第一話
深山は急いでいた。必ずこの邪智暴虐な飢えを断ち切らねばならぬと。
熱帯夜と呼べそうなくらいの熱に浮かされ、そんなくだらない思考を垂れ流しながらグダグダかつダラダラと目的地であるコンビニまで歩いていた。そこへは自宅から真っ直ぐ進めば行けるため、道としては難しくない。問題があるとしたら、このじめじめとした暑さくらいのものである。
通りは電柱があるが、薄暗く人がいない。ともすれば幽霊のような化物が出てきそうにも見える。けれど近所の家からは生活音が聞こえ、確かに人間が住んでいるのだなと安堵感に似た感情が湧いてくる。彼自身そこまで他人というものは好きではないが、こういうのは悪くないなと思っている。万が一不審者に遭遇でもしたら大声を上げれば近くの家から誰かしらが反応するだろうし、と能天気に道を進んでいた。
しばらくして当初の予定した通りの場所に着いた。店内は明るく先とは打って変わって極楽浄土みたいな涼しさだ。そこで肉の入った弁当と赤いロゴがマークの黒い飲料水、そして芋を加工した菓子にうっすら冷気を放っているアイスクリームを買って目的を完了させた。
あとは自宅に帰ってその身に宿した空腹感を解消するだけだと、彼はうきうきとした気分で行きよりもほんの少し足を動かしペースを早める。
行き道より早く歩みを進めていたからなのか、違和感を感じた。なかなか自宅のアパートが見えてこないのである。コンビニを出てから体感でしかないが十分以上は経ったはずだ。寝起きでボーっとしていたせいなのか携帯電話を忘れたので時間は測っていなかったが、今まで何回も通った道だ。そのくらい分からない訳が無い。
何よりおかしいと感じる最大の点が、先ほど通り過ぎたはずのとある電柱を見かけたのだ。その電柱には「行方不明者捜索中」のポスターが貼ってあり、自宅とコンビニを結ぶ道の中にそれがあるのは数ある電柱の中でも唯一そこしかない。
しかもさっきまで通りがかりの家々からは、微かではあるが人の喋り声や生活を営む音が聞こえていたはずだ。それがさっぱりと耳に入らなくなった。
だがそんなものは気のせいだと彼は思っていた。なぜなら自分は寝起きでそんなに頭が働いていないし、そもそもそんな不可解な現象は普通に考えてありえない。だから自分の勘違いだと。
彼のその考えは通常時では正解だが、今回は不正解だった。
例の電柱を通算で五回は超えた辺りだろうか。彼はこう思った。
(これは明らかにおかしい。変だ。)
なぜここまで歩かないとそう思わなかったのか謎ではあるのだが、ようやく自らが変な事態に巻き込まれているのだと実感した。もしかしたら、そんなことはないと無意識に思い込もうとしていたのかもしれない。
しかしようやく脳が現状に追いついて来たのか、少しづつ彼の頭は回り始めていた。
(なぜ帰れないんだ。もし仮にこの現象が、帰ろうとしてるから起こっているのだとしたら逆にコンビニに向かうとどうなるんだ?それに軽く犯罪みたいになるかもしれないが、そこの家の塀をよじ登って別の道へ行けないだろうか。とりあえずやってみるか。)
二つ試したいことができたので、彼はそれを実行しようと試みた。それがさらに彼の考えを苦しめることになる。
端的に告げると、結果は失敗。コンビニに向かおうとしても、先ほどと変わらない電柱がまた見えてくる。塀に手を掛けようとすると、見えない壁でもあるのかのように阻まれる。
(いやいやいや。・・・え?なんで?)
(コンビニに行けないのはまだ良い。多分こうなるだろうなと予測できた。)
(でも塀を掴めないのはなんで!?物理的におかしいだろ!)
ここで述べておくとすれば、彼は別に馬鹿では無い。むしろ彼の同学年と比べると優秀な方だ。若干怠けがちなのは否めないが、本来であれば論理的思考に長けているし問題解決能力も高い。それは彼の両親の影響を受けていて、今ここでは詳細を割愛するがその教育によりある専門分野にも精通している。
ここで先ほどの説明に気づいただろうか。そう、「本来であれば」である。非現実的な現象が彼から元の思考能力を奪っていた。
無理もないだろう。彼はまだ十七歳であるのだから。そして仕方もないだろう。彼は普通の男子高校生であるのだから。
だから。
だから彼は、先ほど彼の真後ろに現れた黒いマントに身を包んだ異形の者に気がつかなかった。
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