戦う者
白井がナベリウスの助言を受けて魔物を倒したように、他の場所でも魔物を倒した者が数名いた。
空手部所属【芦原英吉】彼は校内が混乱に陥る中、誰の助言を受けるでもなく自分の身体の変化に気付いていた。
「オラ、吹き飛べカス!!」
芦原の繰り出す前蹴りが鋭い爪を持つ猿のような化け物の腹部にめり込む。足の跡をくっきり残した化け物はそれでも芦原に飛び掛ろうと前に出るが、右側頭部に中段蹴りを受け、おかしな方向に首を折り曲げ倒れる。
「おい、そっちも終わったか?」
振り返ると人の頭ほどの大きさの虫が数匹踏み潰されている。周りの空手部部員がやったのだろう。
彼は長い間、格闘技に時間を費やしてきた。毎日繰り返される稽古と集中力を高める精神訓練。その不断の努力の成果もあり自身の微妙な変化にいち早く気付く。
騒動が起きてから感じ始めた体内を蠢く力、彼はこの力を【氣】と呼ぶ事にした。
皆が皆、氣を巧く使いこなせる訳ではない。周りの部員を見回しながら思う。ある者はすぐさま自分の身体能力の強化に成功したが、ある者は未だに出来ていない。人によってかなりの差があるようだ。
「なぁ、何かこいつら増えてってねえか?」
「確かに増えてんな。それにちょいちょい強いのも混ざってる」
部員の中にも化け物の姿を認識出来ない者はいた。しかしそれは時間が解決する。時間が経てば、まったく見えなかったものが最初はぼんやりと、今でははっきりと目視する事が出来るようになった。その代わりに化け物の数も増えていったが……
「そろそろ俺達も体育館に向かうか?」
「いや、俺は行かねえ。まだ逃げ遅れてる奴、ビビッて隠れてる奴もいるだろ。それに外見てみろって」
窓の外は相も変わらず真っ暗な景色。何も見えないと言うより何もないと言ったほうが分かりやすい。
「いつまでこんな状態が続くか分かんねえし、こいつらも減らせる内に減らしといたほうがいいだろ」
足元に転がる猿のような化け物を蹴飛ばす。先ほどまで獰猛に襲い掛かってきたのが嘘のように化け物は身動きひとつ取らない。
「それにこいつらも増えてるとは言っても、こっちだって戦える奴等は増えてんだ。ほら、噂をすれば何とやらだ」
廊下の向かいから歩いてくる学校指定のブレザーに片手でボールを遊ばせる男。元野球部所属【斉藤雄二】彼もまた芦原同様に戦う手段に目覚めた一人だ。
彼は廊下の真ん中で足を止めると投球フォームに入る。
「芦原ァ、ジッとしてろよォ!」
斉藤の投げたボールは空手部の集団の隙間を真っ直ぐに抜け、何処からともなく現れた羽虫の化け物に直撃する。
斉藤は氣を纏う事による身体強化だけではなく、ボールやバット等にも氣を込める事が出来る事に気付く。初めの内はバットで殴っても傷ひとつ付けられなかった化け物達が今では一球で体液を撒き散らし砕け散る。
「あんな動き回るもんによく当てれんな」
「身体だけじゃなくてコントロールも相当アガってるみたいだわ。今まで苦労してた制球難は何だったのよ、って感じだな」
芦原はたいしたもんだと心底感心するが、斉藤からすれば平気な顔して素手で殴り殺してるお前らのほうが凄えよという話だ。
「そっちはどうだった?」
芦原は本来尋ねるべき事を斉藤に尋ねる。
「あー、弓道部と剣道部の何人かが出来たわ。あとは、まぁ……あいつらが勝手に教えんだろ。お前の方はどうだったんだ?」
「柔道部に数名程度だな。顧問にも話しに行ったが、危険な事はするなだそうだ」
「はぁ、あほくさ。呑気なもんだぜ、何人殺されてると思ってんだ」
