デストロイ小川
息抜き程度にお読み頂ければ。
彼の名前は小川 慶介。自他共に認めるデストロイ野郎だ。彼は私立ファンタスティコ学園に通う高校二年生でもあり、ご存じデストロイ小川とは彼のことだ。
校舎の窓、校庭の壁、担任の眼鏡のレンズ。デストロイ小川にデストロイできない物なし。これは学園における共通認識であり、彼自身もそれを信じて疑わなかった。
そう、つい一瞬前までは……。
「クッ!こんな、まさかッッ!」
小川は今、地に膝を着き、悔しさも露わにとある人物を見据えていた。視線の先に佇む人物、それは私立ファンタスティコ学園のアイドル的存在、前川 未来だった。
「ちょっとデストロイとかよく分からないので、お断りします」
彼女はごめんなさい、と丁寧に断りを入れると、そのまま去って行った。
「まさか、小川でも駄目だとは」
「流石、我が校のアイドル前川、その肩書は伊達ではないということか」
「これはあれだ、逆に小川がデストロイされたってことで、デストロイ前川の誕生か?」
「そうか、デストロイ前川だ!」
沸きに沸くギャラリー。始まるデストロイコール。小川は唇を噛み締めた。
デストロイ返しをされるどころか、称号まで奪われるとは、全くの想定外だったのだ。しかし、小川は突如クツクツと笑いだす。
「ふふ、まだだ、まだ終われんよ」
不敵な笑みを見せる小川。彼はゆらりと立ち上がると、去り行く小川に声を張った。
「俺はデストロイ小川、デストロイ小川だ!前川、今回は引いてやる!しかし、次こそは必ずデストロイだ!」
叫ぶ小川。デストロイとか全然意味が分からないが、とりあえず無視しようと決め歩みを止めない前川。
そう、これが小川と前川の戦いの始まりだった。
小川は、幼少の頃より厳しい祖父に心身共に鍛えられ、我が道を突き進むだけの心と体を手に入れた男。
そんな小川が前川をデストロイしようと、いや、前川に恋をしたのは高校二年の春。彼は桜散る校門で突如ゲリラライブを敢行した彼女の姿に一目惚れしたのだ。
前川は小川よりも一学年下の一年生。彼女は自分の容姿の愛らしさを知っているのだろう。そして、その愛らしさの使い方も完ぺきだった。入学当初より、その破天荒な行動と天使のようなルックスが話題を呼び、更には彼女の行動、言動全てが計算されつくしており、すでに一年生どころか全学年の男子過半数は彼女に興味を抱いていた。
まさにアイドル。そんな彼女に小川もまんまと惚れてしまったのだ。ああ、デストロイしたい、と思った。後に、彼は恋に落ちた瞬間の気持ちをそう表現していた。
敗北のその日。小川は自宅の道場に一人、胡坐をかいて座っていた。
「敗因はなんだ」
一人振り返る小川。敗因については基本的に全てである。
彼は正々堂々がモットーであり、衆人環視の中、前川に「お前をデストロイしたい!」と言ったのだ。これがまず告白であることに気付くのも難しい。正直、決闘を申し込まれたのかと疑うのが普通だろう。
しかし、それを指摘できる人間は誰もいなかった。
「慶介、帰ったか」
頭を悩ませる小川の背後に一人の老人の影。小川 晴信(64)、小川の祖父だった。
彼は音もなく突然小川――、分かりにくいので慶介の後ろに現れた。突然のことに驚く慶介。
「爺ちゃん!?」
「何じゃ、心に隙がある!喝ッッ!」
「爺ちゃああああん!」
竹刀による喝。慶介の肩を直撃し、乾いた音と慶介の声が修練上に響いた。
晴信は慶介の隣に腰を下ろすと、慶介を一瞥して気づかわしげに尋ねた。
「して、何があった」
「爺ちゃん……」
慶介は語った。己の恥を。敗北の話を。それを瞑目して傾聴する晴信。
やがて慶介の話が終わると、晴信は目を見開き呵々(カカ)と笑った。
「成程、慶介。貴様、恋を知ったか。ならばこの奥義、ついに貴様にも伝授する時がきたというわけだ」
そういうと晴信はゆっくりと立ち上がり、慶介に「立てぇい!」と檄を飛ばす。
慶介も何かを感じたのか、「爺ちゃん!」と立ち上がる。
間合いを取り、お互いに睨みあう構図が出来上がると、ふと表情をニヤリとさせる晴信。
「これは、鷲が婆さんをデストロイした我が極意よ。とくと受けよ、そして習得せよ!はぁぁぁぁッッ!」
全身に力を溜める晴信。その覇気は慶介にもビリビリと伝わり圧倒する。
