18話
「ルドルフ様も、とうとう本気を出してきたわね。ルドルフ様には応援を頼まれたけど、シリル様も留学先で随分努力なさったみたいで、素敵になっていらっしゃってたわ・・・・。身長も伸びて、体つきも逞しく、お顔もきりりと引き締まり、精悍になったというか、男性の色気が出てきたというか・・・・。ところでアンナ、一体どうするのよ」
「どうすると言われても、まさか本当にルドルフ様が私なんかに求婚されるなんて思わないじゃない」
お茶会の後、シンシアは屋敷に泊まってくれて、寝室で私に問いかけてきたが、ルドルフ様ほどの方が私なんかを婚約者にと望んでくださっているということに、全く実感が湧かない。
ベッドの上で枕を抱えて、顔をうずめて二人から責め立てられた状況を思い出し、困惑の極致にどうしてよいかわからなくなってしまう。
その隣で、シンシアが腕を組んでベッドに腰かけている。
「だから、前から言っているじゃない。ルドルフ様はアンナを気に入っているって・・・。貴女はシリル様に、今まで散々に足ざまに言われていたから、自己評価が低いのよ。アンナが気づいていないだけで、シリル様が婚約者だからと遠慮なさっている方々がたくさんいるのだから。むしろ、ルドルフ様ほどの方だからこそ、貴女に言い寄ることができるのだわ」
「シンシアったら、買い被りすぎだわ」
「シリル様の記憶喪失の件さえなければ、シリル様の真剣さに私も応援できるのだけれど・・・。やっぱりまだ、記憶は戻っていないのでしょう」
「記憶が戻ったってシリルが言って来ないから、まだだと思うわよ」
「アンナ、そこは、しっかり確認しないとだわ。記憶が戻っても、あの、アンナを好きなシリル様のままなら、結婚しても関係を深められるじゃない」
「・・・・そうね。まずは、そこから確認してみるわ。今度、シリルに会いに行ってみる」
確かに、ルドルフ様とシリルのどちらかを選ぶとしても、記憶のないシリルとルドルフ様を比べるわけにはいかないわ。
早速、次の日、シリルと会う約束を取り付け、シリルの希望により、花畑にピクニックに行くことになった。
「その黄色のドレスよく似あっているよ。それに、久しぶりにアンナとピクニックに行けるなんて、うれしいよ」
馬車で、迎えに来てくれたシリルがまぶしい笑顔で、私をエスコートするために手を差し出す。
その手を取ると、少し大きく、剣の鍛錬により固くなっていて、その変化にドキリとする。
「ありがとうシリル。いい天気になってよかったわ」
微笑み返すと、すいっとシリルが目を反らした。
「その笑顔は反則だな・・・。実は、ジルベルト殿下とエミリア殿下に同行を願ったのは、久しぶりにアンナに会って、取り乱して、君に嫌われたくなかったからなんだ」
「そんな、シリルが取り乱すなんて・・・」
「僕もいっぱい、いっぱいなんだ。さあ、馬車に乗って・・・・」
そんなことを言われると、かえって意識してしまうじゃないの。ドキドキと胸が高鳴って、馬車の中でシリルの顔が見られない。幼さがなくなって、すっかり逞しくなったシリルを目の前に、狭い馬車の中で、逃げ場もなく、ただ外の景色を眺めて気を反らし続けた。
ピクニックは、王都を望む丘の上に立つ大きな木の影で、敷物を広げた。
木の下の草原には、この時期に見頃となる、黄色い花が一斉に咲いていて、蝶や蜂が飛び回っていた。
空気を吸い込むと、新鮮な新緑の葉の香りがして、清々しい。
「ねえ、シリル。王都が一望出来て、景色がいいわね。お花も一面に咲いていて、とってもきれいだわ。よく、こんな場所を知っていたわね」
「ああ、王都を望むこの場所が素敵だって、使用人たちに聞いたのさ。気に入ったみたいで、よかったよ」
シリルは大きく伸びをして、胸いっぱい空気を吸い込んだ。
「ねえ、シリル、実はずっと貴方に渡せなかったのだけれど、これ、受け取ってもらえるかしら」
シリルが記憶を失ってから、作り始めたユリの刺繍を施したハンカチをシリルに渡そうと差し出した。 記憶を無くす以前のシリルには絶対に渡さないプレゼントだ。
渡そうとしたら、留学に1年もの間、突然行ってしまうし、帰ってきたと思ったら、ジルベルト殿下やエミリア殿下とご一緒だったし、ルドルフ様との茶会に乱入してきて、それどころではなかったしで、結局今まで渡せずにいたのだ。
「・・・これを、僕に?・・・ありがとう。大切にするよ。これは、ユリの花の刺繍かな?・・・もしかして、アンナが刺してくれたの?」
「ええ、私って昔から刺繍って得意じゃないのだけれど、ユリってわかってもらえてよかったわ。実は、貴方が留学する前には完成していたのよ。でも、なかなか渡す機会がなくて・・・」
「ちなみに、どうしてユリの刺繍か聞いても?」
「シリルが姿勢がよくって、りんとした様子にユリの花が合うなって思ったの」
そう答えると、シリルが私に近づいてきて、抱きしめてきた。
突然の抱擁に驚いて、固まってしまった。
「留学前から、僕のことをそんなふうに、思ってくれてたなんて、うれしいよ。ありがとう、アンナ」
それは嬉しそうにお礼を言うシリルに、記憶を無くす前の皮肉屋の面影はなく、苦手な刺繍をシリルにプレゼントするために頑張った苦労が報われて、喜んでくれる気持ちに嬉しさが溢れた。
そっと手をシリルの背中に添わせると、ぎゅっと抱きしめ返してきてくれて、気持ちが繋がった気がした。
「シリルが喜んでくれて、うれしい」
体を離してそっとその顔を見れば、頬を染めて目を細めたシリルと目が合った。
シリルはそっと目を閉じて、顔を近づけてきた。
ひょっとして、キスされるの?
少し、身を縮めて息を飲み、目をつぶると、そっと唇が触れ合って離れた。
「アンナの唇って、柔らかいね」
それを限りに止まってしまうかもと思えるほど、ひときわ高く胸が高鳴り、足に力が入らなくなって、よろけると、シリルがしっかりと抱きとめてくれた。
シリルの胸に体を預けて、逞しい胸に顔を埋めて、もう、シリルの顔は見られないと思った。
「アンナ、かわいいね」
シリルってば、一体何なの?
あの、年下で、皮肉屋で、でも私が守るべき可愛いシリルはどこへ行ったの?
ぎゅっと目を閉じて、動けなくなった。




