05 式神
車の中に待避したナオは、先程までの恐怖心や不快感が急速に薄れて行くのを感じた。
外気と遮断されたためだろうか……そんな風に不思議に思っていると、縁がペットボトルの水を差し出してきた。
「これで口をゆすぐといいよ」
「あ、ありがとうございます……」
「どうした?」
「いや……なんだか車の中に入ったら、急にホッとしちゃって……」
「ああ、この車には、マドカが結界を張っていたからな」
「そうなんですか!?」
キョロキョロと車内を見回すと、室内灯の近くに札が張ってある事に気づいた。
「これが……そうなんですか?」
「たぶんね。まぁ、何が書いてあってどういう作用をしてるのかわからないから、触らない方がいいよ」
「は、はい……」
危うく好奇心に駆られて触りそうになっていたナオは、慌てて手を引っ込める。
「でも……マドカちゃんが、こんな術を使えるなんて……」
「これも、前世の知識ってやつのお陰なんだろうな」
「なんだか、マドカちゃんが遠くにいっちゃうみたいで、少し淋しいです」
しょんぼりしながら、ナオは呟いた。
イケメンな式神を喚び出し、妖怪と対峙している彼女の姿もそうだが、何よりあんなにも怒りを露にするマドカなんて、幼い頃からの親友であるナオだってほとんど見たことがない。
そんな、ツーカーの仲だった彼女の知らない一面に、少しばかり戸惑っていた。
「あいつは、そんなに変わってないよ」
「そうなんですかね……」
「そうさ。いつも『ナオがー、ナオはー』って君の心配してるし」
マドカの真似をする縁の一言に、ナオは思わず吹き出してしまう。
「それに、母さんの事もあるからな……ああいった、手前勝手に他人を傷つける奴等に、マドカが怒るのはいつもの事さ」
「ああ……」
マドカの母は、かつて彼女達一家族が旅行に行った時、薬物で錯乱した通り魔に刺されて命を落とした。
それからだ、マドカが理不尽な暴力に対して、激しく怒るようになったのは。
ナオもそれを知っているからこそ、妖怪達の物言いがマドカの逆鱗に触れた事を理解したのだろう。
「マドカちゃん……大丈夫かな……」
「なぁに、前にナオちゃんにお披露目した時と違って、最初っから戦闘体勢だから、大丈夫だろう」
「いえ、そうじゃなくて……」
妖怪達と式神達を見比べながら、ナオは不安の元を口にした。
「あの赤毛の派手な式神はともかく、金ぴかの方は『金気』ですよね?敵が炎を纏っているように見えるんですけど、五行思想だと相性が悪いんじゃなかったでしたっけ?」
オカルト趣味ではあるけれど、あまりそっちの知識は持っていないナオは、どこかで聞いた事のある『相克』と『相生』の概念を縁に尋ねる。
「なかなか鋭いね。だけど安心していい、あの妖怪達が纏っているのは、『陰火』だ」
「インカ?」
「そう、物理的な火とは違って、『雨中の怪火』なんて呼ばれたりする事もある。有名な所だと、幽霊に伴う人魂なんかもそれさ」
「それって、普通の火と何が違うんですか?」
「陰火は熱を発しない、魂や怨念といった物が、炎の形をしてるような物だ。浄化も司る『火気』は大敵だし、『金気』は守り刀に代表されるように、邪気に強い。マドカの式神は、妖怪みたいに陰火を纏うタイプには、天敵みたいなものさ」
「な、なるほど」
自信満々な縁の解説に、ナオは釣られて頷いた。
マドカの様子から、怒りに任せて冷静さを欠いているのではないかと心配していたナオも、ホッと胸を撫で下ろす。
(頑張れ、マドカちゃん!)
