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12話

 馬車に乗って、アンナさんのもとに向かう。もう盛夏と言えるほど暑い。馬車の窓を開けて入ってくる風が心地よく頬をくすぐる。

昨夜の夜会では、自分の気持ちを自覚して、婚約破棄なんてするものかと誓ったのだ。アンナさんにも、その覚悟をわかってもらわねばならない。週1回の訪問なんて、待っていられるものか。

アウエルバッハ家の屋敷が見えてきたが、屋敷の中に見慣れない馬車が入っていくところが見えた。

来客があるのかと思ったが、婚約者の特権だから、突然の訪問でも許されるだろうと、続いて中に滑り込む。

馬車を降りると、先に中に入っていた馬車の持ち主がこちらを窺っていた。


「これは、シリル・シュタイン殿。お久しぶりです。本日は、アンナ様にお茶会に招かれたのですが、貴方は、お約束されていらっしゃいましたか?」


約束を取り付けてきたのに、お前は約束もしないでやって来たのかと、あてこすって来たのか?


「ルドルフ・エルトマン殿、昨夜の夜会では、()()()のアンナがお世話になりました。約束などは、しておりませんでしたが、()()()ですから、いつ訪問しても、許されるというものでしょう」


なぜ、こいつがアンナさんに会いに来たのだと内心苛立つが、婚約者の特権だと優位さをアピールさせてもらうぞ。それにしても、僕はまだ成長期なんだ。こいつより身長が低くても、そのうち挽回してやる。くそー。下から見上げるのに若干卑屈になってしまう。


「ルドルフ様、ようこそお越しくださいました。・・・・シリル、今日は訪問の日じゃなかったわよね。どうしたの」

「アンナさん、僕は貴女の婚約者なのですから、いつ会いに来ても許されるはずでしょう」

「ええ、突然来るなんて、今までもたまにあったことだし、大丈夫だけど。シンシアとルドルフ様とお茶会の予定なのよ。・・・ルドルフ様、シリルも一緒によろしいですか」

「もちろんです。アンナ様」


余裕の様子で、ルドルフが笑顔で応じる。シンシアも一緒だと聞いて、二人きりじゃなかったと、胸をなでおろすが、この男、絶対アンナさんを狙っているぞ。


庭のポーチにティーセットとお菓子がセットされていたが、夜会で見かけたアンナの親友だというシンシア嬢が着席していた。


「ルドルフ様、また、お会いできて光栄です。・・・シリル様も、ご一緒なのね」

「シンシア、今日はシリルも一緒にいいでしょう」

「申し訳ない、シンシア様、婚約者のアンナさんの顔が見たくなって、やってきました。僕も入れてくださいますか」

「ええ、もちろん大丈夫ですわ・・・・」


シンシア嬢が席を立ち、困惑の表情で、ドレスをつまんで挨拶する間に、3脚しか用意されていなかった椅子が、メイドたちが、慌ただしく、椅子を1脚増やし、ティーセットも1名分増やし、4名分が整った。

香り高い紅茶の香りに包まれ、茶会が始まる。

一口、口に含むと、すっきりとした味わいの中に少しの苦みと香りが立ってきた。


「このお茶は、ダーベルド産ですか。香りが素晴らしいですね」


ほぼ、同時に口に含んだルドルフが、産地を口にした。


「よくおわかりですね。この春に採れた。ファーストフラッシュです」

「やはり、新茶だと緑の香りが残っていて清々しい苦みがおいしいです」

「ルドルフ様は、経済学だけでなく、お茶にもお詳しいのですね」

「いや、このようなこと、常識ですよ」


アンナさんと話しながら、お前にはわかるまいとでもいうように、ちらりとこちらを見てくるのがむかつく。確かに分からなかったが・・・おいしいのは分かったぞ。


「ルドルフ様は、王宮でも相談役としてご活躍なのでしょう。王都から港町レーヌの町まで河川を整備して、船で商品を運ぶ計画をされていらっしゃると伺いましたわ」

「アンナ様、ずいぶんお詳しいのですね。港町には他国から多くの商品が届きますし、わが国からも輸出します。他国と経済によって結びつき、友好関係が築ければ、争うこともなくなり、平和になると考えているのです」


