14 情報提供者
◆
『また殺られたか……』
『また殺られたのぅ……』
塗り潰されたような暗闇で、いつものように失望の声同士が語り合う。
『まぁ、『朱の盆』の奴も殺られはしたが、それなりに面白い絵面は見せてくれたわ』
横から入ってきた「ククク……」と笑う声に、最初に話していた者達が眉を潜めたような気配が伝わってくる。
『笑っている場合か。依り代としているこの姿になってから、奴に狩られてばかりなのだぞ?』
『そうだ。このままでは、かつての力を取り戻す前に滅ぼされてしまうやもしれん』
『それに関しては心配は要らん。すでに手は打ってある』
『ほぉ……』
『何より、我等の器が見つかった』
『おお……』
器という言葉に、先程まで声を潜めていた者達からも感嘆の声が溢れ出てきた。
『復活の時は近い……』
『うむ、今は雌伏の時ぞ』
『左様。だから英気を養っておくとしよう』
ボグッと鈍い音が響く。
それと同時に、短い女の断末魔の声も。
『さぁ、ご馳走だ。遠慮するな』
『遠慮などするものか』
『ヒヒヒ……』
肉を貪るような音と、卑しい笑い声だけが、暗黒の空間に溶け込むようにして流れていった。
◆
「……平和ね」
「そうだねぇ」
昼休みの教室、マドカの呟きにナオはのんびりと答えた。
机を付けて弁当を広げた彼女達……というか、マドカが憂鬱そうにため息を吐く。
週末は怒濤のような三連妖怪騒動にあったマドカとナオだったが、それから一転してここ一週間ほど静かな日常が続いていた。
怪異は鳴りを潜め、拍子抜けするくらいに平和な日々が過ぎている。
もちろん、これは妖怪が影で暗躍しているだけからかもしれない。
そう思ったマドカとナオも、情報収集は欠かしていなかった。
しかし、妙な噂話があって調査をしても肩透かしに終わる事は多く、さすがのマドカもここ最近は緊張感も薄れ気味だ。
妖怪なんて出ない方がいいと思っていた彼女だが、ここの所は「むしろさっさと終わらせたいから出てこいや!」といった気持ちが強くなっている。
「でも、ほんとに静かになったよね。マドカちゃんの快進撃に、ビビっちゃったのかな?」
「あいつらがそんなタマなら、楽でいいんだけどね……私には、嵐の前の静けさに感じられるのよ」
そんな不吉なマドカの呟きに、弁当へ伸ばすナオの手が止まった。
「朱の盆の時はさ、うちのお父さんとかお母さんは、なんとか無事だったけど……また狙われるって可能性もあるんだよね」
「それは……無いとは言えないわ」
歯切れの悪いマドカの答えに、ナオは小さく俯いてしまう。
(無理もないかな……)
ナオの態度に、マドカは内心でそう思った。
前回の一件で、自分ばかりではなく家族まで巻き込まれた形になった訳だし、ひょっとしたらナオか怯えてマドカの側から離れて行くかもしれない。
(でも……これ以上、ナオが危ない目に会うよりはいいよね……)
ナオが離れていく可能性とか、そんな考えが頭を過り、少しだけ寂しく思う。
だが、そうなっても仕方がないかと、マドカは密かに覚悟を決め、彼女の返事を待った。
「うーん。それじゃあ、ますますマドカちゃんに頑張ってもらえるように、私も力一杯フォローするよ!」
「……いいの?」
顔をあげた途端、力説するナオにマドカは意表を突かれたような顔をして問い返してしまう。
だが、そんなマドカの言葉に、ナオは逆に「いいも何もないじゃん!」と速答した。
「マドカちゃんだけ危ない目にあったら心配だし、知らない所で犠牲者が増えるのもヤダもん。私みたいな危険に会うかもしれない人がいるなら、さっさと片付けてもらわないと!」
「そりゃあ……そうね」
「でしょ?だから、私は頑張って情報を集めて、マドカちゃんは頑張ってあいつらを退治してね!」
フンフン!と鼻息荒く言った後で、気合いを入れて弁当に取りかかるナオの姿に、思わずマドカは吹き出してしまった。
「どうしたの?」
「んーん、何でもない。ただ、ありがとうねって思っただけ」
「?どういたしまして……?」
不意の感謝の言葉に、ナオは小首を傾げる。
(思った以上に、ナオには助けられてるなぁ……)
前世の記憶を思い出してから、常に使命感が重圧のようにのし掛かっていたマドカだったが、ナオの存在はそんな彼女の重荷を軽くしてくれている。一人ではないという今の状況が、どれだけありがたい事か。
心の中で、親友にもう一度お礼を言うと、マドカも昼食を済ませるために弁当へと手を伸ばした。
◆
「ふんふ~ん♪」
その日の放課後。
ナオは鼻唄を歌いながら、自転車に乗って神明かり通りへと向かっていた。
昼休みが終わる前にSNSなどをチェックしていた所、ナオのアカウントに怪事件の話があるという旨の接触があったためだ。
早速、返事を返して軽くやり取りをした所、話はトントン拍子に進み、今日の放課後にその人物と会うことになったのである。
(マドカちゃんも、来れれば良かったんだけどなぁ……)
残念ながら、マドカは外せない家の用事があるそうで、学校が終わったらすぐに家に帰らなくてはならなかった。
そのため、ナオは一人で情報提供者に会う事にしたのである。
