21話
ほら、と指さしながらシリルの方へ顔を向け、バランスをとるために片手を枝に置こうとしたが、その手が枝に添えられず、空を切った瞬間、ぐらりと体が傾ぎ、後ろ向きに倒れていった。
足も枝から離れ、そのまま落下していく。
この高さから落ちるとただでは済まない・・・・まずいわ。
このまま落ちて、大怪我を覚悟した刹那、私の手がたくましい手に握られた。
エアハルト様が私の手を取ってくださって、落下を防いでくださった。
エアハルト様は鍛えているだけあって、落下速度も加わった私の体を片手で支えてくださっている。
「危なかった。大丈夫ですか」
「ええ、大丈夫です。ありがとうございます」
わたしったら、またシリルの言うことを聞かないで、怪我をするところだったわ。
そそっかしいって、シリルに怒られちゃうわ。
エアハルト様に支えられながら、手近の枝につかまって、足を固定させる。さあ、もう大丈夫だわ。
あれ、それにしても、シリルは下から見ていてこの状況に何も言わないのかしら。
安全を確保してから、シリルの方を見てみる。
「えっ、シリル。シリルどうしたの?」
木の下にいるシリルが地面に倒れているのが見えた。
急いで木を降りて、シリルの側に寄り、抱き起して声をかけるが、起きそうにない。
木から落ちそうになって怪我をしそうになった私が無事なのに、木の下にいて、まだ上ってもいなかったシリルが倒れるなんて、いったいどうしたのかしら。
まさか、上っている途中で私が落ちそうになっているのを見て、シリルが落ちちゃったのかしら。いいえ、違うわ。私が指さしながらシリルをみたときには、まだ、シリルは木に登っていなかったはずよ。
必死になって、呼びかけていると、ピクリと顔がゆがみ、ゆっくりと瞼が開けられた。
「シリル、しっかりして。大丈夫?どこか、痛いところはない?」
「あ、アンナ・・・」
私の顔を見て、認識した途端、上半身を起こして私の肩をつかんだ。
「アンナ、無事?・・・どこか、怪我はしていない?」
シリルは、起き上がったと思ったら、私の体を上から下まで眺めまわした。
「木から落ちそうになったけど、エアハルト様が、手を取ってくださって、落ちずに済んだのよ。どこにもけがはしていないわ。大丈夫よ」
「ほっ・・・。エアハルト殿、ありがとうございました」
私の無事を確認したシリルは、深く安堵の息を吐き、エアハルト様にお礼を言った。
「木登りに誘ったのは俺ですから、アンナ様に怪我をさせなくてよかった。それより、シリル殿が木の下に倒れていたのに驚かされましたよ。シリル殿こそ、怪我はないのですか」
「僕は、大丈夫です・・・・。」
シリルは、立ち上がりもせず、うつむいたまま、とても大丈夫そうには見えなかった。
エアハルト様が手を貸してくれて、シリルを立ち上がらせ、肩を貸そうとしたが、本当に大丈夫だと言って馬車まで自分で歩いて行った。
馬車の中では、言葉少なでやっぱり様子がおかしい。
顔色もすぐれないように見える。
「シリル、具合でも悪いの?」
「いや、なんともないよ」
シリルは何ともないというけど、私の顔を見ようとはしない。
木から落ちそうになる前はあんなににこやかだったのが嘘のように、険悪な雰囲気だ。
危険だというシリルの言うことを聞かずに、危ない目にあって私のことを怒っているんだろうか。
やがて、馬車は屋敷に到着する。
シリルが先に降りて、私が降りるのを手を添えてエスコートしてくれる。
その際も、私の顔を見ようとはしなかった。
「ねえ、シリル。私が言うことを聞かなかったから、怒ってるの?」
「いや、怒ってなんてないよ」
「でも、なんだか変よ。ねえ、私を見て」
「・・・・・アンナ・・・・記憶が戻ったんだ・・・」
「・・・・・・」
やっと、こちらを向いてくれたシリルが、突然記憶が戻ったことを話してくれたが、あまりのことに、なんと言ったらいいのかわからなくなって、固まってしまった。
「アンナが木から落ちそうになって、こんなことが、まえにもあったなって思ったら、以前、アンナが落馬したときのことを思い出して・・・それで、全部、思い出したんだ」
「そ、そうなの。よかったわ。・・・・でも、なぜ、そんなに悲しそうな顔をするの?」
「・・・・・アンナ、婚約破棄しないか」
「・・・・・・婚約破棄?」
シリルが記憶を失う前の横柄な態度に、何度となく婚約破棄の言葉を言ってきたのに、今まで、シリルの口からその言葉が出ることはなかった。
よもや、記憶が戻った今、シリルから婚約破棄を言い渡されるなど、思いもよらなかった。
それから、シリルが何か言っていたが、私の耳には何も届かなかった。
呆然としたまま、屋敷の中に足を向けた。