親友の勝利を祈り、ナオはギュッと拳を握った。
◆
先刻まで、マドカを怯えさせてその体を貪ろうとしていた妖怪達だったが、彼女が召喚した式神を見てから表情が一変する。
『……貴様』
『まさか、あの異世界の呪術師か!?』
「正確には、前世がそうだけどね。でも、だったらどうだって言うの?」
妖怪の姿を持って受肉しているとはいえ、元は四散した魔王の欠片だ。
その魔王を討伐した一人であるマドカの前世には、並々ならぬ憎悪があるのだろう。
『……許さぬ』
ポツリと妖怪達が呟いた。
『許さぬ!許さぬ!許さぬ!許さぬうぅ!』
『おおよ、許してなるものかっ!』
『我等を殺した、憎き呪術師!』
『貴様はただでは殺さぬ!』
『四肢を轢き潰してから、引きずり回して襤褸にしてやる!』
『殺してくれと懇願するまで、ジワジワと地獄を見せてやろうぞ!』
怒りに燃える、朧車と輪入道の陰火が勢いを増して、青白い火柱となる。
そんな妖怪達から主であるマドカを守るべく、式神達が構えをとった。
「マスターに対する暴言、聞き捨てなりませんね」
「木っ端が調子に乗りやがって。殺してやるから、さっさとかかって来い」
余裕の態度を崩さない式神の言動に、妖怪達の陰火はさらに激しくなる!
『図に乗るな、召喚獣風情が!』
『貴様らをブチ殺して、呪術師に絶望を教えてやろう!』
激昂し、巨大な車輪を高速回転させながら、まずは輪入道が突進してきた!
アスファルトを抉り取るほどの一撃を、マドカの式神達は危なげ無くかわす。
しかし、反撃するには間合いが遠いのか、何度か同じような展開の繰り返しになっていた。
『どうした、どうした!手も足も出んではないか!』
「手も足も無い、妖怪に言われたかぁねえよ」
そう言い返すと、今まで防戦一方だった火行の戦士が、輪入道の真正面で足を止めた。
「てめえよ攻撃は見切った。かかってきな、ハゲ」
指でクイクイと招きながら挑発する式神に、輪入道の火は再び大きく燃え上がる。
『貴様なぞ、道路の染みに変えてくれるわ!』
もはや回転する炎の塊となった輪入道が、今までよりもさらに速度を上げて突っ込んできた!
しかし火行の式神は、それを最小限の動きで避けると、赤い炎を纏った横殴りの拳で輪入道の顔面を殴りつけ、無理矢理に進行方向を変えさせた!
『ごぼっ!』
攻撃ばかりに集中して回避が疎かになっていた妖怪は、思わぬ反撃に顔面を焼かれ、苦痛と怨嗟の罵声をぶちまけた。
『があぁぁぁっ!こ、殺す!貴様も術師も、絶対に……』
「うるせえよ、このハゲ!」
距離を取ろうとしていた輪入道に、式神は一気に間合いを詰める!
「うおぉぉぉぉぉっ!」
そこから、文字通り炎のような苛烈さで打撃を叩き込むと、輪入道の陰火は削り取られるように消滅していった!
『が……お……』
顔面から車輪の体まで、満遍なくボコボコにされた輪入道がフラフラと逃れようとする。
だが、式神はそんな妖怪をアッパーで空中へと殴り上げた!
「これで終わりだ!」
そう言った火行の式神の眼前に、魔方陣のような術式が展開する!
「火拳!」
魔方陣に拳を突き出した次の瞬間!
何十倍にも増幅された炎は、巨大な拳の形となって、輪入道を捉えた!
『っ!!!!!!』
炎の拳は一瞬で妖怪を焼き尽くし、断末魔の声すら発っせさせずに、その姿をこの世から消し去ってしまう!
「口ほどにもねぇ……。俺の主に舐めた事を言うのは、千年早えぜ」
パラパラと落ちてくる消し炭の欠片を払いながら、火行の式神は小さく吐き捨てた。
◆
『なっ……』
式神を相手に、一方的過ぎるやられ方をした仲間を見て、朧車は驚愕の表情を浮かべて言葉を失っていた。
『ば、馬鹿な……いくらなんでも、こんな……』
「『こんなはずはない』……ですか?」
背後(?)からの声に、朧車の車体はドリフトのように弧を描いて飛び退く!
『な、なんなのだ、貴様らは!かつての世界でも、貴様らのような召喚獣はいなかったはずだ!』
『魔王の欠片』にある記憶には、式神のような馬鹿げた強さを持つ者などいなかった。
かつての魔王に苦汁を飲ませたあの呪術師と同等ならば、今の妖怪達でも十分に殺す事ができたはずだ。
なのに、これでは目的を果たすどころか、全くの犬死になる未来しか見えない。
『ぐぬぬ……』
敵の強さを見誤った朧車は、金行の式神の隙を伺う。が、眼前の騎士は微塵も油断をしていない。
(こ、こうなればっ!)