実の祖父に恐怖心すら湧き上がる慶介だったが、それ以上にその奥義とやらへの興味が勝る。
「爺ちゃん!」
「ディェェェェェストロォォォォイ!」
その日、慶介は小川家に代々伝わる奥義、ラブミーデストロイを目の当たりにしたのだった。
私立ファンタスティコ学園は小川の敗北と、デストロイ前川の誕生に沸いていた。学園はこの話でもちきりだったと言ってもよい。
さらに、その事件が発生した翌日、小川は学園に姿を現さなかった。
哀れな小川と馬鹿にするもの。小川を心配するもの。小川の再起を信じるもの。前川をゴッデスと崇めるもの。理由はどうあれ、最後の者たち以外は小川の登場を心待ちにしていたのだが、小川はそれから数日、学園に姿を現さなかった。
しかし、しかしである。我らがデストロイ小川は決して逃げるような男ではない。賢い読者諸君が賢察の通り、小川はラブミーデストロイの習得のため、汗を流していたのだ。
そして、敗北の日から丁度一週間。大多数がもう小川は駄目なのかもしれない。そう思っていたとき、うやはり前川が唯一絶対の女神であると思い始めたそのとき、小川が現れた。
時は夕刻、下校時間でもあり、部活の始まる時間帯でもあるこのとき、前川は体育館で運動部の活動範囲ど真ん中でゲリラライブを敢行していた。前川ファンと運動部を巻き込んだライブはやがて暴動となり果てていた。
「皆、私のために喧嘩するのはやめて!」
前川がマイクをハウらせながらそう叫んだとき、体育館の扉が音を立てて開く。
静まり返る体育館に向かって、夕陽を背にした一人の男の影が橙色の夕陽から伸びていた。
「前川 未来。お前をデストロイしに来たぜ」
堂々たる登場。これに合わせ、気を利かせたドラムがダカダン!と音を立てた。次いでギターが空気を読んでギュィィィィン!とイカすサウンドを奏でる。
「小川だ!デストロイ小川だ!」
誰かが叫ぶ。
始まるデストロイコール。対照的に、ゴッデス前川親衛隊からは大量のブーイング。
「皆静かにして!」
前川がマイク越しに言うと、辺りは再び静まり返る。
彼女はゆっくりと簡易ステージを下りて、小川の方へと歩き出す。あまりの神聖さに、ゴッデス前川親衛隊はひれ伏した。
「あの、前も言いましたけど、デストロイとか意味分からないんですけど」
ゴッデス前川親衛隊も、そうだそうだと声を上げる。
しかし、小川は不敵な笑みを浮かべ、前川に対峙する。
「分からないなら、分からせてやるまでさ」
そう言うと、小川は一気に前川に駆け出す。常人にはまるで二人の距離が一瞬で無くなったように見えたことだろう。
悲鳴を上げる前川。あまりの出来事に声を上げることもできない親衛隊。何が起こるのだと固唾を呑むギャラリー。
「デェェェェェェェストロォォォォイ!」
小川が吠える。右手の流れが赤く閃く。バサリと音。握られていたのはバラの花束。バラが前川の眼前に咲いたのだ。一体どこに隠し持っていたのだろうか。目にもとまらぬ早業に、前川の視界は完全に塞がれた。
「終わりじゃないぜ!?」
左手で取り出したるは小さな箱。そこから流れるように取り出したのは何と指輪ッッッ!狙うは防衛本能により反射的に上がった左手。薬指ッッッ!まさに一瞬の攻防ッッッ!
「……デストロイ、完了だ」
「ハートブレイクッッッ!」
前川は膝から崩れ落ちた。
沸き起こる歓声と怒号、それと悲鳴。この日、小川はデストロイ小川の名を取り戻した。ナイスデストロイである。
この日以来、ゴッデス前川親衛隊襲われる日々が続いた小川だったが、これも勿論デストロイした。名実ともにデストロイの称号を取り戻した小川の武勇伝は、この後学園に長く語り継がれたのだった。
そよそよとそよぐ風。成長した小川は目を閉じていた。
「慶ちゃん、何考えてるの」
「……思い出していた」
尋ねたのは一人の女性。例えるならゴッデス。女神のような美しさを秘めた女性だ。
「何を?」
小川は笑った。
「お前をデストロイした時の、さ」
今や世界のデストロイ、グローバルなデストロイヤーへと成長した小川は、その名に似合わず柔らかに笑っていた。恋を知り、愛を知った小川に敵はないのだ。
「さて、行くか」
頭の中に鳴り響くデストロイコール。世界が彼を待っている。
-fin-
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