11話
記憶を無くす前の僕は一体何をしていたのだろうと思う。
舞踏会から帰りの馬車で、僕の告白に居たたまれないようで、扇を膝の上で握りしめて、馬車の窓に視線を向けたまま、こちらを見てくれないアンナさんにため息をつく。
好きだと言われて、居たたまれなくなる婚約者っていったいなんだろう。
記憶を無くして目覚めたとき、目の前にいた少女に心臓が跳ねた。
もう日が暮れかけた部屋のランプの光に照らされた、アンナさんの顔は神々しく、ハシバミ色の瞳も揺らめく光を受けて金色に輝いていた。この人は誰だと思う前に、なんて美しい人だという印象でその人を見たのだ。
次いで、自分にこの人が誰だかわからないことと、自分自身のこともわからなくなってることに心細く思いながら、僕がアンナさんを庇ったことでこんな状態になったと聞かされた。
こんな状態ではあるけど、アンナさんを庇ったことが原因ならそれもしょうがないと思ったのだ。
湖にピクニックに行った時も、黄色の簡素なドレスが、緑の木々に映えて、花のようだったし妖精かと思うほど可憐だった。
その、かわいらしい容姿に似合わず、おてんばなようで、湖に足を浸したいといって、靴下を脱ぐために太ももまであらわにしたのには焦った。僕が年頃の男性だという意識はないのかと、慌てたものだ。
足を滑らせて、転びそうになるアンナさんを抱きとめると、恥ずかしそうに顔を赤らめて・・・ギャップに反則だよと、心の中で叫んだものだ。
馬車の中で、アンナさんは、他の令嬢に心変わりをしてもいいなんて言って、愕然としたが、僕は、アンナさんへの思いは、記憶を失って、初めて目にしたのがアンナさんだったので、生まれたての雛が最初に目にしたものを慕うような感情なのかと、疑ってもみた。
だが、着飾った他の令嬢と話しても、ダンスを踊っても、アンナさんほど気になる令嬢はいなかったし、アンナさんが他の男性と楽しそうに踊っている姿を見て、胸に湧く不穏な影がどんどん大きくなって、これは、嫉妬なのではと、気が付いてからは、居てもたってもいられなかった。
「アンナさん」
向かいに座るアンナさんにそっと呼びかけるが、ビックっと体を震わせている。
急に告白なんかして、失敗したのかと、心配になる。
「あ、あの・・・シリルは、記憶がないから・・・きっと、記憶が戻れば、私のことはどうでもよくなるのよ。す・・・好きなんて言ったことをきっと後悔するわ。だから、聞かなかったことにするから」
ぐさりと剣を胸に突き立てられた気がした。
僕の思いが、記憶を失ったための勘違いだと、思われるなんて・・・ほんとに、以前の僕を殴ってやりたい。
「どのみち、僕はアンナさんの婚約者ですよね。以前の僕も婚約破棄しないと言っていたのでしょう。だったら、何の問題もありませんよね」
僕は、膝に置いた手を握りしめて、絶対婚約破棄なんてするものかと誓った。
11話では、シリル視点で、書いてみました。
二人の関係がこれからどうなるか、お楽しみに!
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