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マドカとナオは夜に舞う  作者: 善信
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01 噂

伝記ホラーっぽいけど、ファンタジー寄りです。

詳しい方はツッコミ所も多いと思いますが、おおらかな気持ちで見逃してもらえると、ありがたいです

F県A市。

かつて、幕末の頃に戦いの舞台となった歴史的な地であり、ほぼ国営のTV局で大河ドラマの題材にもされた、観光業がメインの地方都市である。

その観光スポットの一つが近くにある、町外れの高校『県立紋所(もんじょう)高等学校』の校門前では、賑やかな生徒達の登校風景が繰り広げられていた。


そんな登校中の生徒達をすり抜け、自転車に乗った一人の女子生徒が校門をくぐる。

「よっと!」

軽いかけ声を漏らしながら駐輪場に自転車を停めた女生徒、秋山(あきやま)直緒(なお)は、校門の方へ小走り戻ると、お目当ての人物を探して辺りを見回した。


「あっ! お~い、マドカちゃ~ん」

探していた姿を見つけたナオは、手を振りながら駆け寄っていく。

「おはよう、ナオ」

ナオが追い付いて来るのを立ち止まって待っていた、ボブショートに眼鏡の少女が、彼女に朝の挨拶を送る。

「おはよ~」

挨拶を返して、ナオは大の親友である春野(はるの)(まどか)の隣に並んで歩き出した。


今年の春に二年生になった二人だが、その付き合いは小学生の頃からと、かなり長い。

「相変わらず、マドカちゃんは朝から可愛いね~」

お世辞とか、からかってる訳ではなく、ナオは常日頃からマドカに対して思っている事を口にする。

彼女の親友は、身長こそ百六十センチのナオよりも頭一つ小さいという小柄さだけれど、知的な美人だと思うし、出るところは出て、引っ込む所は引っ込むという羨ましいスタイルをしている。

さらに成績優秀でスポーツもそつなくこなし、家では家事全般を担当している完璧超人ぶりで、まさにナオの憧れの人だった。


「は~、私が男だったら、ぜったいマドカちゃんを嫁にするんだけどなぁ」

「なに言ってんの。私よりナオを嫁にしたいって男子の方が、ぜったい多いと思うよ」

ため息まじりでそんな事を言うナオに苦笑しながら、マドカも親友を眺める。


いつも明るく元気いっぱいで、周りの人も自然と笑顔にしてしまうのがナオという少女だ。

容姿もいいし、社交的で誰とでもすぐに仲良くなれる。

ちょっと抜けてる所も愛敬となってしまう天性の愛らしさは、女の子なら誰だって羨ましいと思うものだろう。

そんな彼女と親友でいられるのは、マドカにとって密かな自慢だった。


「どうしたの?」

眩しそうな眼差しを向けてくるマドカに、ナオが小首を傾げる。

「んん、別に。ただ、私もナオのこと好きだよってね」

「マジで!? じゃあ、結婚しようか!」

「それは無いかな」

「ちぇ~っ……」

そんないつものやり取りをしながら、日常の話に話題をスライドさせた二人は、他の生徒達に紛れて校舎の中へと消えていった。


            ◆


「──でさぁ、マドカちゃんは聞いた?」

同じクラスのナオは、自分の机に鞄を置くなりマドカの席までやって来て、開口一番にそう尋ねた。

「……聞いたって、何を?」

彼女からの、主語の無い唐突な問いかけには慣れているマドカは、いつものように返す。

すると、フフフ……と含み笑いをしながら、ナオは声を潜めた。

「百・鬼・夜・行だよっ☆」

ドヤッとした顔で予想外の言葉を口にしたナオに対し、マドカの表情は固まっていく。

ほとんど不満などない、素晴らしい親友のナオではあるが、唯一の欠点と言っていいのが、このオカルト趣味だった。


「ほら、これ見て!」

そう言ってナオが見せてきたスマホの画面には、某匿名掲示板の、とあるスレッドが開かれていた。

スレッドのタイトルはオカルト関連の話をする物で、それに因んだ様々な心霊、怪奇現象等の書き込みがされている。

そして、その中にこのA市にまつわる書き込みがあったのだ。


それは数日前、A市のシンボルであり、観光名所の「鶴賀城(つるがじょう)」から、駅前へと抜けるメインストリートの一部、「神明(かみあか)り通り」に百鬼夜行が現れたというものだった。