もちろん、妖怪が絡んでいても危険が無いようにと、マドカから強力な御守りを渡されているし、いざという時には奥の手となる符も渡されていた。
それでも心配するマドカに、ナオは「任せない!」と、自らの胸を叩いて豪語し、こうして待ち合わせの場所へと向かっているのである。
(まぁ、話だけでも聞かせてもらって、後でマドカちゃんと打ち合わせをしようっと)
不謹慎ながらも、相談者から怪奇現象の話が聞ける事にワクワクし、ナオはペダルをこぐ足に力を込めた。
◆
二十分ほどで約束の場所に到着したナオは、一息吐いて自転車を降りると、駐輪用の場所にそれを止めて鍵をかける。
待ち合わせは、神明かり通りの中で、レンタルDVD店や雑貨屋などが入ったビルの一階、コーヒーショップのチェーン店だった。
店の入り口付近から店内を見回すと、一番奥の席にそれらしい人物を見つけたナオは、トコトコと近付いて声をかける。
「あの……『タートルクィーン』さんですか?」
「あ、『ストレートオーナー』……さん?」
情報提供者らしき人物にアカウント名で尋ねると、向こうはナオのアカウント名で確認を取ってきた。
どうやら間違いないと判断したナオは、今日はよろしくお願いしますと頭を下げて、彼女の対面の席についた。
(わぁ……たぶん女の人だとは思ってたけど、すごい美人さんだなぁ)
これからオカルトチックな話を聞かせてくれる彼女は、ナオより大人っぽい、二十代前半くらいの美女である。
ちょっと見とれていると、何か飲み物でもいかが?と声をかけらた。
「あ、いえ……今日は、お話を聞かせてもらうだけで結構ですので……」
「そうですか……?」
慌てるナオを怪訝そうに見ながら、対面の彼女は小首を傾げた。
(持ち合わせが無いわけじゃないけど……お小遣いは少ないから、出費は控えたいもんね)
もしかしたら、社会人っぽい彼女が出してくれるつもりだったのかもしれないけれど、話を聞かせてもらう立場で、それはなんだか申し訳ない。
美味しそうな軽食やスィーツなどに目移りしそうになるけれど、ここは我慢!とナオは堪えて、さっそく話を聞かせてもらう事にした。
「これは、私……というより、私が所属しているグループでの事なんですが……」
そう前置きして、彼女は話を始める。
しかし、その内容は彼女達のグループの邪魔をする人物がいる、その邪魔者を排除したい等といった怪事件の話というより、愚痴のような物だった。
(……な、なんの話をしてるの?)
訳がわからないながらも、ナオはいつか話の転換が来るだろうと、とにかく彼女が話を終えるのを辛抱強く待っていた。
「……で、ようやく解決案が見つかったんです」
「は、はぁ……」
──結局、怪しい話についてはさっぱり語られる事はなかった。
ひたすら愚痴と不満について聞かされ、しかも解決案は自分達で見つけたという、まったく無駄な時間が流れただけである。
「あの……私は、なんの話を聞かされているんですか?」
初対面の人にここまで無駄話に付き合わされ、さすがのナオもムッとした口調で詰問した。
「だから、邪魔な奴を排除する方法が見つかったということです」
「それが私と、どう関係があるんですか!」
「大アリですよ。だって貴女は、あの忌まわしい術師の友人でしょう?」
その言葉を聞いた瞬間、ナオはガタッと弾けるように立ち上がって、女から離れた!
「あ、あなたは……」
「うふっ……もう察しているんでしょう?」
そう、言われるまでもなく、ナオは彼女の素性に気づいている。
「妖怪……」
「ピンポーン!」
呟いたナオに、正解を示すようなふざけた答え方が返ってきたのは、彼女の後方からだった。
「えっ!?」
思わず振り向くと、いつのまにかナオの背後に男が立っている。
「大正解だよ、お嬢さん。ご褒美として、俺達の拠点にご招待だ」
ニヤリと笑って手を伸ばしてきた男から逃れるように、ナオは身を翻す!
「ははっ、元気だな」
笑顔を見せる男と、いまだ座ったままでこちらを眺めている美女を、ナオは睨み付けた。
「なんで……いつの間に……」
「ん?俺なら最初から店内にいたぞ?」
「そんな!?」
「なんにしても、あんたが店に入ってからとっくに結界が張ってあるから、逃げられやしないぞ?」
「!? で、でもまだ人が……」
そう言いかけて、ナオは気がついた。
この場に残っている人間……サラリーマン風のおじさん達から、店の従業員達までが、ギラギラと光る眼でナオを見つめている事に。
「ま、まさか……」
「そのまさかよ。ここに居るのは、全員が仲間なの」
「そんな……」
「本当さ。まぁ、警戒して強力な御守りか何かを持ってたみたいだが……これだけ仲間が集まってる所に来たら、意味がなかったな」
男の言葉にハッとして、ナオがマドカからもらった御守りを取り出すと……それは音もなく、また熱さも感じなかったのに、黒く焼け爛れていた。
「あ、ああ……」
「残念だったな。さぁて、一緒に来てもらおうか」
男だけでなく、店内にいたすべての者が、ニヤニヤとしながらナオを取り囲む。
(マドカちゃん……!)
親友を心の中で呼びながら、ギュッと目を閉じたナオに、無数の手が殺到していった。




