ヒーローは遅れて現れる
「ヒーローは遅れて現れるッッッ!!」
過剰とも言えるほどの力で教室の扉を開ける。何故それほどまでに力強く開けたのかと問われれば、理由などない。それが漢というものだろ?
「それがメキシコ式……って誰もいねーし」
教室は人っ子一人いない無人だった。トイレの前でクラスメートを見かけた時、何かに怯える様子だったのでやはり皆逃げたんだろう。
「ねえちょっと、教室なんか臭いから換気しようと思ったんだけど、窓全然開かないよ? どーなってんのこれ」
「マジだ、鍵かかってねーのにな」
鍵はかかってないのに窓は1mmたりとも動く気配を見せない。ガラスを壊して回って盗んだバイクで走り出そうとも思ったが歌が違うのでやめておこう。教室で秋田とギャースカ騒いでいると隅にある掃除用具入れのロッカーからカタンと物音がした。
会話をやめる二人と一匹、静まり返る教室。もしや今話題急騰中の化け物とやらが潜んでいるのか?
「悪い子はいねがー泣ぐコはいねがー」
ナマハゲが降臨したかの如くユラユラと体を左右に揺らしロッカーに近づく。異変に気付いたかどうかは分からないがガタッともう一度音がしたきり鳴りを潜めた。
逸る気持ちを抑えロッカーに近づき扉に手を掛ける白井と、その白井を盾にいつでも逃げ出せるポジションをキープしている抜け目のない秋田。ナベさんは座って後頭部を掻いている。
「ここに貴様が潜んでいる事はお見通しだ。五つ数える内に出てこなかったら取り敢えず便所の水ぶっかける」
死刑執行のカウントダウンに反応するかのようにガタタッとロッカーの中で動揺する音がする。やはりこの中に何者かがいるのは確定した。
「ごー、よーん、さーん……」
「出ますっ! 出ます――ッ!! あれっ!? 開かない! 何で!? 何で開かないの――ッ!!」
それもそのはず、開けると見せかけて白井は扉を上から押さえつけている。「開かない! 開かない!!」とガタガタと扉を揺らしながらロッカー内より悲痛な叫びが聞こえる。だが、どうやら力は白井の方が上らしく、ロッカーの扉はビクともしない。
「しょうもない事すんなクソ虫」
秋田に蹴飛ばされた白井はロッカーに強かに頭を打ちつける。白井を蹴散らしたところでロッカーの扉が開くようになり、涙と鼻水で顔をグシャグシャに汚した女子生徒が姿を現す。
「あれ? アンタ……」
「あ、秋田さん、御無事だったんですね!!」
見覚えのある女子生徒。白井、秋田と同じクラスメート【古志光】容姿はこれといって特徴のない顔立ちと体型。着飾る事もそれほどなく、成績は中の中。まさに地味の体現者だ。ちなみに白井、秋田の成績は共に下の下。この空間に平均より賢い人間は存在しない事になる。
彼女は化け物からかトイレの水からかは分からないが助かった事に安堵し秋田に抱きつく。涙と鼻水まみれの古志に抱きつかれた秋田は若干嫌そうに顔をしかめながらも受け入れる。それを見ていた白井も女同士の歪な友情に顔をほころばせる。
「まあアレだ、スマンかった。中に化け物がいない事は分かってたんだが、ロッカーから滲み出る“苛めてオーラ”がどうにも俺を興奮させたようだ。許してやってくれ」
他人事のように謝罪を済ませると古志に何が起きているのかを尋ねる。化け物、化け物と皆が騒いでいるが実際見てないので何とも実感が湧かない。ナベさんに視線を移すが、彼は単に喋る犬であり問題ではない。
古志に尋ねてはみたものの、思い出すのも言葉にするのも嫌なのか色を失った顔で教卓を指す。机の影になっていて気付かなかったが誰か倒れているようだ。
「おいおい、マジか……」
「ヤバイ、アタシちょっと吐きそうなんだけど……」
首がなく血溜まりに沈む女子生徒の死体。教卓の向こうには明らかに首が稼動域を超えて捻じれているコバセン。教室に充満する異臭はこの二人から発せられているんだろう。
今まで幾度となく某掲示板に騙され続けてきた白井は持ち前のグロ耐性で乗り越える事が出来たが、女子二人は顔色も悪く吐きそうになっている。
「や、山田……何があったんだ……前々からジオングに似てていい感じだなーって思ってたのに、まさか命懸けてまで一年戦争を再現するとは……」
「その人、鈴木さんです……あと、女の子にジオングは褒め言葉じゃありません、絶対に」
「かかったな凡愚め! 普通の女子高生はジオングなんて知らない、絶対にだ!!」
「何の話してんのコイツら?」という表情の秋田とは対称に「ぐぬぬ、嵌められた!」という表情の古志。
「そう、今貴様は自ら普通よりも漫画やアニメに詳しい女子高生というのを露呈したのだ。これらの事柄により貴様には隠れオタクの容疑がかけられた」
「マジで何の話してんだバカ共」
白井の崇高な策によりある程度の落ち着きを取り戻した二人。顔色も先ほどに比べると幾分赤みを取り戻したようにも見える。そこで改めて詳しくこの惨状の話を聞く事にした。
コバセンに引っ付いてきた奇妙な生物の事。惨たらしく殺された二人の事。それと気になった事――
「見えてない奴等もいた?」
「はい。直接話を聞いた訳じゃないんですが、みんながあの猿の化け物が見えていた訳じゃなく、突然二人が死んだ事に怯えて逃げた人も少なからずいるみたいでした」
『それについては私が説明してやろう。大よその見当はつく』
キリッとした表情のナベさんが会話に加わる。そういえばずっとスルーしていたがナベさんって何者なんだろう?
「えっ? 今、このワンちゃん喋りませんでした?」
「別にナベさんだから喋ってもいいだろ」
「九官鳥だって喋るじゃん。ワンコが喋ってもよくね?」
二人の適応力が凄まじいのか馬鹿だから気付かないのか。周りが化け物が出たと騒いでいる時に言葉を話す犬がいたら、そいつも仲間だと思えないものかな。しかしそういう常識的な考えは頭の隅に追いやる事にした。何故なら言うだけ時間の無駄だからだ。
「そ、そうですね。まあ危険じゃなければいいです」
『その前に、この体は非常に代謝が悪い。そこの大馬鹿者、私に食物を捧げるがよい』
「食いモンったって今、チョコレートと玉ねぎしか持ってないぞ」
自分の席に置いてある鞄から板チョコと生の玉ねぎを取り出してナベさんの前に並べる。何故昼飯の代わりにこんな物持ってきたか不思議なものだ。多少寝ぼけてたにしてもコレはないと自分でも思う。
「つか、よくそんなピンポイントで犬に食べさせちゃダメな物持ってんね」
「それ以前に生の玉ねぎって、学校に何しに来てるんです?」
『つくづく話の進まん奴等だ』
「じゃあ食堂行こうぜ。ちょうど俺も腹減ってきたし、ナベさんには俺が何か奢ってやるよ」
「食堂に誰かいるとも思えないんですが……」
そもそもよくこの状況下で食欲が湧くものだ。ナベさんは犬? だからまだしも、あんな凄惨な状態の遺体を見ても初めからなんともない白井君と先ほどまでは顔色が悪かったのに今ではケロッとしてる秋田さん。
自分が変なのか? そんな古志の考えを遮るように教室のスピーカーから校内放送が流れた。




