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マドカとナオは夜に舞う  作者: 善信
3/19

03 T沢峠の怪

翌日。

いつも通りの朝が訪れ、いつも通りの登校風景が繰り広げられている学校前で、いつも通りにナオはマドカの背中に声をかけていた。

「おっはよぉ、マドカちゃん!」

「おはよう、ナオ」

ナオはマドカの横に並んで歩き出すと、こっそりガッツポーズをとり、小声で隣のマドカに話しかける。


「今日から『怪異捕らえ隊』の活動開始だね!」

「ナオ……その名前はやめようって言ったじゃない」

「ええ~……でも、なにかチーム名があった方が、テンション上がるよ?」

「密かにやるんだから、チーム名とかはいいの」

そうたしなめられて、ナオは子供のように唇を尖らせる。

そんな親友の姿にマドカは苦笑しながら、ポンポンと背中を叩いた。


結局のところ、マドカの現状を知ったナオは、彼女の現状に首を突っ込む事を選んだ。

もちろん、マドカも縁も反対はしたのだけれど、「じゃあ勝手に動いていいの?」といった脅迫めいた言動や、自身の人脈にオカルト話を集めるネットワークの有効さを押されて、結局マドカ達が折れる形になった。

もっとも、知らない所で動かれて心配するなら、手元にいてもらった方がまだ安心だと判断したという事もある。

しかし、何となくこうなる事を予想していたマドカは、いつも通りのナオの言動に、少しホッとしたような、そんな奇妙な安堵感も覚えていた。


「ほら、そんなんじゃ可愛い顔が台無しだよ?」

昨夜のやり取りを思い出しつつ、子供をあやすようにマドカはナオをたしなめる。

だが、ふと彼女がこちらの顔をジッと見つめている事に気づいた。

「なに?」

「ううん、ちょっと心配だったんだけどさ……」

「心配?」

「ほら、よく創作なんかでさ、前世の記憶とかが甦ると人格まで変わっちゃったりするじゃない?マドカちゃんが、別人みたいになったらヤダなって……」

「それは大丈夫だよ、前世の記憶なんて『昔読んだ本の世界』みたいな物だから」

「そうなの?」

意外そうに言うナオに、マドカは頷いてみせる。


「今を生きてる女子高生は、平安時代の陰陽師の記憶なんかに負けはしないって」

言葉の意味はよくわからないけど、とにかく凄い自信を持って微笑むマドカに、やっぱり女子高生は最強かと、ナオも釣られて笑顔になった。


「あ、でもさ、例の式神!イケメン集団なのはマドカちゃんの趣味として、あんな術とか普通は使えないでしょ?」

「趣味って……まぁ、そうだけど……。でも、『格好いい男の人達が、華麗に化け物を退治する』だと、ビジュアル的にも良いでしょう?」

「うーん、そこは『化け物を倒すには、化け物をぶつけるんだよ!』みたいな展開も熱くない?」

「それも正直、わからなくもないわ。おにいも、似たような事は言ってたし」

「でしょ?」

「だけど、おにいの式神ビジュアル第一案が『日曜の朝にやってる、魔法少女的で戦隊風なやつ』だったから、あらゆる意見を却下しちゃったんだよね」

「ああ……それは無理もないかな」

二人は顔を見合わせて、申し合わせたように苦笑いを浮かべた。


「あ、そうそう。それで、術の原理とかなんだけど」

脱線しかけた話を戻すように、再び問いかけてきたナオに、マドカは小さく咳払いしてその質問に答える。

「実を言えば……私にもよくわかってないのよね。頭で理解してると言うより、体が覚えてるというか……?こう、マンガとかの真似したら、それが現実になったみたいな?」

「つまり、か〇はめ波を撃つ真似をしたら、本当に出たって事ね!」

「うん……まぁ、そんな感じかな」

やってみたら出来たという、シンプルだけど言語化しづらい現象には、ナオの出した例えが一番合ってる気がした。


「まぁ、一応は前世の人が持ってた知識も、何となくは思い出してるから、そこから術の運用ができてるんだと思うわ」

「なんか他人事だなぁ……」

「実際、他人事だよ」

それが自分の前世だと確信できても、荒唐無稽な当時の記憶なんて今の自分(・・・・)からすれば、無関係にも程がある。

そう話すと、ナオは「ふうん、そんなものですか……」と呟いた。


「ま、ロマンは無いけど、それはそれでいいのかな。私は私のやれる事をして、マドカちゃんをサポートしましょう」

「……気持ちはありがたいけど、無茶はダメだからね」

「もちろん、もちろん!」

昨夜の恐怖体験をすでに忘れたような、ナオのあっけらかんとした様子に、マドカは胸中で心配を募らせるのであった。


──その日の放課後。

それまで休み時間ごとに、張り切って情報収集をしていたというナオが、マドカの所にやって来た。

「ヘイ、彼女!いい情報があるけど、ちょっと聞いてみないかい?」

「早いなぁ!」