決意を固めた朧車は、高速でバックすると金行の式神から距離をとった。
『死なばもろともじゃあっ!』
決死の叫びと同時に、フルスロットルで加速した朧車は、金行の騎士、そしてその背後にいるマドカ目掛けて、全速力で突進を敢行した!
自身の質量ならば、例え火行の戦士が放ったような一撃を食らっても、消滅する前にマドカを巻き込めるはず!
そう確信し、事実そうなるであろう朧車の突進に対峙した金行騎士の前に、先程の火行の式神と同じような、魔方陣らしき術式が展開するのを妖怪は目にした!
「黄金の剣劇!」
まるで舞台の一幕を演じるように、金行の騎士は魔方陣へと、優雅に剣を振り下ろす。
その剣撃は、万物を切り裂くような鋭さを持って地を走り、迫り来る朧車の巨体を、音もなく両断した!
『か……』
視界が左右に離れていくという、奇妙な感覚を味わいながら、朧車の意識はその体と共に崩れ落ちていった。
◆
「ふぅ……」
消滅した輪入道と朧車から魔王の魔力を回収すると、マドカは小さくため息を吐いて『黒い本』を閉じる。
これで、このT沢峠から怪しい噂が立つ事は無くなるだろう。
「マドカちゃん!」
戦闘が終わったのを確認したナオと縁が、車から飛び出して彼女の元に駆けてくる。
「大丈夫!?怪我とかしてない!?」
自分の方が錯乱しかけているナオに苦笑しながら、マドカは大丈夫だよと親友と兄に告げる。
「そう……良かった~」
心底ホッとした様子で、ナオはマドカの肩にポンと手を置いた。
「マドカちゃんが無事だとわかったし、もう安全みたいだから、是非とも聞いておきたい事があるの!」
いやに真剣な雰囲気に変わったナオの態度に、何事かとマドカも構えてしまう。
「あの、式神達……」
「式神達が……どうかした?」
「うん、その式神達なんだけどね……」
ゴクリとナオが喉を鳴らす。それにつられて、マドカや縁もゴクリと唾を飲み込んだ。
「あの人達、必殺技っぽい事を口にしてたけど、あれってマドカちゃんが考えたの!?」
一瞬、ナオが何を言っているのか思考が追い付かず、マドカはポカンと間の抜けた顔つきをしてしまう。
しかし、そんな彼女に対して、ナオはさらに疑問をぶつけてきた!
「式神って、一応はマドカちゃんが操作してるんだよね?でも、それにしては赤い人のガラが悪すぎるし、金ぴかの人は丁寧過ぎると思うの!?もし、自立した意識を持っていて態度や技の名前なんかを作ってるんだとしたら、それってほとんど、生きてる人間と変わらないじゃない?」
「ちょ、ちょっと待って、ナオっ!」
先の戦いに触発されたのか、興奮しながら鼻息も荒く捲し立てるナオを抑えて、マドカはひとまず答えを口にすることができた。
「し、式神達は一応の自我を持ってるわ。その方が、私としても管理や運営の面で使役しやすいしね」
「なるほど……じゃあ、あの必殺技のネーミングも彼等がつけたという事なんだね?」
「いえ、あれはマスターから拝命してもらった技名です」
いつの間に寄ってきたのか、金行の式神がひょっこりとマドカ達の背後から話に交ざってきた。
「こ、こらあ!」
「素晴らしい名前ですよ、マスター。生死を分ける一瞬に、気合いがこもる感じです」
金行の式神は、ニコニコと微笑みながら、全く悪気のない様子で少しばかり中二的なセンスのネーミングを誉めてくれる。
しかし、式神達の外見からして趣味全開にしているマドカにしてみれば、これ以上の突っ込まれ所を増やしたくもない。
「……もしかして、式神さん全員に名前とかつけてるのかな?」
「ええ。漫画やアニメ、神話などをモチーフにした、とても素晴らしい……」
「もう許してぇ!」
これまた、少々中二的な命名センスを暴露されたマドカは、真っ赤な顔を隠しながら、誰にともなく許しを乞うのだった。