その書き込み自体は、かなり真に迫ったような勢いはあったものの、特に証拠となる動画や画像が添付されている訳でも無く、よくあるフェイク情報の一つとして、ほとんどスルーされていた。


「まぁ、このレスだけなら信憑性は薄いんだけどね。でもね、調べてみたら、うちの学校でも見たって人が何人かいるのよ!」

話してる内に興奮してきたのか、ナオは鼻息も荒くマドカに迫る。

「すごくない!? こんな片田舎で、こんな怪奇現象が起こってたかもしれないんだよ!?」

ワクワクが止まらないといった風のナオだったが、当のマドカは大きなため息を一つ吐いた。

そうして、ポンと彼女の肩に手を置くと、優しく諭すように口を開く。


「あのね……私達も、来年には受験を控えて忙しくなるんだよ? そんなオカルトチックな噂話に、振り回される暇はないと思わない?」

もちろん、この言葉は本心だ。

しかし、それ以上にこのままナオ放置しておいたら、いけないとも思っている。

下手をすれば、中学の時の夏休み自由研究のように、三年連続で様々な「心霊スポット調査」を提出した時の再来になりかねない。

それに付き合わされたマドカからすれば、これ以上に彼女の好奇心に火が着き大きくなる前に、鎮火しておきたい所だった。


「でも……」

「デモもストも無いの!」

何か言いかけたナオの台詞を、マドカはバッサリと断ち切った。

「何人かが目撃したのが本当なら、その話題ももうちょっと盛り上がってるでしょ?だいたい、その百鬼夜行調べるにしても、夜に神明り通りをうろつくって事だよ? この辺はそんなに治安は悪くないけど、変なのは何処にでもいるし、警察に補導される可能性だってあるんだからね!」

正論で捲し立てられ、ナオは反論もできずに項垂れる。

その悲しげな表情にマドカの心はチクリと痛んだ。が、それでも彼女に危ない目に会ってほしくないという思いから、マドカは心を鬼にする。


「いい? 変な事に首を突っ込んじゃダメだからね!?」

「はぁい……」

自分を心配してくれる親友の気持ちが理解できるからこそ、ナオは素直にそう答えるしかなかった。


            ◆


PM8:20。神明り通り。

(来ちゃった……)

自転車に跨がり、スマホを構えながら、ナオはこの場に立っている事を心の中でマドカに詫びていた。

(でも、しょうがないよ……流れが来てるんだもん)

その日は、たまたま両親が急な仕事の都合で夜に家を開けることになり、夕飯を外で済ましてほしいと言われた。

そして、たまたま牛丼が食べたくなったナオは、家から一番近い神明り通り付近の牛丼屋チェーン店に向かったのだ。

そうして食事を終えると、たまたま微妙に人も少なくなるこの時間であり、たまたまあの百鬼夜行が目撃された時刻に近かった。

ここまで偶然の組合せでお膳立てをされて、神明り通りを調べないなんて話があるだろうか?

いや、絶対に無い!


