第二話
どうすれば帰れるんだと、深山は行き詰っていた。現在、彼はコンビニから自宅に帰る途中の道からなぜか出れないのである。まるで同じ所をグルグルと回っているかのように。
その時、ぞっと背筋に寒気を感じる。それと同時に、これと似たような感じを経験をしたことがあるなと彼はふと思い出した。
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それは幼い頃に家族とキャンプをしたときのこと。彼がまだ小さいときは両親もそこまで放任主義では無かった。数は少ないもののそうやって遊びに連れ出してくれていた。
年相応に大はしゃぎし滅多に来れない山の中腹とあってか彼は幼心に冒険というものがしたくて仕方なかったので、両親が寝静まったのを見計らって夜更けに泊まっていたキャンプ地から抜け出した。もちろん怖さもあったが、それを上回る冒険への高揚感に胸を期待で膨らませ軽い足取りでその足を進める。
暗くないようにとその小さな手で懐中電灯をしっかり握りしめ辺りを照らして歩いていたのだが、最初の心意気が嘘であったかのように段々と心細くなってしまっていた。さらになにやら嫌な雰囲気を感じ取ったので、最終的にはそう遠くない所で引き返そうと決める。
さあ帰ろうと振り返った瞬間、茂みからがさがさと音がした。その音に恐怖のあまり硬直してしまい、彫刻のような姿で固まってしまった。
そこから現れたのは彼と比較して数倍も大きい猪だった。その目は血走っていて、鼻息が荒い。獣の臭いを充満させ、その茶色い毛には所々血のような赤黒さが滲んでいる。
彼は怯えて震え一歩も踏み出せなくなり、幼いながらにこれからの自分の未来を予感した。
その野獣はすぐに動くことは無かったが、徐々にその身を低くしていき後ろ足で砂を払うかのような動作を見せる。相手が小さい生き物だろうと一切の油断はせず警戒しているのだ。
いつまでこうしていればいいのだろう。そんな考えが頭に浮かんできたときに事は起きた。
発砲音。人生で初めて聞くその鈍くて重い音にビクッと彼は体躯を縮こまらせた。
それから程なくして、獣の巨体が崩れ落ちその周辺を赤いペンキで染める。辺りには先ほどよりも濃い別の臭いが立ち込めていた。
彼はへなへなと腰を抜かしてしまい、その場に座り込む。そして先の音の方を見やると数人の猟銃を持った男性が立っていた。その男たちがこちらに駆け寄り、怪我は無いか、深山さんの所の子で合っているか、と声を掛けてくる。どうやら彼らはキャンプ地にいた管理人兼またぎであると後々分かった。
その後は珍しく両親にこっぴどく叱られ、キャンプから帰って来た後でもしばらく一人での外出は許可されなかった。
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冷たい汗が背中に流れる中、そんなこともあったなと思い出していた。この嫌に重い空気感が幼い頃に体験したものと似たものである。先ほどは帰れないだけでここまで息がしにくいということは無かった。
不意に酷く饐えた臭いが彼の鼻を刺激した。
彼は咄嗟に振り返ろうとした瞬間、ドッと自分の身体に衝撃が走る。
首を下に向けると、自らのお腹の真ん中辺りから赤黒い手のようなものが生えていた。
彼の頭は今の状況を理解しようと動いていく。そして徐々に腹部から脳へある信号が送り出される。
「ぃ、あぁぁぁぁぁぁ!!!」
それは人生で体験したことが無いレベルの痛みであった。
想像を絶する痛みとその光景に、脳は耐え切れず自衛のためのプログラムが始まる。
急激に視界が閉じていく中でぼんやりと頭に浮かんだものは、両親と手をつないで歩いていた幼い自分だった。
目を覚まし最初に写った光景は、まばゆいほどに輝き青々とした大空であった。
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