15話
記憶を無くす前、なぜ僕は、アンナさんに酷い態度を取っていたのだろうかと、ずっと考えている。
目覚めてから、アンナさんを目にした瞬間から、あのかわいらしい笑顔が僕の胸に刺さって、消えない。
会うたび、ころころ変わる表情も、生き生きとした眼差しも、僕の心をとらえて離さないというのに、一体何が不満で酷い態度を取っていたのか。
アンナさんが、婚約者にもかかわらず、僕に心を許してくれないのは、以前の僕の酷い態度にあるのは分かっている。
だが、一つ今の僕にも言えることだが、アンナさんに対して自信がないのだと思う。
今は、アンナさんより背も高いが、幼いころの2歳差は大きい。
きっと、アンナさんの身長を追い越したのも去年くらいではないのか。
家庭教師に学問を習って、経済学、語学、歴史学、数学に楽器まで、いずれ領地を継ぐ嫡男であるからというには異常なほどの学習量だ。
領地の兵士長に、剣術も習って、この年としては、かなりの腕に達しているという。
記憶を無くす前の僕は、何かに追い立てられるように、勉学に、剣術にのめりこんでいたようだ。
これで、週に一回アンナさんに会いに行っていたのだから、アンナさんに執着がなかったわけがない。
アンナさんに、一旦婚約破棄をしましょうと言われて、これではだめだと思った。
このままでは、記憶がなく、アンナさんに対する想いがあったとしても、ルドルフ殿のような優秀な男を前に、子どものように嫉妬丸出しで取り乱すようでは、どのみちアンナさんに愛想を尽かされてしまうと。
本当は2年は欲しかったが、1年で隣国へ留学して、自分を高め、アンナさんの婚約者としての自信をつけなければと思ったのだ。
ルドルフ殿やエアハルト殿がアンナさんを狙っている様子の中、アンナさんの側を離れるのは不安だが、このままでは、このままではだめだと、賭けに出ることにした。
アンブローズ国は、第2王妃と宰相が王太子を暗殺し、第2王妃の王子を玉座にと目論んだが、未遂に終わり、同時に王太子の抵抗勢力を一掃して新しい国造りを始めた活気にあふれた国だ。
優秀な王太子は、王崩御後戴冠し、次々に新しい政策を打ち出し、青虫が脱皮して美しい蝶になるように国が創り替わっている。
そのような刺激にあふれた国に行って見聞を広めれば、僕も、大人の男になれるのではないかと・・・いや、絶対なって見せる。
アンナに手紙をしたため、アンブローズ国へと旅立っていった。
「シリル、この前お前が提案した政策、実に面白いものだったぞ」
シリルは、地方で物品ごとの品評会を王家主導で行い、優勝者には、マイスターの称号とそのマイスターが高齢になった時に育てた弟子の数で年金額を決めるという取り組みを提案した。
シリルの提案した政策は、品評会により、地方の物品や技術に革新をもたらすとともに、優勝し、マイスターの称号を得たものは、弟子を得るため技術を磨き続けなければならず、さらに、技術革新を促す、全く新しい取り組みだった。
「ありがとうございます。フランツ殿下」
フランツ殿下は、今の国王が王太子のとき、王太子暗殺を目論んだ第2王妃が玉座にと望んだ、王子だ。しかし、王太子とともに、王妃の目論見を打ち砕いた功労者として、王位継承権は放棄したが、現王の臣下に下って王家を支えている。
「君のような若者が、このままこの国に残ってくれると嬉しいのだが、公爵家の嫡男じゃ留めることは難しいな」
「フランツ殿下にそのようにおっしゃって頂けて、光栄です。しかし、1年のお約束ですので、申し訳ありませんが、来月、帰国させていただきます」
「そうか。残念だ」
この1年近く、フランツ殿下について、必死に勉学に取り組んできた。
剣術は、ジルベルト殿下(王弟)とエリアンヌ殿下(王妹)が付き合ってくださった。
ジルベルト殿下は、僕と同じ年なのに、冒険者でもあり、剣術は達人の域だ。
ジルベルト殿下と双子でジルベルト殿下にそっくりのエリアンヌ殿下は、能力向上の珍しい魔法が使えるので、僕と殿下にかけてくれる。
魔法で無理やり能力を向上させるため、実際の筋肉は悲鳴を上げて、魔法が切れたときにはとんでもないことになる。
だが、それで筋力が活動時間の3倍ほども鍛えられ、動体視力も向上するという、効率的な鍛え方ができるのだ。
1年とは言え、全く濃い1年を過ごさせていただいたと、感謝の念に堪えない。
アンブローズ国の設定が細かいと思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
実は、初めて投稿した「銀の髪の兄妹」の登場人物をぶっこんでみました。
よかったらそちらも、ご覧ください。




