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ジャック=ベーカー中尉

昼の片付けを終わらせ、夕勤のスタッフに夕飯の仕込みの引き継ぎをして、もうそろそろ就業という頃。

ゴミだしから戻ると、スタッフの一人に呼び止められた。

彼女について行くと、ノアが食堂と厨房とを隔てるカウンターで頬杖をついて待っていた。


「こんな時間に食堂に来るなんて珍しいね。どうしたの?」

「ミコト十五時で上がりだろ?最上階のラウンジ行こうぜ」

「うそっ、連れてってくれるの?」


居住エリアの最上階のラウンジは、士官しか利用することができない。

そこでは軽食やお酒も提供されていて、中でも春期限定のパフェは絶品という話だ。

もちろん、わたしは一度も行ったことがない。

一般の兵士や基地スタッフは、士官の同伴がなければ利用できないから。


「パフェ食べてみたいんだろ?俺も興味あるし、一緒に行こう」

「うわ、すっごい嬉しい!待ってて、すぐに終わらせる!」


わたしは大急ぎで残りの仕事を片付け、十五時と共に更衣室にダッシュ。

油の臭いが染みついた体をシャワーでさっと流して、ノアの元に向かった。

ノアは食堂の椅子に腰掛け、本を読みながら待っていた。


「ごめん、お待たせっ!」

「行くか」


ノアはパタンと本を閉じて立ち上がった。

ラウンジへは、士官の居住棟のエレベーターを使う。

士官棟はわたしたちが生活している一般棟と渡り廊下で繋がっていて、一般棟の十分の一ほどの大きさだ。

十分ほど歩いて、やっと士官棟のエントランスにたどり着いた。


「前から思ってたけど、やっぱりちょっと遠いね」

「そうか?あんま考えたことなかったわ」


ノアがロックにIDをかざすと、硝子戸がゆっくりと開いた。

士官棟のエントランスは、一般棟とは比べ物にならないくらい豪華で広々としていた。

絵画や花瓶はもちろん、ソファーやサイドボードにいたるまで、高級品だと一目で分かる。

良い思いしたかったら、出世しなさいってことか。

ソファーに触らせてもらったら、とてもふかふかしていて、きっとこれに座ったら一生立てないだろうなと思った。


「あれー?ノアが女の子連れてるー」


わたしがソファーに手垢をつけまくっていると、どこか間延びした喋り方をする男性に声をかけられた。

わたし達より少し上の年齢に見えるその人も、ここにいるってことはとても偉い方で。

慌てて居ずまいを正した。


「どーも。お疲れ様です、中尉」

「なになにー?ノアの彼女ー?」

「そうです」

「違います友達です」


しれっと彼女として紹介しようとしやがったので、即座に否定しておいた。

すっごい睨まれたけど、知らん顔しとこ。

中尉はというと、一瞬きょとんとした顔をして、それから急に笑い始めた。


「すげー、俺ノアに彼女扱いされて、死んだ目で否定する子が存在するとは思わなかったー」


中尉はひとしきり笑った後、笑いすぎて出てきた涙を拭った。

それからわたしに右手を差し出し、自己紹介してくれた。


「あー、笑ったー。俺、ジャック=ベーカー。君はー?」

「第六食堂で勤務してます、ミコト=カンダです」


お目にかかれて光栄です、と差し出された手を握り、握手を交わした。


「第六食堂?なるほどねー。そういうことかー」


中尉はノアを見て、にやっと笑った。

ノアがすごーく嫌な顔したのは言うまでもない。

わたし一人だけがよく理解できずに、クエスチョンマークを飛ばしている。


「ここにも食堂あるのに、毎回わざわざ一般棟まで行くからさー。何でかなーって思ってたんだよねー。そっか、君に会いたかったんだねー」


中尉の言葉に、わたしの顔がボンっと赤くなったのが自分で分かった。

そうだよね、今通って来たけど遠かったもん。

食事の度にあの距離行き来してるんだよね。

ちらっとノアを見ると、ノアもこちらを見ていたようで目が合った。

別にハナも会いたがるし俺だけじゃない、とか言っているけれど、心なしかノアも少し顔が赤い気がする。


「二人して赤くなって可愛いなー」

「赤くなってません」

「ミコトちゃん、ノアに意地悪されたら俺のとこおいでー。俺今彼女いないし、優しくしてあげるよー」


そう言って、中尉は再びわたしの手を取り、その手の甲にちゅつと音を立てて口づけをした。

ぎょっとして、慌てて手を引くと「照れちゃって可愛いんだー」なんて言われてしまった。


「あんた……斬られたいのか?」


地を這うような声が聞こえて、はっとノアを見れば、どす黒いオーラを纏って、不機嫌全開だった。

いや、怖っ。

目が据わってるんだけど。

けれどさすが上司。

中尉はそんなノアをものともしていなかった。


「わー怖い怖い。嫌だねー、男の嫉妬は醜いぞー?」

「斬る……」

「落ち着いてっ」

「俺は落ちついてる。そもそもお前がぼーっとしてるから、

手にキスされるんだぞ」


げっ、こっちに飛び火した。

まさかこんなキザなことされるとは思わなかったし、防ぎようがないじゃないか。


「ノア怖ーい。ミコトちゃんやっぱり俺のとこおいでー」


再び中尉にからかわれて、ノアは聞こえるように舌打ちした。

それからわたしの腕を掴んで、引っ張るように歩き出してしまった。


「ちょっとご挨拶っ」

「ほっとけ」


ノアは立ち止まってくれないので会釈だけでも。

中尉は怒ることなく、にこにこ笑って「またねー」と手を振ってくれた。

今日もありがとうございました!

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