隻腕のオーク
少しだけ昔の話をしようと思う
当時、この世界に転生する前の記憶が少しだけあった
汚い6畳もない部屋
煙草の臭い
暗がりで
PCのモニターだけが明るい
テーブルの上に椅子
その椅子を蹴って天井に付けられた縄が頸を絞める
息が詰まる記憶
ただそれだけ
何が辛くて自殺をしたのかは正直もう覚えてはいない
気が付くと俺は林の中にいた
木々の合間から陽光が漏れ出し
涼しい風が俺の顔面に当たる
ああ、自殺をしたら地獄へ行くというがあれは間違いだったんだな
ともう一度目を閉じ、ここは天国なのだろうかと考える
「大丈夫か?坊主?」
そんな事を考えていたら見知らぬ声が聞こえてきた
目をうっすらと開ける
目の前に茶褐色の肌で、腕が太く、剛毛
瞳は黄色
麦わら帽子と農作業服
手には鍬
そして顔に豚の頭が付いた人間が目の前で手を差し伸べる
これがギルバート叔父さんとの出会いだった
こんな所で寝てたら風邪を引くぞ、と俺の腕を引っ張る
土の付いた軍手が俺の肌に付くと同時に気付く
人間にしては濃いめの桃色肌、そして4本指の手
掴まれてない方で自分の顔を触る
俺はオークになっていた
しかもまだ子供
大人のギルバート叔父さんの力には抵抗できず、俺はその場を後にする
叔父さんは親身になって俺の事について聞いてきた
家族は?親は?何処から来た?人間に襲われたのか?
どの質問にも俺は答えることが出来ずただ黙って下を向く
この時の俺はただ単純に今の状況に混乱してるだけだったんだ
そんな俺を見て叔父さんは俺の家に来いと大声で言った
「なぁに、家族が一人増えたところで大して変わらん!何があったかは深くは聞かん!俺の息子になれ!あっはっは!」
叔父さんの家に付くと俺は家族に歓迎された。
エイダ叔母さんと俺と同い年くらいの子が6人
オリバー、ジョージ、レオ、ジェームス、ダニエル、アイラ
5人が男の子で、アイラだけが女の子だった
「初めまして!君の名前は?」
「俺レオ!よろしくな!」
「レオ!近づき過ぎだって!またジェームスみたいに嫌われたいの!?」
「ぼ・・僕はレオ兄の事嫌いじゃないよ・・」
「私はアイラよ!よろしくね!」
ギルバート叔父さんがいっぺんに話すんじゃないと注意をする
静かに見ていた叔母さんが俺の方へと近づく
しゃがみ、俺を優しく抱きしめる
「大丈夫よ。貴方の居場所はここよ。」
優しい匂いがした
背中をぽんぽんと叩かれる
俺はその優しさが今でも忘れられない
大人になると泣くことすら忘れていた
いつの間にか俺は大粒の涙を流し、泣いていた
色々な感情が混じり、その溜まった感情を解き放つように
「よしよし・・良い子、良い子。そうね・・貴方の名前は——。」
月日はあっという間に流れた
叔父さんの畑仕事を手伝いながら家族と寝食を共にして3年が過ぎる
オリバーは頭の良い奴だった
叔父さんもそれが分かっていたのかオリバーには畑仕事はさせず勉学を優先させていた
オリバーの将来の夢はこの国の英雄と働くこと
その英雄が築いたといわれるオークが安全に暮らせる唯一の国
僕はこの国が好きなんだといつも言っていた
ジョージとレオは双子の兄弟。この二人とはよく喧嘩をした
俺にもちょっかいを出してきてよく畑仕事を放っては三人で泥団子を投げつけて、叔母さんに怒られていたな
二人は騎士を目指すと言っていた。
二人が喧嘩しつつも紙で作った斧で斧術の練習をしていたのは知っていたよ
俺はこっそりそれを見ていたのだから
