旅立ち
「痛ェ、痛えぞコラ! もうちっと揺らさないで親切丁寧を心掛けて歩けよ白井!!」
「無茶言うな! アンタがデカすぎんだよ!!」
取り敢えず支障がない程度に復活した白井に肩を借りる芦原。
体育館内での一悶着も終わり、皆が避難しているであろう場所へ向かう事にした。
まずは芦原の治療が第一。打撲の白井とは違って、芦原は恐らく複数の箇所を骨折している。きちんとした治療は無理だろうが、夢日がいれば応急処置はしてくれるだろう。
第二に体育館内の気絶している負傷者達。申し訳ないが無事な遺体は後回しにさせてもらう。正直どう処理していいのか分からない。
負傷者だが、なんせ人数が多いだけではなく全員が空手部員。その重量級かつ気を失っている人間を運ぶには骨が折れる。かと言って放置しておくのも目覚めが悪い。
一般生徒の負傷者が見当たらない事から空手部って嫌われてんのか? とも思ったが、単純に重かったんだろうな。
そこで白井、秋田、芦原の三人は考える。どうすれば自分達の手を煩わせる事なくスマートに事を運べるか相談する。そして各々が提案を持ち寄った。
芦原の案
「目覚めるまでぶん殴る。なあに腐っても空手部だ、それぐらいで死にゃしねえ」
「パイセン、バカだろ?」
「止め刺してどーすんのよ」
秋田の案
「全員ロープで縛って変身したナベさんに引っ張ってってもらう」
「物か」
『私は嫌だぞ。無意味な騒動を起こす未来しか見えん』
白井の案
「鼻と口塞いだらビックリして起きんじゃね?」
『貴様、其奴等に恨みでもあるのか?』
「テメェの方が殺しにかかってんじゃねえか!!」
揃いも揃ってナベリウスが呆れるほどの提案しか出ない三人。本当に頭を使って導き出した答えかどうかも疑わしいほどだ。
『貴様等には一人ずつ運んでやろういう気はないのか?』
「やだよ、めんどくせぇ」
「重いからイヤ」
「ヘナチョコのこいつらが悪い」
ハァ、と呆れと諦めの混ざった溜息をつくナベリウス。このメンバーにおける吉良と呼ばれる女が如何に重要なのかに気付いた。
結局はナベリウスの提案で体育倉庫に負傷者を隔離する事で落ち着く。
しかし、このままでは魔物に襲われる危険があるという事で、何故か館内に散乱していた植物型魔物の毒花を広く散布しておく。これで魔物に襲われる可能性は限りなく減ったはずだ。
早速、負傷者を運ぶ作業に取り掛かる三人だが……
アシハラ、腕と腹が痛いのは分かるが、よくもそこまで堂々と同胞を足蹴に出来るものだな。
シライ、腕が問題なく動くはずの貴様が何故蹴り運ぶ? 心は痛まないか?
アキタ、せめて手伝う素振り位は見せてくれ。
ナベリウスは再び溜息をつくと元の姿に戻り、黙って手伝う。構えば構うほど話が進まなくなる、それがこの数時間で学んだ成果だった。
「何か、おかしくない?」
校舎内を移動する一行だが、秋田が何かしらの違和感を訴える。
「何がだよ。お前に生理がこないのは俺達の知った事じゃないぞ?」
「産廃は黙ってろ。何て言うかさー、静かすぎじゃない?」
「確かに。話し声どころか物音ひとつ聞こえねえな……」
体育館には二百人近い生徒が居たはずだ。動けない負傷者を除く、そのほとんどが校舎内に移動している。その大人数で物音ひとつ立てないというのは少々無理がある。
しかし実際は校舎内は誰一人いないような無音。自分達の話し声や足音だけがやけに耳に響く。
「今度は神隠しかよ……よくもまあ次から次へとトラブルが起こるもんだぜ」
「バ会長が一緒だろうから大丈夫じゃね?」
「アンタのそのバ会長に対する絶大な信頼って何なの?」
結局、校内を隈なく探したが誰一人と出会う事はなかった。
「あった、あった! パイセン、これ読んだら何とかなると思うよー」
「何それ?」
「応急処置のハウツー本」
保健室を覗いたが、やはり夢日の姿はなく無人だった。かと言って芦原をそのままにする訳にもいかない。
しかし、そこは保健室の常連秋田。確かこんな本があったと記憶していた。それが今しがた見つけた応急処置のやり方を説明した本だ。