経済学者とは聞いていたが、確かに経済で外国と友好関係を築くことは、国防の観点からも有効だ。河川を整備して、貿易を活発にしようと考えるなんて、王太子が頼りにするだけはある。


「しかし、あまり国が発展すると、その富を求めて他国が・・・例えば、好戦的なアルカイド国とかが介入してくる可能性もあるのではないですか」

「経済によって関係を深めることで、有事の時は援軍を出すと友好国との間で条約を交わすことによって、抑止力になりますし、なにより、経済的に潤えば、軍隊も増強出来て、ますます国防を強化できるでしょう」

「なるほど、素晴らしいお考えですわ。経済って国が潤うということだけでなく、他国から守る盾にもなるのですわね」


好戦的なアルカイド国を引き合いに出し、引っ掻き回してやろうと思ったのに、言い負かされて、かえってアンナさんの感心を奪ってしまうなんて・・・・。


「ルドルフ様は、ゆくゆくは、財務大臣におなりになるのですか」

「私は、伯爵子息とはいえ、3男なので、領地を継ぐことはありません。財務大臣になれるかどうかは分かりませんが、経済学者として身を立てていこうとは思っておりますよ」


シンシア様が、ルドルフの未来に言及すると、ルドルフは、伯爵家の3男だが、自分の才覚一つで身を立てていくと話した。その目は、アンナさんに向けられている。


「では、財務大臣になれなければ、雇われ経済学者というわけですか。ひょっとして、いまだに婚約者をお持ちでないのは、経済的に不安だからということですか」

「まあ、シリル、なんてこと言うの。たとえ、財務大臣におなりじゃなかったとしても、ルドルフ様なら立派に身を立てられるわ」


経済的に将来の自信はないだろうと揶揄すると、アンナさんが、その言を咎めるようにルドルフを庇った。


「たとえ、財務大臣になれたとしても、アウエルバッハ侯爵家ほどの財が持てるとは思いませんが、つましくとも気高く生きるつもりです。アンナ様は、そんな、つましい私はお嫌ですか」

「私は、財があるに越したことはないとは思いますが、財には拘りません。要は人として誇りを持って生きられるかだと思っております。これから先、どんな境遇になろうとも、ルドルフ様は素敵な方だと思います」


ルドルフが経済的に成功しようが成功しなかろうが、そんなことは問題ではないというアンナさんの意見にすっかり心を奪われ、うっとりアンナさんを見つめるルドルフに苛立ち、ルドルフの味方をしたアンナさんに愕然とし、思わず席を立った。


「失礼・・・・急用を思い出しました。失礼します」


きっと、今、僕は不機嫌そうな顔をしているとは思ったが、微笑み合う二人に居たたまれなくなってしまい、足早に歩き去った。


「あ、待って、シリル」


後からアンナさんが追ってきた。


「どうしたの、シリル、なんだか不機嫌そうだわ」

「貴女は僕の婚約者です」

「ええ、分かっているわ」

「だったら、あんな奴に微笑みかけないでください」

「・・・・・シ、シリル?」


そう言って、僕はアンナさんの体を抱きしめた。


「シリル・・・」

「アンナさんが、・・・・僕のアンナが、他の男を笑顔で見つめると、嫉妬でおかしくなりそうだ。経済学者として有名なルドルフ殿は、貴女にとって魅力的ですか?貴女より年下の、無学な僕は貴女にふさわしくありませんか?」

「シリル、誤解よ。ルドルフ様は優秀な方だし尊敬しているわ。でも、それだけだわ」

「貴女はなにもわかっていない。あの男は貴女を狙っているんだ」

「シリル、私には貴方という婚約者がいるし、ルドルフ様ほどの方が、私なんて相手にするわけないじゃない」

「・・・・君は僕のものだ。絶対婚約破棄なんてしない」


耳元で、それだけささやくと、アンナさんを放して馬車に向かって去っていた。


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