ジェームスは内気な性格で、6人の中では一番小さい男の子だ。でも何故か年長の俺とオリバーにはよく懐いてくれた。
オリバーが本を読んでいると同じように本を読み、俺が叔父さんの畑仕事をしていると同じように鍬を持つ
勿論、鍬なんてまだ持てる年齢じゃないから後ろに倒れてはいたけど
アイラは
「――。ねぇ、綺麗だね!ずっと・・ずっと・・この星が見れればいいなぁ・・。」
夜、二人でこっそり家を抜け出して見た夜空の光景は本当に綺麗だった
その直後に
奴らは現れたんだ
火球が空を覆い、街は火の海と化す
「ギルバート叔父さん・・!エイダ叔母さん・・!オリバー・・!ジョージ・・!レオ・・!ジェームス・・!」
アイラが叫ぶ
街が火煙に覆われる中二人で必死に家に戻る
幸い街の外れだったからか火は俺の家には届いていなかった
それがどういう意味を表しているのか
湿った血の臭いが我が家を包み込んでいた
蒼ざめた表情でアイラが家の中に入る
そこに映っていたのは家族の無残な姿だった
「そんな・・・・どうして・・・・!」
アイラはそう言い、膝から崩れ落ちる
その一瞬
血の臭いに混じり気付くことが出来なかった
後ろから黒い甲冑を着た男が俺を切りつける
「ぎゃはぁ!ブヒィ!てかぁ!あひゃひゃ!」
左腕を失い、痛みの中、そいつのゲラゲラと笑う声が脳裏に響く
そいつの顔を俺は絶対に忘れない
右目に十字の傷が付いた、隻眼の男
「おい、目的の物は回収した。遊んでないでさっさと殺せ」
後ろにもう一人、同じ黒い甲冑
黒い兜で顔を隠した男が隻眼の男に話しかける
アイラはいつの間にかその男に担がれ闇夜へと消えていく
「へいへい・・チッ・・俺に指図するんじゃねぇ・・」
男は小言を言い俺に止めを刺そうと両手で剣を掲げ、振り下ろす
キン
と鈍い音が部屋に響く
「くっくっく・・止めだ止めだ・・!もっと面白れぇことがあるじゃねぇかよぉ・・!」
隻眼の男はニヤついた顔を手で隠し、ぶつぶつと独り言を喋り始めた
そして俺の左腕に剣を向け何かを詠唱し始める
焦げるような臭いと熱
今まで感じたことのない激痛に俺は耐えなければならなかった
左腕からの出血は止まり、男がゆっくりと俺に近づいて呟く
「おい・・豚・・!俺を殺したいだろぉ・・?生かしてやるよぉ・・!俺は優しいからなぁ・・!くっくっく・・!お前だけ生かしたらあいつはどんな顔するだろぉなぁ・・?今から笑いが止まらねぇぜぇ・・!あっひゃっひゃっひゃっ・・・・――。」
気付くと俺はまた3年前と同じ林のところに倒れていた
違うのは破壊し尽くされた街
そして灰と化した我が家があった場所
家族の亡骸すら奴らは俺から奪っていった
俺はあいつらを許せない
家族を皆殺しにされたあの光景は未だに目の奥に焼き付いている
これが人間だった俺が
人間に憎悪を抱いたきっかけだ
そしてそれは
今も続いている
※※※※※※※※※
「なぁ‥知ってるか?」
酒場で一人の男が友人と話をしている
友人が何がだと問う
「あのオークだよ‥!ここ10年以上討伐報告がされてないだろ‥!あいつが今この辺りにいるらしいぜ‥!」
友人は驚く。10年も討伐されずに生き続けるネームドは早々いない。しかもそれが低級モンスターの代表格ともされるオークなのだ。
「魔物狩りをするときは昼だけにしろよ‥!奴に寝首を刈られるぞ‥!俺達が夜営をしている時を必ず狙う‥!」
友人は静かに唾を飲み込みその男に問う。
そいつの特徴はと
男は静かに答えた
隻腕のオークと