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マドカとナオは夜に舞う  作者: 善信
17/19

17 本の役目

「ご主人様!しっかりしてください!」

項垂れるマドカを式神達が励ますが、いっこうに効果は現れない。

そんな主の姿に、他の式神よりも忠誠心の高いシズクがナオと妖怪達を睨み付ける。


「ナオさん!貴女は本当に、ご主人様の敵に回るつもりなんですか!」

「……わ」

『敵に回るも何も、最初からお前らの主と俺達の器は、宿敵同士なんだよ』

『そう、友達面して一緒にいた事こそ、イレギュラーだったの』

ナオの言葉を遮って、彼女の左右に陣取ったリーダー格の二体は、煽るように返事を返した。


「……マスターは前世の記憶がありながら、今世の人間として生きています。ナオさんはどうなんですか?」

「……そ」

『そんな訳がないだろうが。ただの人間としての前世と、魔王としての前世を比べるな』

『確かに器は人間として転生したかもしれないけどね、私達がひとつになれば、元の魔王として完全に復活できるのよ!』

「あんたら、ちょっと黙ってて!」

またしてもナオの言葉を遮り、勝手に話を進める妖怪達に、ナオは思いきりチョップを叩き込んだ!


「コホン……」

妖怪達を黙らせ、わざとらしく咳払いをしたナオは、項垂れるマドカを見下ろしながら話を続ける。

「そもそもの話、マドカちゃ……ムメイが、この世界で復活するはずがなかったのよ」

「……どういう事だ?」

問い返してきた火の式神に、ナオはニヤリと笑って見せた。


「彼女が持ってる、魔王(わたし)の魔力を集める黒い本……あれは、この世界で復活した私のための物なの」

「なっ!?」

「あれは前世の私が、この世界に貯めていた魔力を持ち込むための入れ物よ」

『そう、俺達は転生した器に融合して、完全復活するはずだった』

「そんなバカな!」

ナオの言葉に、シズクが弾かれたように反論の声をあげた!


「この黒い本は、魔王の力を封じるために、前世のご主人様が作られた物のはず!」

「それは正しいわ。だけど、私の前世……魔王がわざと魔力を封じら(・・・・・・・・・)れていたとしたら(・・・・・・・・)どうかしら?」

「そ、そんな事をする意味が……」

『意味ならあるわ。転生しても、無力な一般人では意味がないでしょう?』

『そうだ。力が無くては意味がない』

「だから前世の私は、私が生まれた世界に本来の魔力を持ち込むための外付けの装置として、利用させてもらったってわけ」

さすがに、異世界で魔王として君臨していただけの事はある。

弱肉強食を生き延びていた彼(彼女?)は、その魔力の欠片に至るまでが力を求め、次の世界への布石を打っていたようだ。


「この世界に来たその本は、封じさせておいた魔力と私だけを復活させるはずだった。ところが、何かの手違いで本はムメイの転生者の手に渡り、彼……今は彼女ね。が、前世の記憶を思い出す鍵となってしまったの」

『まさか、奴がこの世界まで追ってきてるとは思わなかったからなぁ……』

『器以外の力を持つ人間の手で開かれたせいで、魔力の欠片(おれたち)は本から弾き出されるハメになってしまった』

『器に集まれず、魔力のまま漂っていれば、いずれ消滅してしまうわ。だから、この世界に存在するために、手近な所にあった人ならざる物の情報を取り入れ、妖怪という依り代に受肉したの』

「……なるほどね」

「!?」

ナオ達の話を項垂れたまま聞いていたマドカが、ようやく口を開いた。


「……でも、それなら何故人を襲うの?元が魔力の塊ってだけなら、そんな必要はないでしょう」

『肉体を得れば、それに付随する法則からは逃れられんさ』

『要するに、お腹が空くから食事をしたという事ね』

人間を食らう事を食事と割りきった発言をする妖怪達は、なおも続ける。


『この肉体は、この世界の怪物がベースだ。人を襲ったところで、批難される謂れはないし、止めるつもりもない』

『食事は食事。人間だってしている事よ』

「でも……楽しむために、相手をわざと苦しめたりはしない!」

顔をあげたマドカは、妖怪達をキッ!と睨み付ける!

