18 月夜の城で
「ナオちゃんが……魔王?」
「うん……」
訝しげな顔をした縁に、マドカは重々しく頷いた。
「いやいやいや、ちょっと待て。なんで助けに行った相手が、因縁の敵になってるんだよ」
親友を助けに行くと、影を渡って相手の所に出現するという秘術まで使って敵陣に乗り込んだ妹が、帰って来たと思ったら訳のわからない事を言う。
「とりあえず結論から言ったんたけど、混乱させたみたいでごめん。最初から説明するね……」
戸惑う縁に、マドカはナオの元へたどり着いてから一連の流れを、兄に伝えた。
「……なるほどなぁ。魔王の器……本体がナオちゃんで、魔王の魔力を封じていた黒い本が利用されていた、と」
マドカの話を聞き終えて、縁は腕組みしながら天井を仰いだ。
小さい頃から知る、妹の幼馴染みで親友の彼女。
いつもニコニコして朗らかなあの子が、人食いの妖怪を統べる魔王だと言われても、正直な所あまりピンと来ない。
だが、家に戻ってきた時のマドカの様子を思うと、それは事実なのだろう。
「状況はよろしくないな。何より……」
正面に座るマドカの方へ再び顔を向け、少し詰めよってみる。
「お前、ナオちゃんと戦えるのか?」
縁はズバリ、最大の難問を問いかけた。
何しろ、昔からの親友であり、最近では心の拠り所と言えるくらい支えになってくれていたのだ。
そんな彼女とマドカが戦えるのか……縁が心配するのも、当然と言えた。
「……本当の事を言うと、まだ信じられない気持ちもあるわ。でも」
「でも?」
「妖怪が人を襲うなら……ナオを止めるのは、私がやらなくちゃならない!」
決意のこもった眼差しで、マドカはハッキリと断言する。
「それに、確かめなきゃならない事もあるしね」
「確かめる事?」
「うん。ナオが……」
そう言いかけた時、不意にポケットに入れてあったマドカのスマホが震えた。
マドカは落ち着いてそれを取り出すと、ディスプレイに視線を落とす。
そこには、いつもの無料でショートメールのやり取りをするアプリによるものではなく、普通のメールが一件届いているという表示がされていた。
マドカは届いたメールを開くと、サッと内容に目を通す。
「誰から……なんだ?」
「……ナオから。デートのお誘いだってさ」
たぶん、そうであろうといった縁の予想通り、それはナオからの決着の申し出であったようだ。
「行くのか?」
「もちろんよ」
頷くマドカに、やる気や覇気のような物は感じられない。だが、親友を相手にするという、悲愴感のような物も感じられなかった。
(吹っ切れた……訳じゃないよなぁ)
いまいち妹の心理状態がわからなくて、縁もなにやら不安になってくる。
もしかすると、何かヤケクソ気味になっているのではないのだろうか?
心配は大きいが、それでもマドカが行くというなら、彼が見届けない訳にはいかないだろう。
「んで、ナオちゃんからのお誘いの場所と時間は?」
そんな縁の台詞に、今度はマドカがキョトンとした顔になった。
「おにい……ついてくるの?」
「当たり前だろうが。ここまで来て、最後はおいてけぼりって話はないだろ」
「でも……かなり危ないよ?」
「ふん、俺を誰だと思ってるんだ?妖怪との戦いに巻き込まれるなら、マニア冥利に尽きるってもんよ!」
胸を張る縁に、マドカはどんなマニアだと呆れ混じりで呟きながらも、笑みを浮かべる。
「……うん、まぁおにいの知識が助けになるかもしれないから、お願いしようかな。でも、くれぐれも前に出すぎないでね?」
「ああ、その辺は弁えてるさ」
くれぐれもマドカの邪魔はしないと誓って、兄妹はコツンと拳を合わせると、笑顔で頷き合った。
「で、改めて聞くけど、決戦の場所と時間は?」
「時間は、今日の夜九時。場所は街の中心、『鶴賀城』よ」
「『鶴賀城』か……」
観光都市であるA市の中心に位置し、この国の歴史の転換に深く関わるその場所で、ナオは決着をつけようと連絡を寄越してきたのだ。