「なになに? 添え木を当てて――「当ててんのよっ!!」黙ってろカス。患部が動かないように包帯、テーピング等で固定する。白井ー、何か添え木になる物持ってきてー」
「んじゃ、コレで」
「サンキュー。あー駄目だコレ。パイセンの腕が太いのか、割り箸が細すぎるのか。チョーウケる、取り敢えずこの割り箸は白井の鼻の穴に突っ込むね」
以前、扉の前で魔物と遭遇した時よりも素早く飛び退く白井。危険だ、あのクソビッチはマジでやる奴だ。彼の野生の勘がそう警鐘を鳴らす。
「真面目にやれ。な? それぐらい出来るでしょ?」との言葉に「御意」とだけ返すと再び保健室を物色する。
硬くて、太くて、長かったら何でもいいんだろ? クソビッチが!! と悪態をつきながら添え木になる物を見つけ、手を伸ばす。
「おい、そこの観葉植物持ってきたら、その植木鉢でお前の頭カチ割るからな?」
「お前、俺を何だと思ってんだ。流石にコレはねーだろ」
エスパーかよ……と呟きながら額の汗を拭う。結局、夢日先生の私物であろう置き傘を勝手に拝借した。その代わりに割り箸の包装紙に千円と書いて置いておく。奴程度ならこれぐらいで充分だろ。
「芦原、ここにいたか」
「お、起きたか。体調はどうだ?」
「大丈夫だ、問題ない」
アレコレ騒いでる内にいつの間にかそれなりの時間が過ぎていた。芦原の処置が終わる頃に体育倉庫に隔離していた空手部の数名が保健室に顔を出す。
「お前等以外誰もいないみたいなんだが、みんな何処行ったんだ?」
「俺達にも分かんねえんだわ」
『まあ、そう案じる事もない、奴等にはビブロスを付けている。その辺の魔物程度に後れを取るような奴ではない』
「え? その犬、今喋って……?」
またこのパターンかよ、めんどくせえな。とブツブツ言いながら事のあらましを説明する白井達。空手部の皆は分かったような顔してるが、アレだ、絶対理解してない。だって説明してる俺達が理解してないんだもん。
「と、まあ世の中にはまだ不思議な事がいっぱいあるって訳だ。分かったな?」
「駄目だ、いろいろ頭使いすぎた……ちょっと寝るわ……」
まあパイセンの周りの奴等だし、こんなもんだろ。
「ねえ、まだー?」
『奴等は何をもたついているのだ?』
「見ろ、白井! 演劇部の部室に革ジャンと革のパンツがあったぜ。どうだ、世紀末チックだろ?」
「自分、モヒカンと肩パットいいっスか?」
「おう! 着けとけ、着けとけ」
あれから暫く経ったが校舎に戻ってくる者は誰一人いなかった。ならばこちらからみんなを探しに行こうと。まあ正直なとこ、ここにいても退屈だし、魔界を見て回りたいってのもある。
そんなに大所帯になる訳でもないが、空手部も含めた人数ではそれなりに行動が制限される。それに校内に負傷者を残す事にも、万が一みんなが帰ってきた時に入れ違いにもなる。
少数精鋭ってほどでもないが、最低限魔物相手に無理なく戦える者だけで探索する事にした。
「アンタら、私服ぐらい持ってきてないの?」
「持ってきてる訳ねえだろ……しゃーない、ジャージで我慢しとくか」
「自分、釘バットいいっスか?」
「おう! 持ってけ、持ってけ」
俺とナベさんは初めから確定。理由? 暇だからだ。
秋田に至っては、曰く「アンタ達と一緒の方が間違いなく安全」だそうだ。
パイセンはこの身体じゃ足手まといになるだけだと学校に残る事にしていたが、ナベさんが治療する気があるなら連れて来いって。何か当てでもあるんだろうか?
「そーいや、多目的ホールにこんなもん落ちてたぞ」
「何それ、防災グッズ?」
「今の俺達にはかなり助かる代物だな」
『な!?――……まあいい』
とにかく、待つのは飽きた。不安がないと言えば嘘になるが、それ以上に興味が勝る。
こうして白井、秋田、芦原、ナベリウスの四人は校舎を後にする。
まずは魔界の探索と治療する手段の確保、それから気が向けば佐々達の回収という計画の下に――




