20話
エアハルト様は、北の領地での反乱の鎮圧について、いかに苦労されたか語ってくださった。
北の領主に横暴な振る舞いがあったために、領民の不満が一気に爆発しての反乱だったという。
王都の騎士団が鎮圧したが、領主にも相応の罰が下されるそうだ。
「なるほど、それはご苦労なさいましたわね」
「長期戦になったとはいえ、騎士団に犠牲者も出さず、領民も最小限の犠牲で済んで僥倖でした」
ねぎらいの言葉をかけると、被害が最小限に済んだと何度も頷きながら微笑みを浮かべるエアハルト様がお茶で喉を潤した。
「そういえば、アンナ様。ここは、以前、俺が王都を一望できる絶景が拝めると話した丘ですよ。この背後にある大木に登れば、それは、素晴らしい景色が拝めます」
そういえば、シリルが記憶を無くした後伺った舞踏会でそんなことをおっしゃっていたわね。今日は天気もいいし、ここからの眺めも素晴らしいけど、この大木に登ったら、もっと素敵なのでしょうね。
背後の木を改めてみると、下の幹にも枝が張り出していて、木登りに最適な樹状をしているわね。
「まあ、そうなんですの。私登ってみたいわ」
「アンナ、ダメだよ。あんな大きな木、危険だ」
シリルったら、私のお転婆を忘れたのかしら。・・・・あら、そうだわ、シリルったら記憶がないから、私がこんな木なんかへっちゃらだって、知らないのね。
「シリルったら、記憶がないからわからないだろうけど、あれくらいの木に登るのなんて平気よ」
そういえば、シリルの記憶が戻っているのか聞かないとと、思っていたんだったわ。
「アンナはその年で木登りなど、するの?」
「最近はしてないけど、3年前は毎日のように登っていたわよ」
「3年も前なら、もう、できなくなってるかもしれないだろ。できたとしても、そのドレスじゃ、木登りなんて無理だよ」
やっぱり、記憶がないままなのね。これくらいのドレスじゃ平気なのに。
「俺が先に登って、アンナ様を補助しますよ。シリル殿が下にいてもしもの時に備えれば、大丈夫でしょう。いかがです。登ってみますか」
「まあ、ぜひ登ってみたいわ。ここからの景色も素晴らしいけど、あの木に登ったらもっと素敵だと思うもの。ねえ、シリルいいでしょう。お願い」
胸の前に手を組んで、首を少し傾げながらお願いしてみる。
記憶を無くす前のシリルならこんな風にお願いしても、絶対頷いてくれなかったけど・・・どうかしら。
「はあ・・・・わかりました。男二人で補助すれば大丈夫でしょう」
「ああ、ありがとうシリル」
あまりの嬉しさに、シリルに抱き着くと、シリルからシトラス系の爽やかな香りがした。
シリルったらこんな香りを纏うようになったのね。ちょっと、ドキリとして、シリルの顔を見たら、真っ赤になっていて、そういえば、さっき、私たちキスしたのよね。シリルの顔を見て思い出しちゃったわ。
「では、決まりですね。早速上りましょう」
「え、ええ。そ、そうよね。シリル行きましょ」
ああ、ドキドキした。エアハルト様がいてくださってよかったわ。
エアハルト殿はするすると木に登って行き、さあ、どうぞとアンナに手を差し出した。
アンナは、ドレスの裾を持ち上げてその手を取った。
ピクニックに来ているのだから、下草や石に躓かないように丈の短い、動きやすいドレスではあったのだが、やはり、木登りするとなると、裾が邪魔なようで、膝の上辺りまでまくり上げている。
こうなると、エアハルト殿が木の上に先に登ってくれて、よかったと思う。
上へ上へ、上るごとにドレスの中の足が丸見えになる。長い靴下を履いているとはいえ、細くすらりとした形の良い足が露になっているところなど、絶対他の男になど見せられるものかと思う。
アンナが足を滑らせて落ちてきたときに、受け止めないといけないから、目を離すわけにもいかないが、それにしても目のやり場に困る。僕は、一体どこを見ればいいのだろう。
それにしても、木登りが得意だと言っていただけあって、するすると登っていくな・・・。
「ほら、アンナ様、ここからの景色が最高なのですよ」
「まあ、ホントだわ。なんて、見晴らしがいいのかしら。それに、木の上って、風が気持ちいいのよね。・・・シリルも早くいらっしゃいよ」
「ああ、分かった。今行く」
漸く、目的の場所にたどり着いたようで、エアハルト殿は景色を指さしてアンナに見せている。アンナも満足そうに景色を見てはしゃいでいる。
全く、人の気も知らないで、降りるときも、僕が先に下に行かないとだめだな。
さあ、登るかと、足を掛けたその時、はしゃいだアンナが足を滑らせた。
「アンナ・・・・」
「きゃーーーーー」
アンナの名を大声で叫んだが、俺の身長の3倍はあろうかというほどの枝からその身を躍らせた。
・・・・・いつだったか、こんなことがあったような。
『アンナ、飛ばしすぎだ。スピードを落とせ』
『いやよ、これくらい平気なんだから』
そうだ、あの時はアンナが落馬して、僕はアンナの身をかばって・・・・思い出した。




