19 光と闇の少女達
睨み合う……というよりは、見つめあう二人に、緊迫した空気が流れる。
その沈黙を、先に破ったのはマドカだった。
「……ひとつ、聞きたい事があるの」
「なぁに?」
「私が前世の記憶に目覚めてから言った事、覚えてる?」
「……もちろん」
「で、私と同じような立場になった今は、それをどう思うの?」
「……めっちゃ同感」
当人同士にしか分かり得ない会話の内容に、二人の後方に控える両陣営の者達が、怪訝そうな顔を浮かべた。
そうして両者が見守る中、マドカとナオはわずかに顔を俯けて、肩を震わせ始める。
それが戦いの胎動と言わんばかりに、両陣営に緊張感が漂い始め、いつでも動けるようにと身構えていた。
だが。
「あっはははははははっ!!!!」
突然、顔をあげたマドカとナオは、バシバシとお互いの肩を叩きながら大爆笑をする!
その、唐突な空気の変化に呆気にとられ、式神も妖怪もポカンとした表情を浮かべた。
「ご、ご主人様……?」
困惑した表情で声をかけるシズクに、マドカは目の端の涙を拭いながら振り返った。
「ああ、ごめんごめん。案の定、ナオがナオのままだったからさ」
「なっ!」
『なにぃっ!?』
驚きの声が両陣営からあがる!
そんな彼等に対して、ナオはマドカの言葉を肯定するように、ピースサインを出していた。
『どういう事だ!貴様は、我々の器として完全に覚醒したはずだ!』
「あー、うん。でもね、私が魔王やるかどうかは、私の勝手でしょ?」
『は、はあぁ!?』
「マドカちゃんだって前の記憶は持ってるけど、ムメイとして生きてる訳じゃないし、私だって今の生活に特に不満とかないもん」
『だ、だからといって、人間に破れた屈辱はどうなる!それに、誇り高き魔王の記憶を持つ貴様が、我々にとって家畜と変わらぬ凡人に成り下がって生きていけると思うのか!』
「だから、今の私はその一般人として、充実して生きているんだってば!」
わかんないかなぁ……と、ナオは憮然とした態度でため息を吐いた。
「それにね、前世の魔王だって人間を滅ぼそうとかはしてないわけ!こっちで受肉して、人間を食料みたいに考えるようになった、あなた達とはやってけないの!」
『ならば、なぜ一時は我々と行動を共にした!』
「変にバラけられるより、合体するよーって集めておいた方が楽だし」
『は、初めからそのつもりで……』
「まぁね!」
してやったりと笑うナオに、マドカも困ったような笑みを浮かべた。
「……最初は、ナオが魔王だった事にショックだったけどね。でも、その後の言動がいつものナオだったから、『あ、たぶん変わって無いな』って、私も安心できたわ」
「フフフ、さすがマドカちゃん。よくわかってるねぇ」
抱きついてくるナオを好きにさせつつ、マドカは妖怪達に向かって指差しながら警告を促す。
「さぁ、魔王の復活からの支配っていう、アンタらの目論みは崩れたわ!おとなしく封印されるっていうなら、痛くしないけど、どうする?」
マドカの問いに、妖怪達の間にもざわめきと動揺が走る。
しかし。
『……っざけるな』
「うん?」
『ふざけるなあぁぁぁっ!!!!』
雄リーダー格の牛頭の妖怪が、雄叫びをあげてマドカの申し出を拒絶した!
『貴様、魔王としての誇りを忘れたのか!人間の女として暮らしていくだと!?』
『そうだ!人間なんぞに迎合しようなどと、我々の器として相応しくない!』
『殺せ!殺して、やつの心臓を食らい、新たな器を作るんだ!』
ヒートアップした魔族達から立ち上る殺気が、グングン増していった。
だが、ナオもマドカも慌てた様子もなく、顔を見合わせて肩をすくめる。
「まぁ、そうくるよね」
「っていうか、私は最初から妖怪達とやる気だし」
そんな風に言葉を交わしている間に、式神達も彼女達の元へとやって来た。
「……ナオも、おにいの所まで下がってた方がいいんじゃない?」
「んー、それなんだけどね……マドカちゃんの持ってる、例の封印の本を渡してもらっていいかな?」
「うん?いいけど……」
あっさりとマドカが黒い本をナオに渡すと、彼女はパラパラとそれを開く。
「前世の記憶が戻ったおかげでさ、私に宿ってるこの力の使い方がわかったんだよね」
そう言うと同時に、本と彼女の体から沸き上がった。
それは、力の奔流となってナオの周囲へと集まって、きらびやかなドレスの形となって彼女を飾る。
「おお!」
「フフフ……そして、こう!」
さらに余った魔力でドレスに装甲を纏い、その手に巨大な大鎌を顕現させた!
まるで、夜の闇を擬人化させたような令嬢姿のナオに、一同は思わずため息を漏らした。
「すご……綺麗だよ、ナオ」
「エヘヘヘ!そんなに誉められたら、照れますなぁ!」
マドカからキラキラした目で称賛の眼差しを向けられて、言葉通りに照れたナオはモジモジと身をよじらせる。
「これは負けていられんなぁ、主殿」
「そ、そうです!ご主人様も、アレをやりましょう!」
変身したナオに対向するような式神達の言葉に、マドカも頷いた。
「まぁ、どうせ総力戦だし、全力でいくつもりだったからね」
「マドカちゃん、アレって……?」
小首を傾げるナオに、マドカ達は「まぁ見てて」と、ニヤリと笑った。
「我が身に宿すは五行陰陽!甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸!」
タン!タン!と軽やかなステップを踏み、マドカは朗々と唱う!
