドルフ様。
「アンナ様のお呼び立てとあらば、万難を排して駆けつけますよ」
鮮やかに微笑まれ、少し顔を傾けながら、茶器を手に。
「先日は、観劇に連れて行っていただき、楽しく過ごさせていただきました。王太子殿下にも、なんとお礼を言ったらいいか」
「楽しめていただけたのなら、良かった。王太子殿下には、私からお礼を申し上げておりますから、気にすることはありませんよ」
優し気に目を細め、一口お茶に口をつけられた。私は、これからの言葉に身を固くしながら、そっと、手を胸に当てて、大きく息を吸い込んだ。
「実は、あの舞台で、向かいに、シリル・シュタイン様がいらっしゃいました」
意気込んで話す私に、ルドルフ様は、さも知っていましたよと言うように、頷かれて先を促すように見つめられた。
「私、観劇の最中なのに、シリル様が気になってしまって、心が苦しくなってしまいました。それで、シリル様と婚約中は散々、婚約破棄したいと言っていたにもかかわらず、私はシリル様をお慕いしていたことに、気づいたのです」
こちらを穏やかに見つめてくださる、ルドルフ様にいたたまれなくなり、俯くと、ルドルフ様は、席から立ち上がり、側に跪いて、そっと、手を取ってくださいました。
はっとして、ルドルフ様のお顔を見つめると、まるで、そのことも知っていましたよと、言わんばかりに穏やかにされています。
「でも、シリル殿とは婚約破棄が成立しましたよね」
「はい・・・。そうなのですが、この、心のうちに気づいてしまいました。例え、婚約破棄が成立しようとも、この心が変わるのは、時間がかかると思うのです。それに、このまま王都にいて、また、シリル様に偶然にでもお会いする勇気がありません。ですので、当分の間、領地に引きこもろうと考えています。
・・・・この、傷心が何時癒えるのか見当もつきませんので、ルドルフ様は、私のことはどうかお忘れになっていただきたいのです」
「仕事の関係上、王都を離れるわけにはいきませんが、待たせてはいただけないのですか」
「ルドルフ様のお気持ちは、大変うれしく思いますが、王太子殿下もご存じのこと、長くお待たせするわけには参りません。どうか、ルドルフ様にふさわしいご令嬢をお探しください」
そこまで、言い切ると、今まで穏やかに微笑まれていたルドルフ様の眉が顰められました。そのお顔を見ると、あまりの申し訳なさに目に熱が集まった。
「王太子殿下の名前を出したのは、失敗でしたね。いつまでも、待っていますと言いたいところですが、貴女にそんな悲しい顔をさせたいわけじゃない。分かりました。ここは潔く引きましょう。ところで、ご領地に戻られるのは、いつですか」
「・・・・これから、父に相談しまして、3日後には向かいたいと思っております」
「・・・・見送りは、させてはもらえないのでしょうね」
「申し訳ありません。一人で立ちたいと思います」
「そうですか。私は、今までこんなにお慕いしたのは、貴女だけでした。どうか、お元気で。ここで、お別れしましょう。見送りはいりませんよ。・・・・では」
ルドルフ様の手が離れて、屋敷に向かって歩いていく。
その後姿を見えなくなるまで眺めながら、涙がそっと一筋流れていった。
誤字報告ありがとうございました。
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