告白?
「なんかさー、すっごく強烈な嫌がらせされると思ってたから、なんだこんなもんかって思っちゃった」
珍しく昼番になった仕事の休憩中、わたしはケイトと食事を取りながら、嫌がらせについての話をしていた。
ケイトも頬杖をついて、おかしいわよねーと納得のいかない表情だ。
「わたしも噂でしか知らないけど、前やられた子達はもっと酷かったみたいよ。ブレイクとその取り巻きに詰められたとか、会うたびに罵声を浴びせられたとか」
ブレイク達がやったって証拠はないけど、部屋の前に動物の死骸を置かれたとかもあったって聞いたわよ。
ぞわっ。
なにそれ怖すぎる。
想像して思わず鳥肌が立った。
「その子達はその後どうなったの?」
「軍を辞めた子もいれば、ノアには一切近寄らない約束をして続けてる子もいるみたい」
うわぁ……人を好きになっただけで失職とか。
失業率の高いこのご時世に、やっと見つけた仕事を失うのは勘弁して欲しい。
「まだこれで終わりとは限らないんだし、気をつけなさいよ」
ケイトはわたしの手を握り、心配そうに言った。
「それはそうと、やるじゃないミコト」
心配顔から一転、ケイトはニヤニヤした顔でわたしを見た。
ん?
何かしたっけ?
わたしの頭上にクエスチョンマークが飛びまくっているのを察して、ケイトはわたしの後方を顎でしゃくった。
「あそこの栗毛の彼、さっきからチラチラミコトのこと見てるわよ」
振り返ると、わたしたちが使っているテーブルから二列離れたところに、男三人が座っていて、その一人が栗毛だった。
あの人一度だけ話したことがある。
毎朝第六食堂使ってて、名前は……なんだっけ。
どちらかというと控えめというか、人見知りな印象だったから、話しかけられた時はびっくりしたのを覚えてる。
じっと見てしまったせいか、向こうもこちらの視線に気づいたようで目が合った。
曖昧に笑って、ケイトに向き直る。
「噂のことしゃべってるんじゃない?」
「えー?あの熱っぽい目は違うわよ。ほら、こっち来た」
ケイトの言った通り、彼は真っ赤な顔でこちらに歩いてきた。
わたしの横で立ち止まり、緊張したようにしゃべり始めた。
「ミコト、ちょっといいかな」
「えーと……、マシューだっけ?どうしたの?」
良かった、名前出てきた。
マシューは一瞬驚いた顔をして、それから嬉しそうにはにかんだ。
「名前、覚えててくれたんだ」
辛うじてね。
でも本人にそんなことは言えないから、曖昧に濁した。
マシューは何か言いたそうにもじもじしている。
男の人のもじもじって可愛くないな……。
言いたいことがあるならはっきり言わんかい。
「……ミコト、今日仕事終わったら時間ある?」
「少しならいいよ」
「本当に?じゃあ、地下倉庫分かる?そこの北側の階段下で待ってるから」
それだけ言うと、マシューは友人達の元に帰って行った。
友人達はマシューの背中や肩を叩いて盛り上がっている。
「やったな、お前!」とか「やっぱそうじゃん!」とかなんとか聞こえるけど、夕方に会う約束しただけで何がやったのか。
男の人ってよく分からん。
ケイトにそれを言えば、ニヤニヤして
「きっと告白よー?ノアがいるのにミコトってば」
なんて言ってくれた。
いや、ノアは関係ないからね。
なんでわたしがノアのものみたいになってるの。
「なんだかよく分からないけど、仕事終わったらとりあえず行ってくる」
十九時の就業を迎えると、急いで油まみれの体をシャワーで流し、マシューが指定した地下倉庫に向かった。
地下倉庫は第六食堂が入っている棟の地下二階と三階のことで、生活用品のストックを置いておく場所だったと思う。
あまり待たせるのも悪いので走って行くと、マシューは階段の脇、少し奥まったところに立って待っていた。
「ごめん、お待たせ」
「いいんだ。来てくれてありがとう」
マシューは嬉しそうだけど、どこか緊張した面持ちだった。
「それで、何の用だったの?」
「分かってるだろ?それとも、俺のこと試してる?」
そりゃまあ、あんな赤い顔でこんな人気のない場所に呼び出されたんだから、なんとなく想像はついてる。
でも、試すって一体何のことだろう。
わたしが分からずにいることを、とぼけていると思ったのか、マシューは少し気分を害したようだった。
「分からないフリ?それともそういうプレイ?俺はどっちでもいいけど」
マシューはじりじり距離をつめてきた。
わたしも一定の距離を保って後退する。
どんどん階段裏の、廊下の明かりの届かないところに追い込まれている気がした。
頭の中で黄色い信号が点滅している。
「自分からそんな人目につかないとこに行くんだ?やっぱり噂は本当だったんだね」
「そんなわけないでしょ」
「いいんだ、俺そんなこと気にしないよ。そんなミコトも好きだ」
そう言ってマシューはわたしの腕を掴み引き寄せ、あろうことか強引にキスをした。
押しつけられる感触と荒い鼻息に、全身鳥肌が立った。
頭を押さえつけ、味わうように繰り返されるキスが気持ち悪い。
「ちょっ、……やめっ、て!」
「嫌がるフリも可愛いよ。無理やりヤってるみたいで興奮する」
みたいじゃなくて無理やりなんです。
いつの間に移動していたのか、背中に壁が当たった。
壁とマシューに挟まれて身動きとれない。
押し退けようにも、細いくせして、押してもびくともしなかった。
「なんでこんなことするの」
「手紙、くれただろ」
手紙?
何のことかさっぱり分からない。
腰に回されていたマシューの手が、服の中に滑り込んできた。
腰やお腹を直に触られて、ゾワっとした。
マシューの唇が首を這う。
「泣いてるの?イイね」
知らない内に涙が出ていた。
どうしてこんなことになってしまったのか。
好きでもない男にキスされて、肌を触られて。
腰を撫で上げられた時、以前図書館で同じようなことがあったのを思い出した。
引き寄せられて、腰を撫でられた。
でもノアはわたしが嫌がればそれ以上続けたりしなかった。
無理やりキスしたりしない。
強引に服の中に手を入れたりしない。
ノアはこんな一方的なこと、絶対しない。
「ノア……助けて……」
小さく呟いた声は、人が階段を駆け降りてくる音に消された。
バタバタと数人分の足音が聞こえて、それからマシューが向かいの壁に叩きつけられた。
何が起こったのか分かった時には、ハナが床に倒れたマシューの胸ぐらを掴み、拳を振り下ろそうとしていた。
「ハナ、やめろ」
ハナの拳が、マシューの顔に当たる寸前で止まった。
胸ぐらを掴んだまま、興奮した獣のように肩で息をするハナを、アレンが宥めている。
アレンがハナの拳をそっと降ろしたところで、わたしの視界は塞がれた。
「もう大丈夫だ」
ノアの胸に顔を埋めているんだと、頭上から降ってきた声で気がついた。
ノアが来てくれたんだと思ったら安心した。
安心したら、益々涙が出た。
わたしはノアにしがみついて、子どものように泣いた。
こんなに泣くのはいつ以来だろう。
大人なのにみっともないと、頭のどこかで声が聞こえたけれど、涙は止まらなかった。
今日もありがとうございました!