あまりにも予想外なナオの行動の早さに、思わずそのまま口に出してしまう。


「フフフ、マドカちゃんの右腕として、早さは必須だからね」

「いつから右腕になったのよ……」

「そこはまぁ、気分てやつよ。で、肝心のネタなんだけどね」

「うん」

取り出したスマホを操作し、ナオは集めていた情報をまとめていた項目を開いた。

「これこれ、『T沢峠の三輪車小僧』ってやつ」

「T沢峠って、あのちょっときつい坂道の峠の事?」

「そう、そこに出るお化けの話よ」

そう切り出して、ナオは『T沢峠の三輪車小僧』なる怪異の話を語り始めた。


            ◆


T沢峠は、山を切り分けて開通した大きな国道が通るまで、A市が隣接する町村へ向かう時の主用な峠道であった。

道幅はそれほど狭くはないのだが、カーブや急な勾配も多く、国道が開通してからは、現地の住人の生活道路や裏道的な使われ方をしている。

そんな峠には、かつてある噂があった。

それが、『T沢峠の三輪車小僧』である。


深夜、T沢峠を車で降っていると、ドライバーは後方から何かが追走してきている事に気づく。

影の大きさからして車ではない。かといって、バイクにしても妙な具合だ。

いったい何かと、ドライバーがバックミラーをよく見ると、そこに異形のモノが映っているのを目撃する!


それは、常識ではかんがえられないようなスピードで、三輪車をこいで猛追してくる、血まみれの子供!

しかし、その頭部のみが異様に大きく、自分の顔をよく見ろ(・・・・・・・・・)と言わんばかりに、ユラユラと揺らしながら、ケラケラと嗤って追ってくるのだ。


仰天して、バックミラーから目を離すと、異形の子供の影は消える。

だが、ホッとしたのもつかの間、いつの間にか車に追い付いた三輪車小僧の姿が、サイドミラーに現れるのだ。

恐ろしさのあまり、サイドミラーからも目を背けると、再び異形は消え失せる。

もしやと思い、恐る恐る運転席のドアから真横を確認すると……そこには何もいない。

今度こそ大丈夫だと安心した時、ドライバーは気がつくのだ。

助手席側に並走する(・・・・・・・・・)ニタニタと笑う血まみ(・・・・・・・・・・)れの顔(・・・)

そして、ドライバーを凝視する、その視線に……。


            ◆


「何よそれ、怖いわ!」

つい、絵面を想像してしまい、マドカは鳥肌が立った腕をゴシゴシと擦る。

「ねー、怖いよね。ちなみに、オチは二つのパターンがあるみたい」

「二つ?」

「うん。まず前提として、三輪車小僧は車に轢かれて死んだ子供の霊らしいのね。それで、一つは『三輪車小僧に追い抜かれると、道連れとして事故で死ぬ』パターン。もう一つは『ドライバーの顔を確認してから「自分を轢いた犯人じゃない……」って呟いて消える』パターン」

「うーん、そんな風にオチが違うパターンがある辺り、いかにもな都市伝説ね」

マドカの感想に、ナオもうんうんと頷いた。


「それでさ、この話って昭和の後半から、平成の半ばくらいまでは知ってる人も結構いたらしいけど、今はあんまり知ってる人もいないみたいなの」

「まぁ……おっきい国道が通って、みんながそっちを使ったら、廃れる系の都市伝説だもんね」

「うん。でもね、その噂が、ここ最近になって、急に復活してるんだよ!」

「!? それって……」

「ね?怪しいと思わない?」


確かに、語り継がれる昔話的な物なら、知名度は低くても場合によっては広く語られるだす事もあるだろう。

しかし、消えては生まれるを繰り返す都市伝説系で、『忘れ去られた物』が復活するのは珍しい。

ならばそこに、三輪車小僧の噂を想像させるような何か(・・)が、関わっている可能性がある。


「調べてみる価値は……あるか」

「でしょ、でしょ!?」

誉めてくれても良いのだよ?と、自慢気な顔をするナオに、「ありがとう」と気のない風な返事をしながら、マドカはT沢峠へ向かう日取りを計算する。

「今日が木曜だから……明日の深夜なら、おにいに車を出してもらえるかな」

「いいね!金曜の深夜はドライブだ!」

当然のように参加する気満々のナオ。しかし、マドカはそんな彼女に、一応は止めておいた方がいいと促した。


「それは無理だね。情報提供者として、しっかり見届けさせてもらうもん!」

予想通りの回答に、マドカはため息を吐く。

もはや説得は無理だと早々に諦めたマドカは、ならば現地では言うことをちゃんと聞く事を厳命して、同行を許可することにした。

「まっかせといて!『怪異捕らえ隊』の足を引っ張るような真似はしないからねっ!」

「だから、その名前はやめようって……」

妙にテンションの高いナオの様子に、不安な気持ちを抱えながら、マドカはもう一度ため息を吐いた。

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