後でマドカから怒られるかもしれないが、万が一すごい写真や動画が撮れれば彼女をびっくりさせられる。

驚くマドカの顔を想像して、ナオはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。

「さぁて、いざ行かん! 待ってろ、百鬼夜行!」

鼻息荒く意気込んで、ナオは自転車のペダルを力強く漕ぎ出した。


神明り通りは、市の中央を通る大通りの一角で、道路を挟んで色々な店が立ち並ぶ約二百メートルほどの商店街的な区画である。

その通りを、ナオは自転車で駆け抜け、或いは降りてテクテク歩きながら一時間近くウロウロとしていた。

「…………なーんにも無いなぁ」

大きなため息を吐き、ナオは自転車に股がったまま、ハンドルに上体を預ける。

田舎の夜は、人が引けるのも早い。

ほとんどの店も閉店して、すでに人気も少なくなった通りで、これ以上女子高生が一人でウロつくのは危険だろう。

補導されるならまだ良い(良くはない)が、近くの飲み屋街から出てくる酔っぱらいに絡まれでもしたら、本当に洒落にならない事態だ。

「帰ろう……」

ポツリと呟いたナオは、その前に喉の渇きを覚えて、近くの自販機でジュースを買った。


ガシャン!と、思っていたよりも大きな音を響かせて、ジュースの缶が出てくる。

あまりに大きな音だったので、ナオもビックリして思わず辺りを見回してしまった。

そして、ふと気づく。


「あれ……なんでこんなに静かなんだろ……」

神明り通り周辺は、不気味なまでの静けさに包まれていた。

いくら田舎の平日の夜とはいえ、宵の口から人がまったくいなくなるということはない。

しかし、明かりのついている飲食店はあるのだけれど、まるでナオ以外には世界に誰もいないと言わんばかりに、人気(ひとけ)は無く、車の一台も通りを走ってはいなかった。


それに加えて、耳が痛くなるような静けさが心をザワつかせる。

急に得体の知れない寒気を感じて身震いしたナオは、急いで自転車を漕ぎ出してこの場を後にしようとした。が、その時。

彼女の後方から、数人が歩いてくる音が聞こえた。

人の気配があった事に、なんだかホッとしたナオは、チラリと足音のした方に目を向ける。

そして、その目が見開かれたまま、ナオは言葉を失った。


無人の通りを歩いていたのは、人間に近いが人間ではない異形の影達。


大きな目をギラつかせた毛むくじゃらの子供。

目も鼻も無く、顔の半分が大きく開いた口に、黒く塗られた乱杭歯を見せて笑う女。

地を這いずる牛に似た大きな獣。

頭が異様に大きく、それをフラフラと揺らしながら歩く真っ黒な影。

半透明なクラゲを思わせるプルプルとした青白い肉の塊。


そんな化け物達が、明らかにナオを見据えてヒタヒタと近づいてきていたのだ!

予想もつかなかった現状に、ナオは恐怖のあまり声も出ない!

しかし、それでも逃げなくてはという本能に引っ張られて、彼女はペダルを踏み込もうとした。

だが、ヌッと伸びてきた異形達に手足を掴まれ、自転車から引きずり下ろされて地面に押し倒されてしまう!


「ひっ、いや……いやぁ!」

半狂乱で暴れようとするナオだったが、彼女を押さえつける化け物達はその様子が面白くてたまらないと言わんばかりに、気味の悪い笑い声を上げながら顔を歪める。

突然の展開に思考が働かず、ただ悲鳴を上げ、涙でぐしゃぐしゃになった哀れな生け贄に向かって、異形達の口が大きく開く。

そして、その涎にまみれた牙が柔肌にかじりつこうと近付いていった。


だが、次の瞬間!


バキン!という何かが破裂したような音が響き、数人の人影が飛び込んで来た!

影達はナオを襲っていた異形達に向かって、疾風のように間合いを摘める!


そして一閃!


ある異形の首が飛び、別の異形が両断され、さらに他の異形の頭が砕かれて、反撃しようとした異形は胴体に大穴を空けられた!

最後に、逃走しようとした異形が針ネズミのように無数の矢で射貫かれると、化け物達の体は崩れ、黒い霞になって、後方に離れていた人物の持つ黒い本に吸い込まれていった。


化け物達から救われたナオは、その現実離れした光景を声もなく見つめていたが、やがて緊張の糸が切れたのか、ゆっくりと倒れ込むように崩れ落ちる。

そんな彼女に、黒い本を抱えた小柄な人物が駆け寄って、その体を支えてくれた。そのまま、ソッとナオを地面に横たえてくれる。

パーカーのフードを目深にかぶっているため顔はよく見えないが、体系からして女の子のようだ。

その少女は、横になるナオに腕を伸ばすと、彼女の体をギュッと抱きしめる。


薄れ行く意識の中、顔は見えなくてもナオには彼女(・・)が誰だかすぐにわかった。

「なんで……ナオがここに居るのよ……」

驚きと戸惑いの混じった、震えるような声。

「巻き込みたく……無かったのに……」

泣きそうなほどの悲しみと自責の念が、その呟きには籠っていた。


ああ……悲しませちゃった……ゴメンね、マドカちゃん……。


紡ごうとした言葉は声にならず、ポタリと頬に水滴が落ちる感触を最後に、ナオの意識は深い闇の中に沈んでいった。

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