19話
花畑でシリルと軽食を取っていると、森の中に隊列を組んで兵士たちが横切っていくのが見えた。
そういえば、北の領地で反乱で、騎士団が派遣されたということを聞いた気がする。
ひょっとして、鎮圧に成功して帰って来たのかしら・・・。
鎮圧は長引き、後の領都の治安回復まで手間取って、約1年ほどかかったと言っていたような。
隊列が通り過ぎて行くのを見ていると、一騎だけ外れてこちらにやってきた兵士がいた。
身に着けた鎧が日の光を弾き、風になびく髪は赤い。
「シリル、あの方は、もしかして・・・」
「ああ、エアハルト殿だ・・・」
遠目にも馬上の騎士がどなたかわかるようになり、その騎士がエアハルト・キルヒナー様だと知れる。
シリルの留学前に行った舞踏会で踊った方だ。
武術大会で惜しくも優勝は逃したものの、立派に準優勝を飾ったのよね。
さすが、武術に秀でていらっしゃるだけあって、肩幅も広く、逞しい体躯をしていらっしゃるわ。
シリルは、すっくと立ちあがり、私に手を差し出し、立たせてくれた。
「お久しぶりです。シリル・シュタイン殿、アンナ・アウエルバッハ嬢。シリル殿は留学されていたと聞き及んでおりますが、戻ってこられたのですね」
「これは、エアハルト・キルヒナー殿。1年ほど留学しておりましたが、3日前に帰ってきました。貴殿は遠征からの帰還ですか」
「ええ、北の領地の反乱をやっと鎮めてきました。反乱を起こしたとはいえ、反乱軍にも同情する余地もありましたし、反乱軍とは言え領民ですから、殺すわけにもいかず、かなり手こずりましたが、ようやく帰ってくることができました」
「そうですか。それはご苦労様でした」
どうやら、私たちが居るのを見つけて、挨拶に来てくれたようだ。
エアハルト様は、反乱軍鎮圧の帰還を、シリルは留学からの帰国をお互い報告しあった。
「ときに、シリル殿はアンブローズ国のジルベルト殿下に剣術を習っていたと聞いていますが、ジルベルト殿下の剣の腕前はどのようでしょうか」
さすが武人だけあって、隣国の武人の話に興味があるのだろうか。
「ああ、ジルベルト殿下は王太子であられるのに、アルカイド国との諍い以前は平民としてお暮らしだったらしく、そこでは冒険者として腕を磨かれ、かなりの腕前ですよ。ジルベルト殿下がおっしゃるには、国王陛下はもっと強いとおっしゃってましたが・・・・。残念ながら、国王陛下は政務にお忙しく、手合わせはしていただけませんでしたが」
「そうなのですか。一度、アルカイド国に行ったことがあり、殿下を目にする機会はありましたが、何とも細身で、見目麗しく、とても地竜を単独で狩れるほどの腕前だと噂に聞くほどの方には見えなかったのですが、俺も一度手合わせ願いたいものです」
「今、僕の帰国に同行してくださっていて、今日は王都で歓迎を受けていらっしゃいますよ」
「そうなのですか、何とか手合わせできないものですかね」
「王都の歓迎会の後に僕の領地に戻っていらっしゃいますので、そのときなら頼んでみることはできますよ」
「それは、ぜひ、お願いします」
「わかりました」
エアハルト様は、ジルベルト殿下が地竜を単独で倒した武勇伝に大変興味がおありなようで、武人としてその強さに触れてみたいと、頬を上気させていた。
男性として、剣術に対してひたむきになれるのは、微笑ましいと思った。
「ところで、どうです。シリル殿、俺と手合わせ願えませんか」
えッ待って、エアハルト様が手合わせされたいのは、ジルベルト殿下でしょう。
そんな邪気のない目で見られても、シリルは武人じゃないのよ。
「シリルは騎士ではありませんよ。エアハルト様ほどの方が手合わせを申し出られるほど剣術は達者ではありませんわ」
エアハルト様と手合わせなんかして、シリルが怪我でもしたら大変だわ。なんとかここは、回避させないと。と、必死に止めようとしたのだが、当のシリルは何だかムッとした様子・・・。
「いいでしょう。お願いします」
「ちょっとシリル、なに言ってるの?貴方がエアハルト様と手合わせなんて、怪我するわ。やめてちょうだい」
「大丈夫だよ、アンナ。留学中ジルベルト殿下に鍛えて頂いたし、ここで、僕の力を試してみたい。エアハルト殿、お願いします」
「ははは・・・ジルベルト殿下仕込みの剣術楽しみです」
なんとか止めようとシリルの腕に取りすがっている手をやんわりシリルがはがした。
エアハルト様は、馬に括りつけられている模造刀を持ってきた。
二人の眼差しは真剣だ。もう止められないのは明らかで、邪魔にならないようにふらふら後ろに下がった。
二人は、すっと剣を構えた。
「アンナ、始めの合図をお願い」
「もう、シリル怪我だけはしないでね・・・・。始め」
シリルの切りつけるように鋭い目に気圧されて、始めの合図をした。
始めの合図をしたのに、二人は全く動く様子もなく、向かい合ったままだ。
最初に動いたのはエアハルト様で、一気に間合いを詰め、上段から剣を振り下ろした。
それをシリルの剣が受けながら体をずらしながら受け流し、反対の方向へ向かったと思ったら、その剣をすれ違いざま切り上げて、エアハルト様に打ち付けようと振り下ろすが、それを難なくエアハルト様が剣で受け止める。
すごいわ。
シリルったら、エアハルト様相手に善戦してる。
始まったらすぐに決着がつくものだと思っていたけど、初撃を防いでからもう何合目になるだろう。
防戦してなかなか攻撃に転じられないとはいえ、あのエアハルト様相手に全く引いていない。
シリルったら、留学で頑張ったとは聞いたが、エアハルト様と張れるほど上達しているなんて、一体どれだけ努力したのでしょう。
『シリルはな、アンナ様のために、この1年すごーく努力したんだ』
ジルベルト殿下が言っていた言葉が思い出される。
シリル・・・私のためにここまで?一体どれだけ頑張ったのよ。
額に汗を光らせながらエアハルト様の剣を受けるシリルの姿に胸が熱くなる。
私にふさわしくなろうと努力したとは聞いたが、この剣技の上達に目に見えてその努力が伝わってくる。
やがて、打ち合った剣がシリルの手から弾かれ、勝負がついた。
「負けました。さすが、エアハルト様です」
「いえいえ、シリル殿がここまでやれるとは思いませんでした。留学から戻ってこられて、見違えるように体格も逞しくなっていらしたから、かなり努力されたのだとは思いましたが、ここまでとは・・・俺も、うかうかしていられません。ありがとうございました」
シリルが勝負に負けたとはいえ、エアハルト様は武術大会の準優勝者なのだから、本当にシリルはよくやったと思う。怪我もなく、固く握手を交わす二人に、ほっと安堵して、感動してしまった。
「まだ時間が許すようなら、お茶でもいかがですか」
私が、どうやら意気投合した様子の二人に声をかける。
「ありがとうございます。もう王都に戻るだけなので、抜けてくると言ってきましたから、時間はあります。お邪魔かもしれませんが、今の手合わせですっかり喉が渇きました。ぜひ、ご一緒させてください。」
「ああ、僕も反乱軍鎮圧の話を伺いたいし、一緒にお茶にしましょう」
エアハルト様を交えて、お茶会は和やかに続けられた。




