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23話

 お父様のエスコートで、王宮主催の舞踏会にやってきた。

王宮主催の舞踏会は年に1度伯爵家以上の有力貴族を招いて行われる。この時ばかりは、よほどの理由がないと欠席は難しい。会場に着くと、いつもは婚約者のシリルのエスコートを受けるはずの私が、お父様のエスコートを受けていることで、怪訝な顔でこちらを伺っている貴族たちが、憶測を巡らせていた。シリルになにかのっぴきならない用事があり、欠席なら納得するのだろうが、おそらく、シリルはもう会場にいるのだと思われた。


「あら、シリル様お一人でいらしたから、アンナ様は体調不良で欠席されるのかと思ったら、お父様といらっしゃったわ」

「同じ会場に別々にいらっしゃるなんて、なにかあったのかしら」


こそこそと、話してはいるが、何を言っているかしっかり聞き取れる。きっと、故意に聞かせて、こちらの反応を見ているのだろう。

お父様は、腕に絡めた手を反対の手で優しく握ってくださった。一緒にいるのが、お父様で良かったわ。なんとか平静を保つことができる。

しっかり前を向くのよ。こんなところで不安そうな態度をとっては、格好の餌食にされ、何を噂されるかわかったものではない。


「お久しぶりです。アウエルバッハ侯爵様、今宵はまた、美しいお嬢様のエスコートとは、うらやましいですな」

「これはアルノルト伯爵、ええ、たまには娘を連れて、参加したいとわがままをしました」


アルノルト伯爵は、以前、シリルに憧れていて、ダンスを申し込んできたイレーネ様のお父様だわ。イレーネ様はまだ、シリルをあきらめきれず婚約者をお決めになっていないみたいで、その娘のために、私とシリルが仲たがいしているのかもと、探りを入れてきたようだ。まだ正式に決まっていないから、私とシリルが婚約破棄の危機に陥っていると知られていないのね。

私たちが話しているのを、他の貴族たちが遠巻きに様子を伺っている。感情を隠してはいるが、だんだんと顔がこわばってきた。

もう少ししたら、気分がすぐれないといって帰れないかしら。でも、それだとまたいらぬ憶測を呼ぶのかしら。でも、正式に決まってしまえば、公然のものとなるのだし、退席してもいいかしら。


「ああ、そうですか。アンナ様の婚約者のシリル殿も会場にいらっしゃっているのを見かけましたよ。シリル殿と取り合いになってしまいますね」

「たまには、シリル殿にも譲っていただきたいですから、今夜は私が独占させてもらいますよ。何しろ、結婚して家を出たらシリル殿がアンナを独占するわけですからね」

「なるほど、なるほど、そういうことでしたか。心無い噂をするものもいたものですから、安心いたしました」

「では、娘と踊ってきますので、失礼します」


 アルノルト伯爵とお父様の話に、なるほどと腑に落ちた顔をする紳士とまだ疑念を持っているのか、扇を顔の前に広げて眉をひそめた。

 

「さあ、アンナ。私と踊ってくれるかい」

「喜んで、お父様」


 こちらを伺う大勢の目から逃れられて、ほっと一息つく。遠巻きにこちらを伺う目はあるが、ダンスの輪の中に入ってしまえば、距離が空き、無言の圧力は弱まった。


「大丈夫かい、アンナ」

「ええ・・・お父様。シュタイン家からは、それから何か連絡はありましたか」

「なにしろ突然だったからね。あちらもシリル殿の言葉に本当にそうしていいのか、判断が付きかねているようだよ・・・。今まで、どちらかというと、シリル殿の方がアンナにこだわっていたようだったからね。アンナは、政略のためだと思っていたかもしれないが、こちらはともかく、シュタイン家からすると、どうしても二人を結婚させなければならないということではなかったからね」

「・・・・・そうなのですか」

「ああ、お前たちは、幼いころより仲が良かっただろう。シリル殿となら、気心も知れて、両家とも交流もあり、娶せるにはいいと思っていたのだがな。ちょっとしたシリル殿の気の迷いかもしれないし、このことは、まだ、内密にしておいた方がいいだろう」

「・・・・・」


 ダンスを踊りながら、声を潜めて話している。さすが、お父様は、にこやかに表情を作っていて、周りからは、娘を独占できて、喜んでいる親ばかに映っていることだろう。


 踊り終わって、お父様に促され、端によけると、右手側からシンシアがやってきた。


「アウエルバッハ侯爵様、アンナとは、仲良くしてもらっています。シンシア・ウェルガーと申します。少し、アンナ様をお借りしてもよろしいでしょうか」

「ああ、アンナからよくお話は伺っていますよ、シンシア嬢。どうぞ。だが、今夜はアンナを独り占めしたいので、早めに返してくださいね」

「あら、今夜アンナ様は、侯爵様専用なのですね。分かりました。早々にお返しいたしましょう」


 にこやかにお父様に話しかけたシンシアは、私の手を取ると、足早にバルコニーへ向かって行った。


「ちょっと、アンナ。シリル様とピクニックに出かけて、その後どうなったの。連絡を待っていたのよ。舞踏会にシリル様お一人でいらっしゃって、あなたはお父様にエスコートされて、いったいどうしたのかと思ったのだから」


 バルコニーの端によって、周りに人がいないことを確認すると、シンシアがかぶりつくように私に寄ってきて、シリルとのことを聞きたがった.


「連絡しなくて、ごめんなさい。ちょっと、シリルと喧嘩?みたいになっちゃって、舞踏会にはシリルのエスコートを受けないで来たのよ」

「喧嘩って、いったいどうしたの」

「・・・・・・そこは、聞かないでもらえるかしら」

「・・・・なにかあったのね。とにかく、留学から戻ってこられたシリル様が、逞しく、さらに、魅力的になられたと、令嬢方の熱い視線が大変なことになっているわよ。しかも、お一人でいらっしゃったから、まさに、猫にまたたび状態よ。・・・・以前、シリル様と踊ったイレーヌ様も、目にハートが浮かんでうっとり、見惚れてらして・・・。あなたとシリル様との間に何かあったに違いないと、憶測が飛び交っているわ」

「お父様が、娘を独占したくてわがままを言ったことにしてくれていたのだけど、やっぱりそんなことになっていたのね・・・・。でも、シリルと喧嘩したことは内緒よ」

「シリル様にはもう会ったの」

「気まずくってまだなの」

「早く仲直りしなさいよ。もっとも、あなたがシリル様でなく、ルドルフ様を選んだというなら話は別だけど」

「いえいえ、まだ、そんなことは考えられないわ」

「あなたにそのつもりはなくても、ルドルフ様をずいぶんと長くお待たせしているのだから、ちゃんと考えて上げてね」

「・・・・・わかったわ」


その時、会場から、黒髪の背の高い男性がやってきた。ルドルフ様だわ。


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