「遊び半分に食い散らかすお前らの行動を、私は絶対に許さない!獣のように狩りをするというのなら、お前らが狩られる覚悟もしておく事ね!」


先程のへこたれていた様子から、一転して咆哮するマドカに気圧され、妖怪達は思わず半歩ほど引き下がる。

理不尽な暴力を否定する彼女の心に火が灯り、親友が宿敵であったという辛い現実から立ち上がる力となっていた。

だが、怯む妖怪等を統べるナオは微笑みを浮かべ、まぶしい物を見るようにマドカを眺める。


「そう、そうでなくちゃね。ムメイ……ううん、やっぱりマドカちゃんって呼ばせてもらうわ」

ナオはそう呟くと、一歩前に出た。

決着(ケリ)をつけようか、マドカちゃん」

「……どちらかの死をもって?」

「そうなるかな」

まるでいつものやり取りのように、物騒な事を楽しげに言う二人。

そんな彼女らの間に流れる、穏やかな空気に苛立った数匹の妖怪が、ナオの横からしゃしゃり出てきた。


『殺るならさっさとやっちまおうぜ!』

『そうだ!俺らは早いところ邪魔者を片付けて、たらふく人間を食いてえんだ!』

『こいつ、さっきまで器の正体を知ってビビってたんだ、今なら殺れるんじゃないねぇか?』

暴力と食欲に彩られ、ギラギラした目をマドカに向けながら、妖怪達はよだれの滴る口元を拭う。

そんな連中の方に振り向いて、ナオはふぅ……と小さくため息を吐いた。


「これが、本当に私から分かれた欠片なのかしら……」

やれやれといった感じで彼女が呟いた瞬間、下卑た笑顔を浮かべていた妖怪達の頭が吹き飛んだ!

ビクビクと頭を失って痙攣する体は、やがて崩れて黒い霧となり、かざしたナオの右手に吸収される。


「他にも状況が見えない馬鹿はいるかしら?」

魔王の生まれ変わりからの一喝に、反論する者はいない。

「何かをしたいと思うなら、まずは後顧の憂いは断たなくちゃ。マドカちゃんとの決着がつくまで、勝手な真似はしないことね」

ナオの命令や許しを無しに、勝手な行動をとる者には容赦しないと釘を刺して、彼女は再びマドカと向き合った。


「そんな訳でさ、決着をつけるのは、明日の夜でどう?」

「……わかったわ。場所は?」

「後で連絡するよ」

「そう。じゃあ、待ってるわ」

「うん」

遊ぶ約束みたいな会話を終えると、ナオは軽く右手を振るう。

すると、暗黒の空間にヒビが入り、ガラスの割れるような音と共に、周囲の景色が変化した。


「ここは!?」

「学校の校庭よ」

言われてみれば、夜で多少の違和感はあるものの、見慣れた景色はマドカ達が通う高校の校庭だ。

「こんな場所に、隠れ里を作っていたなんて……」

妖怪達のテリトリーがすぐ間近にあった事に、それと気づかなかったマドカは舌打ちをする。

「私も、今の今まで知らなかったよ。灯台もと暗しってやつだね」

クスッと小さく笑った後、真顔になったナオは「それじゃあ、明日の夜に」とだけ告げると踵を返した。

そして、その後にゾロゾロと妖怪達は付き従う。


「ご主人様……その、大丈夫ですか?」

心配そうに式神は尋ねてきたが、マドカは答えない。

ただ、百鬼夜行を引き連れて夜の闇に消えていく親友の背中を、黙って見つめ続けていた。

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