好きだから
嫌だ嫌だと思っていても、時間は進んでしまうもので、ついに約束の時間になってしまった。
目の前のこの扉を開ければ、きっとノアがいる。
回れ右して帰ってしまおうかとも思ったけれど、後で絶対しばかれるので諦めた。
わたしは大きく深呼吸して、扉に手をかけた。
「ノア、いる?」
「来たか」
部屋に明かりはついていなかった。
けれど、昨日と違いカーテンが開けられていて、月明かりで室内がはっきりと見えた。
狭い室内の壁は一面棚になっていて、鍋やらフライパンやらがプリントされた、開けた形跡のない段ボールが、雑に押し込まれている。
あぁ、ここ厨房で使う備品のストックを置いておく部屋だったんだ。
ノアは部屋の奥、窓から少し離れた棚に背中を預けるように立っていた。
さすがに真横に並ぶ気にはなれず、わたしはノアから一メートルほどのところに立った。
「昨日は悪かったな」
ノアの口からは意外な言葉が飛び出した。
わたしはてっきり、あの手この手で口止めされると思っていたから、拍子抜けしてしまった。
「あ、いや、こっちこそ見ちゃってごめん」
「ああ、それはいい。本人に見られてむしろ興奮した」
ん?
「え……じゃあミコトって……」
「は?お前に決まってんだろ」
ぎゃあああああああああっ!
ミコトわたしだったー!
昨日のオカズわたしだったー!
「言っとくけど、昨日だけじゃないぞ。いつもお前で抜いてる」
いや、それ知りたくなかったわ。
わたしの頭はもうパニックだった。
ここに勤めてすぐに友達になって、それからずっと一緒で。
「は、え?なんで?」
「好きだから」
ノアは淡々と、顔色一つ変えずに言った。
急な告白に、わたしは顔が熱くなってくるのを感じた。
「それって友達として」
「じゃねーよ。ライクじゃなくてラブのほう。女としてってこと」
はっきりと言われて、わたしは逃げ場をなくした。
心臓がバクバクしてる。
何だか息苦しくなってきた。
口止めに脅されると思ってたのに、予想外の告白で。
駄目だ、頭がついていけてない。
「わたし、今までそういう目でノアのこと見たことなかった」
「知ってる。だからもっと時間かけて言うつもりだった」
それからノアはわたしの方に近づいた。
反射的に一歩下がると、ノアはわたしが逃げられないように、棚と自分の間にわたしを閉じ込めた。
壁ドンならぬ棚ドン。
「けど、昨日見られちまったからな。予定を早めることにした」
シャンプーの匂いが分かるくらい顔が近い。
くそ、このイケメンめ。
綺麗な顔しやがって。
もうわたしの心臓は爆発寸前だ。
「良くも悪くも、これで俺のこと意識するだろ」
ノアの顔がゆっくり近づく。
突き飛ばすとか暴れるとか、そんなこと考えられなくて、ただぎゅっと目を瞑った。
「好きだ、ミコト。絶対落とすから覚悟しとけ」
耳元で囁いたノアの声は今まで聞いたことがない、熱っぽくて艶のある男性の声で、不覚にもゾクっとした。
ノアの体が離れる。
わたしはしばらく目を閉じたまま動けなかった。
「意識したろ?」
わたしばかりドキドキしてノアが余裕なのが、なんだかすごく癪だった。
「……してない」
「へえ?じゃあもっと分かりやすくキスでも」
「したっ!意識したっ!超意識した!」
「なんだ残念」
ちっとも残念そうじゃない、ニヤニヤした顔で言いやがった。
くそ、腹立つ。
ドキドキした自分にも腹立つ。
絶対落ちてなんかやるもんか。
わたしは一人胸に誓った。
「そういえば、なんでこんなとこでしてたの」
「部屋ではし飽きた」
「え、どんだけしてんの」
「ほぼ毎晩」
「うわー、引くわー……」
「あと」
「あと?」
「部屋よりこっちに連れ込む方がリアルだろ?」
「ごめん、二メートルくらい離れて」
今日もありがとうございました!