「……なんとも、渋い場所を指定してきたなぁ」
「そうね、何て言うか……ナオらしいわ」
何か含みのあるマドカの物言いに、若干の違和感を覚えた縁だったが、次の瞬間には妹は何かしらの決意がこもる、精悍な顔付きになっていた。
◆
その夜は、とても月が綺麗だった。
夜の闇を照らすように、丸く天空に浮かぶ満月は明るく地上を照らす。
時季が時季なら、観光客も遅くまで出歩き、幻想的な存在感を放つこの城を見上げていた事だろう。
しかし、そんな観光名所の敷地内には、観光客はおろか常駐している係りの者もいない。
人払いの結界によって無人と化した城の庭を眺めながら、マドカはナオが現れるのを待っていた。
すでに式神達は呼び出されており、いつでも動けるようにと、マドカと縁を囲みながら周囲を警戒している。
「そろそろ、約束の時間だな……」
スマホに表示された時刻を確認し、縁が誰に告げるともなく呟いた。
かわいい妹と、その親友が生死をかけた戦いをする……そんな、非現実的な事が間もなく起こるという。
たぶん、一番の部外者でありながら、もっとも緊張している縁は、落ち着きなく周囲をキョロキョロと見回していた。
やがて、ピピピ……ピピピ……と、タイマーをセットしてあったマドカのスマホから電子音が響く。
約束の時間。
この広い敷地のどこから現れるのかと、マドカを除く一行が身構えた。
そんな時、ふと地上を煌々と照らしていた月明かりに、わずかな陰りが挿す。
それに反応して、マドカは弾かれたように空を見上げ、城の上へと目を向けた。
そんな彼女の視線の先には、天守閣の屋根に腰かける、少女が一人。
「……こんばんわ、マドカちゃん。今夜は月が綺麗ね」
「ふぅ……アンタからの告白は、これで何度目かしら?」
「うふふ……そんなつれない事を言わないでよ」
かなりの距離があるとあるというのに、二人にはお互いの声が届いているようだ。
それが、術なのか親友同士の絆なのかは不明だが、二人の少女が語り合う間は、余人が口を挟む事ができない雰囲気を漂わせていた。
「……それじゃあ、始めようか」
「そうね、始めよう」
満足したのか、語り終えた二人は小さく頷く。
それと同時に、マドカの回りを式神達が固め、主を庇うために前に出る。
それに呼応するかのように、ナオの周囲から浮かび上がってきた異形の影達が、暗雲のごとく月明かりを遮っていった。
(うおお……これはヤバい!)
月を覆い隠すほどの妖怪の大群、その数や姿に気圧された縁は、膝がガクガクと笑うのを止められない。
マニアの心意気などと強がってはみたものの、圧倒的に迫る異形のプレッシャーは生存本能を刺激して、この場から逃げだしたい気持ちでいっぱいになっていた。
「式神は、ここで待機していなさい」
そう命令を下すと、マドカは式神達を置いて城の方へと歩み出す。
「だ、だめですよ、ご主人様!」
慌てて追いかけようとしたシズクだったが、マドカから「ステイ!」と命じられてビタリと身動きをしなくなった。
「大丈夫、ちょっと確かめてくるだけだから、そこで待ってて」
諭すような穏やかな声に、不安を覚えながらも式神達は臨戦態勢をとりつつ、主を見守っていた。
『なんだ?一人で出てきたぞ?』
『バカなやつだ、一気に殺っちまおう!』
『まて、罠かもしれんぞ』
単独で歩み出てきたマドカに、妖怪は色めきだって意見を出し合う。
「……よし、あなた達もここで待ってなさい」
そう告げると、背後の妖怪達から反論の声が上がる前ナオはふわりと天守閣辺りから舞い降りる!
そうして、猫のように軽やかに着地を果たすと、こちらへ向かって歩いてくるマドカの方へと歩を進める。
そこから、互いに数歩ほど進み、親友であり宿敵である二人の少女は胸を突き合わせるくらいの至近距離で歩みを止めると、そこでジッと互いの顔を見つめあった。




