2話
意識を失ったシリルは、アウエルバッハの屋敷に運ばれた。
医師の診察を受け、頭を強く打ったシリルは、顔を青白くさせ、意識も戻らずベッドに横たわっている。
どうしよう。シリルがスピードを落とせと言ってくれたのに、言うことを聞かず、突っ走った私のせいだわ。
私が、シリルの言うことを聞いていれば、草むらからうさぎが飛び出しても、あんなに馬が驚くことはなかったし、私も振り落とされることもなく、シリルも怪我をすることもなかったのに。
シリルの青白い顔を見つめ、目を潤ませていた。
「アンナ、食事くらいしないと、あなたが参ってしまうわ」
食事を乗せた盆を持って、寝室に入って来たのは、母のアマリエだ。
「お母さま、ありがとう。でも、食欲がないの」
「・・・・シリルが目覚めたとき、あなたが弱っていたら、シリルに心配かけるわよ。…ここに、置いておきますから、そのうち食べるのよ」
「わかったわ」
そう言って母は、食事をテーブルに置いて部屋を出て行った。
いつも、嫌みを言ってくるシリルは鼻持ちならないけど、こうやって眠っているシリルは幼く見えるわ。シリルが5歳のときは、天使と見紛うほどに、かわいらしい男の子だったけど、金色に光る長い睫毛は、ランプの光で影を作り、すっきりとした鼻梁に薄い唇、今だって十分麗しい男の子だわ。
うっかり、見惚れていると、睫毛がぴくりと動いた。
「・・・・シリル?」
そっと、名前を呼んでみると、うっすらと目を開けた。
「シリル・・・わかる?・・・アンナよ」
何度か瞬きした後、視線をさまよわせ、やっと視線が交わった。
「シリル?」
「あなたは、だれ?」
「・・・・シリル?・・・わたしよ、アンナよ」
「アンナ・・さん?」
「・・・・・・・?」
「ここは、どこでしょう・・・・」
「馬から落ちた、私を庇って怪我をしたのよ。ここは、アウエルバッハの屋敷よ」
「ぼくは・・・・シリルってだれ?」
驚愕におののきながら、医者を呼びに部屋を後にした。
頭を打ったことによる記憶喪失という診断が下った。
記憶は、何かの拍子に戻るかもしれないし、このまま戻らないかもしれないということだった。
記憶がないことを除いて、怪我は大したこともなく、その日のうちにシリルの実家であるシュタイン公爵の屋敷に戻っていた。