25話
誤字報告をしていただき、感謝します。
なにか、気づいたことがありましたら、遠慮なく教えていただければと思います。
宜しくお願いします。
シリルとの婚約は、シリル側の公爵家から正式に申し入れがあり、結構な額の慰謝料の支払いの提案もあった。その慰謝料は、私個人の委託財産に入れてもらうことになり、世間的には、シリル側に問題があったこととして、周知された。
お父様からも、ここはしっかり慰謝料をもらうことで、私の側に何の落ち度もなかったと喧伝できるので、遠慮なくもらっておきなさいと言われた。
シリルとは、王宮舞踏会で遠目に見てから、姿を見ていない。シリルから、婚約破棄を言い渡されたが、どうしてそうなったかについては、何の説明もないまま、
シュタイン公爵家からも、シリルが婚約破棄したいと言っているので、という理由らしい。公爵家の方々は、私のことを気に入ってくださっていたし、残念がってくださったが、当のシリルが拒絶しているのだから、ごり押しはできないとのことだ。
舞踏会でのシリルとイレーネ様が柔らかく微笑みあっていた姿が頭から離れない。今まで弟のように思ってきたのに、留学から帰ってきたシリルは、見違えるほど大人びて、剣の腕前もすばらしく、私に認めてもらうために頑張ったといったシリルに胸が熱くなったのだ。刺繍のハンカチを渡したときの、うれしそうな顔を見たとき、キスをしたとき、私はこのまま、シリルと結婚して幸せになれるのだと思っていたのに。・・・・・そうだわ、私、シリルとキスしたんだったわ。
自然と顔に熱が集まり、唇にそっと指を這わせた。
「・・・・アンナ様」
「・・・・・・・・」
「アンナ様、聞いていらっしゃいますか」
「・・・・ルドルフ様、申し訳ありません。ちょっと、考え事をしておりました」
「今から向かう舞台は王都でも人気の演目です。王女と騎士の恋物語ですよ」
「・・・・・・ええ、楽しみですわ」
シリルとの婚約を破棄した私は、ルドルフ様と二人で観劇に出かけても、何も咎める者はいない。ドレスアップした私は、馬車の中でルドルフ様と向かいあって座っている。
シリルと婚約中だったころは、必ずシンシアを誘って、二人きりにはならないようにしていたのだが、それももう気にする必要はない。
「馬車の中で、二人きりなのです。私のことを考えていただけませんか」
そういって、ルドルフ様が対面の席から私の左側に腰を下ろした。
「徐々にでよいと言いましたが、私は貴女の心を手に入れるために、遠慮は致しませんよ」
そういって、ルドルフ様は、私の手を取って、甲に口づけ、熱のこもった眼差しを向けた。挨拶で手の甲に口づけられることはあるが、こんな狭い馬車の中で、密着しながらというのは、かなりくるものがある。
いたたまれなさと、恥ずかしさで、俯いてしまった。
「なんて、初々しい反応でしょう。悪い男になってしまいそうです」
「・・・ルドルフ様、からかわないでください。こんな狭い場所で、こんなに近づかれると、いたたまれません」
「その、物慣れない貴女が愛おしすぎます」
俯いた私の顔を愛し気に見つめながら、ルドルフ様がくつくつと笑われた。
劇場に着くと、最上級のボックス席に案内され、そこに二人で腰かけた。
「こんな、いいお席を予約するのは大変だったのではありませんか」
「そこは、王太子殿下が気遣ってくださいまして」
王太子殿下のお名前が出て、ぎょっとする。
大勢の臣下や側近がいる中で、ルドルフ様がいかに殿下に信頼されているかが分かろうというものである。ルドルフ様の有能さはわかってはいたものの、観劇のチケットを用意してもらえるほどに親しくされているのかと、驚くばかりである。
「そんな、王太子殿下にお骨折りいただくなんて、恐縮してしまいます」
「貴女のことでは、私もだいぶん拗らせていますから、殿下にはさっさと令嬢の心を手に入れて、政務に邁進せよとおおせでした」
「・・・・・・・ま、まあ、それは、なんと言ったらいいのでしょうか」
「焦らせてしまいましたか、申し訳ありません。でも、必ず、貴女の心を手に入れて見せますよ」
膝にのせていた手を取られて、温かい繊細な手で握られ、熱情の籠った目で見つめられた。劇場のチケットを王太子殿下に取らせておいて、ダメでしたでは、格好がつかないことは想像に難くない。
正式に婚約破棄したのに、シリルのことが忘れられない私は、ルドルフ様とこんな風にデートしていいのだろうかと途方に暮れてしまう。
「申し訳ありません。まだ、ルドルフ様のことをそんな風に思えなくて、私はどうしたらいいのか・・・・」
「すみません。こうして、二人きりで会えることに、かなり調子に乗ってしまったようです。でも、こうして二人でお互いのことを異性として意識しあっていけば、貴女に私のことをそれなりに想ってもらえるのではと、期待しているのですよ」
「はい。努力いたします」
「・・・・・・・努力ね。・・・・さあ、始まりますよ」
舞台に目を向けたその時、向かいのボックス席に、こちらを凝視する視線を感じた。
あれは、シリルとイレーヌ様。
嬉しそうにシリルに話しかけるイレーヌ様を横に、こちらを凝視するシリルの姿に胸がどきりと鳴って、目が離せなくなってしまった。
「さあ、舞台はあちらですよ。オペラグラスを持ってきましたから、どうぞ」
ルドルフ様は、向かいの席のシリルたちに気づいたのかしら。きっと気づいたわね。今は、ルドルフ様が同伴者なのだから、ちゃんとしないと。
「ありがとうございます。私の分のオペラグラスまで用意してくださって、楽しめそうです」
笑顔で受け取り、舞台に視線を向けるが、向かいからの視線は感じてしまう。
なぜ、シリルはこちらを見るの。胸が騒いでしょうがない。
舞台に目を向けたが、内容は全く入ってこない。思い出したように、向かいのボックス席に目を向けるが、そのたびにシリルと目が合ってしまう。
なに、もしかしてシリルはずっとこちらを見ているってことなの。
目が合うたびに胸がギュッと苦しくなってしまう。
隣で、ルドルフ様がこちらを伺う気配がする。
もう、どうして同じ劇場にシリルが来ているのかしら。
そして、なぜシリルはこちらに目を向けるの。
緊張といたたまれなさで、精神力がごりごりと削られていく・・・・・。




