斉藤という男
斉藤雄二は制球に難はあるものの、高校生では数少ない150km前後を投げる速球派投手だった。
球団スカウトから声を掛けてもらい、育成枠ではあるがプロ入りが有望視されていた。だが彼はプロではなく大学進学の道を希望した。
無事、推薦を得た彼は更に野球に打ち込む。しかしそんな時、彼の所属する野球部が不祥事を起こす。元より数名の問題児を抱えていた野球部、不祥事を起こした部員は共犯者に何の関わりも無い斉藤の名前を挙げた。
斉藤も抗議はしたが結局、推薦は取り消しになる。その後、部員の虚言が発覚し斉藤の無実は証明されたが、更なる不祥事が公に出る事を恐れた校長は問題の部員を退学、斉藤の推薦取り消しが覆される事はなかった。
自己保身するだけの校長や学校。庇う事すらしなかった両親や顧問、部活の仲間。何も出来なかった自分への怒り。斉藤の歯車はこの時には既に狂い始めていた。
「さ、斉藤君……」
「なんかずっとコソコソやってるみたいっスけどー?」
身の保身だけを図る者がこの災難を前に何の行動も起こさないはずがない。斉藤はずっとこの二人をマークしていた。そして思惑通り行動に移した。
開けっ放しの準備室のドア。室内には意識があるかは確認出来ないが女子生徒が二人横たわっている。
「ひょっとして犯っちゃった系っスかぁ? 教育者様なのにぃ?」
校長、教頭二人の額に汗が滲む。何より一番見られたくなかった相手だ。今更偽善者を気取っても仕方が無い、目の前の男を二人掛かりで口封じしようかとも思ったが、金属バットを片手に立つ男に勝てる見込みなどない。
「それとも……――そいつら餌に化け物捕まえようとか?」
額の汗が頬を伝わり顎に溜まる。この男が私達を恨んでいるのは間違いない、今の状況をネタに脅迫する気だろう。それならばいっそ都合の良い条件を提示して、秘密裏に……
「斉藤君、実はだね……」
「いいっスよ、別に隠さなくても。化け物捕まえて世間の目を逸らそうってとこでしょ?」
斉藤は校長の肩に手を回し、凄みを利かせチンピラの如く絡む。
「――お前らみたいなチンカスに捕まえれるほどチョロい訳ゃねぇだろ? 生存してるのが奇跡みてぇなカスの癖によ」
校長を突き飛ばすと、その真後ろに迫っていた羽虫の化け物をバットで殴り飛ばす。腰を抜かし廊下にへたり込んでいる校長に木っ端微塵になった羽虫の残骸が降り注ぐ。
「この俺が手伝ってやるよ。閉じ込めるにしてもこんなショボい部屋じゃなくて、もっとあんだろーが、頑丈な場所が」
『つまり現時点では領域同士の融合が完成していない為、この領域に存在するには私のようにこの領域の触媒が必要となる訳です』
「なるほど、よくわかりました!」
「早く何とかしてよ! アンタらの作ったもんでしょ、このポンコツどもめ!!」
のんびりと食後の紅茶を嗜むナベリウス、ビブロスの両者と食堂の隅で必死に抵抗する秋田、古志、吉良の三名。食堂内には三匹の魔物が今にも襲いかかろうと身構えている。
グズグズに溶けかけている身体に玉ねぎを半月に切ったような触手を生やす甘い香りを放つ魔物。
魚に似た鱗を持つ、身体からはみ出した臓物が蠢く蛇のような魔物。
ギトギトした油の照りをする牛にも見える異臭を放つ魔物。
「フハハハハッ! 恐れ慄け便所コオロギ共、これこそが料理の真髄よ!!」
白井と佐々の二人は何故か魔物共を従えたかのように後ろでふんぞり返っている。この馬鹿二人にとっての料理の定義とは如何なものなのか、そろそろ三人のストレスもMAXに達しようとしていた。
「あーわかった、わかった。じゃあこいつらアタシらで何とかすっからもう話しかけんなよ。ゼッコーだかんな」
「ちょっ、おま、ゼッコーとかやりすぎじゃね? 俺ウサ男よ? ウサギ系男子よ? 寂しかったら死んじゃうんだぜ?」
じゃあ早く始末しろカスと怒鳴る秋田に御意とだけ答える白井。三匹の魔物は瞬きする程度の時間で見るも無残な姿へと変わり果てた。佐々も三人の手により無残な姿に成り果てた。
「……ねえナベさん。何でこのバカこんなに強いの? 普通じゃなくね?」
『……さあな』
ナベリウスは答える気もなく簡単に言葉を濁す程度に留めた。
「おい、ちょっと暇潰しに体育館の様子見に行かねえ?」
「お、いいねー。体育館の照明消して「魔物が出たぞー」つってみんなパニクらせようず!!」
暇を持て余す白井の提案によもや生徒会長とは思えない発言をする佐々。思い立ったら即行動の馬鹿二人は勢いよく食堂を飛び出して行った。
「……とりあえず武器になる物探してからアタシらも追いかけよっか」
包丁などは自分も傷つける恐れがある為、各々がフライパンやらモップやらを手にする。そんな中、古志がボソッと呟いた。
「さっき、お仕置きのつもりで魔素を纏った手で叩いたんだけどなぁ……」
「古志さんもですか? 私も使い方を覚える為に魔素を纏ってたんですが」
「アタシ全力で殴ったよ?」
白井ならまだしも、何故あの佐々《バカ》はピンピンしてるんだろう……?
縦横無尽に魔物を蹴散らしながら校舎を進む白井。後を付いて行く佐々の視界に開けっ放しのドアが入る。
「メーデーメーデー! 白井隊長、要救助者発見!!」
「了解! 直ちに捕獲活動に移る!!」
壁に身を隠し、開けっ放しのドアから中の様子を窺う。
狭く薄暗い化学準備室の中には二人の女子生徒が横たわっている。
「佐々隊員、これをどう思う?」
「所謂、孔明かと……」
なるほど。女子と思い下心満載で助けに行けば実は男の娘でした、などとオチをつける。思春期の男子を手玉に取るとは流石孔明汚い。
「では僭越ながらこの私めが女子かどうかチェックしてきます!!」
「うむ、武運を祈る!」
「はよ助けてこいバカ共」
いつのまにか後ろで仁王立ちしていた秋田にモップの長さを有効に活かした渾身のケツモップを二人同時に頂戴する。流石に防御力の低い箇所への渾身の一撃は二人に有効打を与えたようだ。そんな二人をナベリウスとビブロスは呆れたように冷めた目で見下す。
尻を押さえドアの前で蹲る二人を足で雑に除け、横たわる女子生徒に駆けつける三人。
「死んで……はいないみたいですね。二人とも脈は正常だと思います」
「恐らく気を失ってるんじゃないでしょうか」
「一応、保健のリカっちに診てもらったほうがいいね」
どういう状況で気を失ったのかわからないので軽々しく動かすのも拙いが、ここに放置するほうがもっとありえない。馬鹿二人におぶらせようと思ったが碌な事をしないだろう。
白井、佐々の二人には周りを警戒させて女子三人で取り敢えず体育館まで運ぶ事にした。