実際、この学校に異変が起きてそんなに時間は経っていない。たったそれだけの間に教師も含め何人もの死者が出ている。教師の言うとおりに避難していれば助かるのか? そんな訳ない、窓の外を見れば外部からの助けが絶望的なんてのは馬鹿でも分かる。
考え事をしている最中にも何処からか沸き出てくる化け物共。空手部が蹴り飛ばし、殴り倒す。この化け物共を見て、ここは日本だと言い切れるか? それをどいつもこいつも座して死を待つように「危険な真似をするな」「避難していれば大丈夫だ」等と抗う事すらしない。
俺達だって好きでこんな事している訳じゃない、単純に死にたくないから戦っているだけだ。そう割り切っている俺や芦原はまだマシな方だ。
さっき氣の使い方を教えた弓道部の女共。まず間違いなく化け物を殺す事なんて出来ないだろう。虫みたいな奴等ならギリなんとかなるかも知れないが、相手が人型や動物に近い容姿だったらどうなる? まあ、普通の感性なら出来ないな。
……いっそ戦う気がある奴だけで固まるか。何にもしやしない奴やクソ共は勝手に死ねって事で。そもそも助けてやる義理もねえしな。
生き残る手段を考える斉藤。そんな彼の耳に安い内容のない会話が入る。
「それでさぁー、俺そいつに言ってやったんだ。「事故る奴は……不運と踊っちまったんだよ……」ってな」
「なかなか特攻んでんねー。ぜんっぜん意味分かんないけどねー」
「私も何の漫画か全然知らないですねー」
非日常の中を日常と変わらぬ様子で歩く三人。それに犬? 何で犬がこんなところにいるんだ? 進む方向も明らかに体育館ではない。
「お前ら、体育館はそっちじゃないぞ!」
芦原が声を掛けるが、
「ああ、いいんだ。食堂に向かってるから」
「はぁ? やってる訳ないだろうが」
「んー、そういやそうだな。誰もいなかったら俺が作るか……」
そんな呑気な事を言いながら廊下を進む三人と一匹。芦原はあまりの場違い感に黙って見送るしか出来なかった。
「いや、おかしいだろ……」
「もういいじゃねえか、死にたい奴はほっとけ」
斉藤に肩を叩かれ、そう言われる。そうは言われてもとも思ったが、まだ校内に避難が遅れている生徒がいる。そちらが優先かと考え直し、追う事をやめた。
白井一行の目的地である食堂。そこでも危機に瀕する者がいる。
「さて、どうしよっか?」
「どうしよっか、じゃないわよバ会長! アンタが「化け物パネェ! ちょっと見てくるず」とか言うからこんなことになってんでしょうがっ!!」
「だって見たかったんだもん!! 山があれば登るだろ? 海があれば泳ぐじゃないか。じゃあ化け物がいれば見に行くのは至極当然、自然の摂理じゃないか!!」
「クソッ! ほどけっ、ほどけろっ!! 片手だけでも自由になれっ、殺される前にこのバカだけは喋れなくしてやる!!」
食堂のテーブルの上に拘束され寝転ばされている二人の男女。端正な顔立ちだが軽薄な笑みが剥がれない、この学校の生徒会長【佐々錦】とショートカットに眼鏡が知的な印象をイメージさせる副会長【吉良美久那】だ。手足が自由であれば殴り殺すほどの剣幕で佐々を怒鳴りつけている。
何故このような危機感のない人間が生徒会長を務めているかと言えば、ただの悪ノリだ。周りが冗談で推薦し、全校生徒もふざけて投票しただけだった。流石にすぐさま職員会議の議題に上がり、教師の推薦で校内一の成績優秀者である吉良が内申書を餌に副会長に任命されたが。
そして彼は生徒会として生徒の避難に尽力すべきという吉良の忠告を無視して、あっさりとこの状況を作り上げた。
『ほうほう、なかなか活きのいい食材ですな』
なぜなら遭遇したのが魔物ではなくナベリウスと同属の悪魔だったからだ。




