15 通話相手
その日の夜。
家の用事を終えたマドカは、ナオからの連絡を待っていた。
しかし、九時を過ぎてもマドカのスマホは鳴らず、ただ時間は過ぎていく。
(こっちから連絡してみようかな……)
強力な御守りを渡してあるし、いざという時の奥の手もあるから、ナオが窮地に陥っているような事態はないと思う。
ナオの事だから案外、怪事件の話をしてくれるという人物と、話が盛り上がっていて時間を忘れているだけかもしれない。
しかし、何となく不安を感じたマドカは、ナオの番号へと電話をかけた。
しばらくコールする音が聞こえ、通話が繋がる。
『はい……』
いつものナオの声に、マドカは一瞬ホッとした。
『……もし?マドカちゃん?』
だが、わずかな間の沈黙に対して問い掛けてくる彼女の言葉で、その目付きが変わる!
「もしもし?」
『……もし?』
通話の向こうに呼びかけるマドカに、向こう側のナオは困惑したように問い返してきた。
「……ナオの振りは通用しないわ。彼女はどうしたの!」
はっきりと断言したマドカの言葉を受けて、通話相手が動揺したような気配が伝わってくる。
『……どうしてわかったのかしら?』
先程までのナオの声とは違う、知らない女性の声が尋ねてきた。
「元異世界の魔王の欠片なアンタらは知らないかもしれないけどね、簡単な会話で化け物と人間を見分ける方法があるのよ」
『……へぇ。後学のために教えてもらえないかしら?』
「こっちの世界で、SNSを使った罠を張るくらいに学習能力が高いアンタらに、これ以上の知恵は付けさせたくないわね」
本気なのか冗談なのかはわからない。
が、宿敵であるマドカに教えを乞おうとする通話口の相手の態度に、相手のペースに乗るなと頭の中で警鐘が鳴っていた。
『ちぇっ……あとでググってみようっと』
「そんな事より、ナオはどうしたのって聞いてるのよ!」
『ああ、安心していいわよ。今の所は無事だから』
「……ナオに何かしたら、タダじゃおかないわ」
『………怖っ』
本気で殺気のこもったマドカの声を聞いて、軽い返しながらも通話相手からは怯えのような物が感じられる。
「アンタらに因縁があるのは、私でしょうが!だったら、他の人を巻き込むな!」
『んん、私達もこの世界で受肉したからお腹は減るのよね。だから食事をするのは普通でしょ?』
「人を食うのは、普通ですませられる問題じゃないわ。野生動物でも、人を襲えば駆除対象よ」
『まぁ、そうよね。とはいえ、こっちも簡単に駆除されるつもりはないけど』
「私にできないと思うの?」
『……そんな風に、あなたは強いから、こっちも策を使わないとね。これでも、あなたを認めてるのよ、私達?』
「ふざけるな!」
マドカの怒声が響いた!
「こっちは、どうでもいい前世からの敵に認められてようが、知った事じゃないのよ!ただ、無関係な人間に手を出す暇があるなら、さっさと私の前に来なさい!」
ナオが拐われているかも……いや、確実に奴等の手に落ちているであろう現状が、マドカを苛立たせ、その口調を荒い物にする。
『だーかーらー!下手にあなたを狙っても、返り討ちに会うだけなんだってば!』
「……もういい」
『?』
のらりくらりと、掴み所のない問答に付き合われたマドカは、深呼吸をひとつして落ち着いた口調に戻っていた。
「とにかく、ナオはアンタらの近くに居るのね?」
『ええ。丁重にお預かりしてるわ』
「素直に返すつもりは?」
『まぁ、彼女が帰りたいって言うなら考えないでもないけど……言うかしらね?』
「そう……なら、そのまま大事に扱いなさい」
『は?』
「これから、そっちに行くから」
『え?それって、どういう……』
相手の言葉が言い終わらないうちに、マドカは通話を切った。
そうして再び深呼吸していると、控え目なノックが部屋のドアを叩く。
「……どうぞ」
「……おい、マドカ。いったい何があったんだ?」
さっきまでのマドカの大声を聞いていたためか、縁が恐る恐るといった感じで声をかけてくる。
「ああ……夜に大きな声を出してごめんね、おにい。あと、前におにいから教えてもらった、『見えない相手が、化け物かどうか見破る方法』、うまくいったわ」
「ああ、電話での『モシモシ』ってやつか」
「そう、それ」
一説によれば、化け物は同じ単語を繰り返して発音できないとう。
昔、まだ朝方や夕方が彼誰刻や黄昏刻と呼ばれていた頃に、ぼんやりと見える人影が本当に人なのか、それとも人に似せた化け物なのか判別するため『申し、申し』と呼びかけあった名残が、今の『モシモシ』なのだというのが、縁がマドカに語った話だ。
もちろん、あくまでそんな説もあるというくらいの物だが、今回に限っては正解だった。
先程の通話の際に、ナオの声色を使った相手が『もしもし……』と告げられなかった事から、マドカはカマをかけた訳だが、悪い意味で彼女の勘は当たってしまった。
「俺の知識が役にたったなら、何よりだ。でもお前があんな声で話してたから、何事かと思ったぞ」
「……奴等が、ナオを人質にとったみたいなの」
「へー、ナオちゃんが……って、なんだって!」
さすがに縁も予想外だったのか、一瞬流しそうになりながらも、マドカの言葉に驚き叫んでしまう。
「そ、それで……ナオちゃんは大丈夫なのか?」
「今の所は……だから、おにい。これから私、奴等の所に殴り込みに行ってくる!」
◆
『……どういうつもりかしら?』
ナオのスマホでマドカと対応していた美女が、通話の切れた画面を見ながら小首を傾げる。
『どうしたんだ?』
彼女と共に、ナオを罠にかけた男が怪訝そうな顔をする美女に問いかけた。
『んー、なんかあの呪術師が、ここに来るって吐き捨ててたのよね』
『はぁ?どうやって?』
『そんなの、私だって知らないわ。……もしかして、あの子に追跡の術がかけられてるとか?』
そう言って、美女が拐ってきたナオの方をチラリと眺める。
ナオは現在、拘束されたりはしていない。しかし、意識は混濁しているのか、大きな椅子に座らされたまま、焦点の合わない虚ろな瞳でぼんやりと床を眺めていた。
『……追跡の術って線はないだろう。かなりキッチリと調べたしな』
『そう……よね』
確かに、人質の調べはついている。
その時に、外部に繋がるような術などはすべて破壊したはずだ。
『心配はいらん。とにかく、刻が来るまで奴の事は無視していていい』
「刻が来る……いったい、何を企んでいるのかしらね」
唐突に、この場にいないはずのマドカの声が妖怪達の会話に割って入った!
『なっ!』
『ど、どこに!?』
妖怪達は驚愕しながら、辺りを見回す!
「ここよ……」
呼びかける声のした方……つまり、人質の所に敵の視線が集中した!
そして、瞼に写る映像に今度は愕然とする!
彼等の目の前で、ナオの影から浮かび上がってくる、宿敵の姿に!
ざわつく周辺の様子を気にすることもなく、マドカはナオの影から抜け出すと、キッと妖怪達を睨み付けて宣言した。
「さあ、来てやったわよ。さっき言ったとおり、ちゃっちゃとケリを着けるとしましょう!」




