表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ニートだって私のヒーローだ

作者: まっきー

ドスドスドス!

上の階の住人の足音で目を覚ます。アラーム音で起きなかったことに一瞬焦ったが、すぐに今日は日曜日だということに気づく。社会人2年目の春。休日の朝。目を開けたまま天井を見つめる。


「やっと起きたか。」


声のする方を見る。見飽きたフツメンの顔がある。


「誰がフツメンだ。」


彼はときどき私の心を読む。しかしどうやら女心は読めないようだ。肝心なところでいつも鈍感だ。非常に残念だが、おかげさまで浮気の心配はこれまで一度もしたことがない。


「ご飯作ってくれたの?ありがとう。」


ベーコンエッグと白米と味噌汁。彼が朝ごはんを作るといつも和食になる。ちなみに私が作るとジャムトーストだ。といっても同棲を始めた初日以来、一度も作らせてもらっていないが。


「うん、おいしい。」

「どうも。」


私たちはあまりしゃべらない。今さらしゃべることもないし、お互いもともとおしゃべりな方ではないからだ。その代わり、よく心で対話している。




*******************


彼と出会ったのは就活時代、私が面接30連敗しているときのことだった。選考残機1だった当時の私は、この面接に落ちたら就活失敗、弱くてニューゲームが確定すると思っていた。実際には全部落ちてもいくらでも他の方法があるのだが、就活という特異な環境下にいた当時の私には、リクナビかマイナビからエントリーして選考を受ける方法以外に知らなかった。全部落ちたら終わりだと思っていた。


最後に残っていた会社は、有名外資系コンサルティング企業。30連敗の私が何を血迷ってエントリーしていたのかはわからないが、とりあえず書類通過の連絡を受けて面接に来た次第だ。といっても、残機1の私の顔は負のオーラに満ちていて、母親曰く、絶対落ちると思っていたそうだ。


会場について受付を済ますと、近くの椅子に座るように指示されたのでそこに座る。その後すぐに、同じように受付を済ませた男の子が来て、私の隣に座った。


なぜだかこちらをチラチラ見てくると思っていたら、彼の方から話しかけてきた。


「あの、顔すごいけど大丈夫?緊張してる?」


「へいっ!?」


動揺して変な声が出てしまった。


「いえ、大丈夫です。」


「そう?ならいいけど...楳図かずおの漫画みたいな顔してたよ。」


楳図かずおの漫画みたいな顔...?


「そ、そんな顔してないですよ!」


「そう?この世の終わりみたいな顔してたよ?」


「気のせいです!!」


「はは!そっかそっか!」


突然の楳図かずおですっかり緊張が解けた私は、とてもリラックスして面接を受けることができた。初めて、面接の選考も通過することができた。もともと書類の通過率は高かったので、実力不足というよりはただ緊張のしすぎで面接で力を出し切れていないだけだったのだ。


初の面接通過で勢いのついた私はその後の選考も無事に通過し、見事?有名外資系コンサルティング企業から内定をいただくことができた。




*******************


次に彼と会ったのは内定式だった。


「あれ?あのときの楳図かずおだ。」


「楳図かずおじゃない!!!」


「へへ、ごめんごめん。でも受かってたんだね!よかったよかった!これからよろしくね。」


相変わらずの軽いノリ。安心する。


「こちらこそよろしく。」


入社してからもちょくちょく飲みに行っていた私たちは、ゴールデンウィークにカピバラと触れ合うイベントに一緒に行ったのをきっかけに付き合うようになった。夏になると実家暮らしの彼の方から「一緒に住んだ方がお金が貯まるから」と言われ、一緒に暮らすようになった。




*******************


彼が会社を辞めたのは、クリスマスの夜だった。


炎上した案件を先輩から押し付けられ、上司からもクライアントからも人権を無視した言葉を浴びせられ続け、精神が崩壊する寸前のところで私が会社を辞めさせたのだ。後になって知ったのだが、その先輩は私に好意を寄せていて、嫉妬から始まった嫌がらせだったそうだ。


クリスマスに会社を辞めてから、彼は病院に行くとき以外一度も外へ出ていない。極度の人間恐怖症になってしまったのだ。でもここ最近は、同期がうちに遊びに来たら普通に話せるようになっているし、順調に回復しているように見える。もうすぐ一緒にどこか遊びに行けるようになるかもしれない。


「いまおれをどこかに連れて行こうとしたな?」


また心を読まれた。


「バレた?でも、そろそろ大丈夫そうじゃない?」


「うん、てか一ヶ月くらい前から外出してる。」


「え!うそ!なんで言ってくれないの!?」


「これ、見せたくてさ。」


内定通知書だった。


「おれ、もう大丈夫だから。また一から頑張るよ。」


彼は私に隠れてこっそり一人で戦っていたのだ。会社を辞めてすぐの頃は一緒に病院へ行くのも一苦労で、20mに一度は立ち止まって目をつぶって深呼吸しなければいけなかった。そんな彼が、一人で外出し、面接に行き、内定を取って来たのだ。


「うっ...おめでとう...」


「おいおい泣くなよ。無職の彼氏でずっと心配かけてごめんな!もう大丈夫だから!」


別に無職でもなんでも良かった。私の心は、面接前に力をくれたときからずっと、彼のものだ。しかしこの鈍感男はそんなことに気づく様子もなく、いつも申し訳なさそうに私を励まし、おいしいご飯を作ってくれる。


彼がダメなときは、私が頑張ればいい。

私がダメなときは、彼が励ましてくれる。


私たちはぎゅっと抱きしめ合ってお互いの気持ち確認してから、

4ヶ月ぶりのデートの準備をした。























評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