「天地を貫きて行くる、理の頂!フルベ、ユラユラトフルベ……」
やがて、マドカの唱える呪文に反応してか、式神達が人の形を失い、純粋な力の流れとなってマドカの周囲へ集まり始めた。
「こ、これって……私の変身行程に……似てる?」
ナオが驚きと共に漏らした呟きの通り、光と闇の違いはあれど、魔力を纏った彼女とよく似た光景が繰り広げられていく。
「神化の息吹き、ヒ!フ!ミ!ヨ!イ!ム!ナ!ヤ!コ!ト!」
集まった光の力は、ナオと同じように身を包む衣装となり、マドカに戦う力を宿した!
「……ふぅ」
「スゴいよ、マドカちゃん!」
支度を終えて一息ついたマドカに、ナオは興奮しながら称賛を贈る!
力を集めて変身した二人だが、相違点をあげるなら、マドカは輝く巫女装束に装甲を加えたような外見で、手にしているのが直刀だといった所だろうか。
「ヤバイよ、かわいいよマドカちゃん!」
「うん、ありがとう」
「でも、どうやったの、それ?」
「ああ、式神を型どってる呪力を武装に回したの」
「なるほどねー!でも、武装巫女装束なんて業が深いねぇ!」
「気分よ、気分!」
キャッキャッとはしゃぐ二人の少女を眺めながら、後方で二人を眺めていた縁がニヤリとほくそ笑んだ。
「マドカはともかく、ナオちゃんまで変身するとはな……これは、日曜朝の子供向け番組的な展開が望めるんじゃなかろうか……?」
「聞こえてるよ、おにい。それはさすがに無いから!」
「高校生としてはちょっと……」
変身して聴力も増していたのか、縁の独り言を聞き付けたマドカとナオにあっさり否定され、彼は軽くショックを受ける。
「そ、そんな……『マドカ=サン』に『ナオ=ムーン』ってネーミングも考えたのに……」
「なんで仮面○イダーブラック風なんですかっ!?」
「日曜朝の子供向け番組ってそっち!?っていうか、古いし!」
「即座に理解するお前らもなんなんだよ!」
『いや、いい加減にしろやぁ!』
よくわからない言い合いを始めたマドカ達に、妖怪のリーダーが怒声を浴びせた!
『ぶち殺す前に、せめて抵抗する準備くらい待ってやろうかと思えば、延々とくだらねぇ話をしやがって!』
『そうよ!舐めるのもいい大概にしなさい!』
怒り心頭といった妖怪達は、天守閣にかかる月を覆い隠す暗雲のごとく、広範囲に広がってマドカ達を上空から包囲するように展開していた。
『雨あられと降り注ぐ、妖怪達の攻撃が防げるかぁ?』
『精々、苦しんでくれよぉ!』
有利な上空を取った妖怪達は、勝利を確信しているのか、余裕を見せ始めている。
そんな連中に、マドカ達は鼻を鳴らすと「かかってこい」と言わんばかりに、手招きをした。
『っ!死ねやあぁぁぁぁ!』
舐められていると判断した妖怪達は、絶叫と同時に滝を流れ落ちる土石流を彷彿とさせる勢いで、妖怪達は二人の少女に殺到していった!
◆
だいぶ月が欠けた夜空を見上げ、ナオは小さくため息を吐く。
圧倒的な力で妖怪達を蹴散らした、あの決戦から数日後。マドカとナオの二人は、その後の後始末に追われていた。
「まったく……ややこしい事をしてくれたわよね」
ナオが愚痴るのも無理はない。
あの戦いで、もはやこれまでと敗北を悟った妖怪のリーダー格達は、最後の悪あがきにしても最悪な手を取った。
それは、残る魔力のすべてを注ぎ、異世界とこの世界を繋げる穴を開けるという暴挙。
『ゴフッ……ククク、あっち側から来る魔物どもから、この世界を守りきれるかなぁ!?』
『ヒャハハハ!精々、頑張んなさい……がふっ!』
空間に開けられた穴を満足そうに眺め、砕け散ったリーダー格達の顔を思い出すと、苦々しい気持ちが浮かんできて、ナオはまたため息を吐いた。
「ほんと、往生際が悪い所だけは前世の私っぽいなぁ」
モヤモヤとした気持ちを抱いていたナオだったが、ふと近付いてくる気配に気付いた。
「お待たせ!」
想定していた人物……マドカの声に、さっきまでの嫌な気持ちが嘘のように晴れやかになっていく。
「ううん、私も今来たとこだから!」
「なによ、そのデートの待ち合わせみたいな台詞は」
「フフフ。マドカちゃんとの待ち合わせは、いつだってデート気分だよ!」
「はいはい……」
呆れたようでいて、ナオを受け入れるマドカの様子に笑みが浮かぶ。
「さて……魔物の気配はどの辺に?」
「うーん……駅の方だね」
元魔王だけあって、異世界の魔物の気配にはナオの方が敏感だ。
そんな彼女の言葉にしたがって、マドカも呪符を取り出した。
「じゃ、現地に着いたら私が結界を張るから」
「うん。よろしく」
打ち合わせとも言えないやり取りではあるが、ツーカーの彼女達はそれだけで十分。
目的地を目指して、二人は待ち合わせ場所だったビルの屋上から飛び降りた!
「……そういえば、マドカちゃんって数学の宿題って終わった?」
「それが終わる時間を見計らって、待ち合わせしたんでしょうが」
「……その件で、ちょっと相談がありまして」
「アンタって子は……」
他愛もない会話を交わしながら、今宵も人に仇なす怪異を狩るため、マドカとナオは夜に舞うのだった。
これにて「マドカとナオは夜に舞う」を終了いたします。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
次作、「謀殺されてTS転生した魔王の息子が、勇者の師匠になる話」を投稿開始しましたので、よろしければまたお付き合いください。




