白井VS斉藤
一通り生徒の校舎への誘導は済ませた。潜む魔物への対処は校内に残っており無事だった空手部員に頼み、安全な場所の確保と避難を他の生徒会のメンバーに引き継ぐ。
憶測の域を出ないが校外に出られるという事はクリフォト、私達が魔界と呼ぶ世界と融合が成ったという認識でいいのだろうか。
そうであれば魔物の出現頻度が下がってくれるはず、いやそう願いたい。所構わず物質が魔物に成り代わるのも困るが、何より生徒や先生達の遺体が変わり果ててしまうのを黙って見ている事しか出来ないのはもう耐えられない。
恐らく自分一人だったならあっさりと死ぬ事を選んだだろう。確実に訪れる死や絶望に抗い生き続けるよりもそんなものを目の当たりにしたくない、そう考えるだろう。けど、それは違った。
口には絶対出さないが白井君と佐々会長には感謝している。日常から変わり過ぎた状況でも何一つ変わらない二人。言ってる事やってる事は最悪だし迷惑この上ないが、それに私やみんながどれほど救われているか。
しかしそんな言葉ちょっとでも口にしようものなら、ドヤ顔でふんぞり返る馬鹿二匹は想像に容易い。
……ムカついてきた。何をされた訳でもないが想像の中でも人を腹立たせる、これも才能だろうか?
ふと足に触れる何かに気付く。太い蔓のようなもの……ああ、さっき馬鹿二匹が乗ってきたアレか……
この葉は刃のように鋭い、上手く加工すれば武器になるかも。それにこの蔓はロープの代わりに使えるかも知れない。
吉良は冷ややかな目で絶命したパンジーを見下ろす。もはや彼女の目には物資としてしか映っていない。
食堂でのナベリウスの説明からすれば、元の世界に戻るのはそう簡単に事が進む話でもない。ならば暫くはこの魔界で生き延びていくしか道はない。それには食料や武器になるものが必要だ、それも校内にいる二百名近い生徒に行き渡るほど大量に。
他にも電気や水道の問題もある。両方とも元の世界から隔離された時点で止まっていると考えた方がいいだろう。今、校内の電灯が点いているのは予備電源に切り替わっているお陰だ。私達を含めた避難が全部済み次第止めなければ。水は貯水槽に溜まっているのが全てだとして……
……予備電源?
「夢日先生、この学校は災害時の避難場所に指定されていましたよね? 防災用の備蓄とかはないんですか?」
「あっ、それ! あるわ!! 防災グッズ!! あのリュックに入ったヤツが二百個ぐらい」
「……聞いておきながら何ですが、何故避難場所に指定されているだけの一学校にそれほどの備えがあるんです?」
「私も詳しくは知らないけど直接寄付があったらしいわよ? 近隣の方の御好意じゃないかしら」
偶然か、それともこんな状況に陥るのを事前に知っていた者がいたのか。だがそれは今考えるべき事ではないし、答えが出る訳でもない。
それに物資はあるに越した事はない、これで少しでも皆が生き長らえる事ができるんだから。
「先生、全校生徒を一区画に集めましょう。現在の状況とこれからの事を生徒会から説明します。会長行きま――」
「これヤベェ! バイブスアガりまくりじゃん!!」
『ワン(この花は毒花だから身に付けていれば魔物は寄って来なくなる。身に付けた本人も猛毒に侵されるが)』
やけに静かだと思えば、後ろでは全身隈なく気持ちの悪い花を身に付けた佐々が立っていた。近くにいるだけで非常に気分が悪くなってくる。どういう思考をしていれば、こんな気味の悪い花を身に纏おうと思えるんだろうか。
それにさっきから気にはなっていたが、いつの間に魔物と仲良くなったのだ。意思疎通が出来てるような気がしないでもないし……
言葉を発する事なく仁王立ちする吉良の無言の圧力に負け、佐々はしぶしぶ花を脱ぎ捨てた。「何がそんなに不満か、口に出してみろ」と言ったらズボンを脱ぎだしたのでコボルト共々一回引っ叩いておく。
「この場は白井君にお任せして、あなたには生徒会長として仕事してもらいますよ、このド底辺の変態会長」
「相変わらず佐々君には辛辣ね、吉良さん……」
前言撤回、四六時中こんな馬鹿と行動を共にする私の身にもなってもらいたいものだ。
『――ビブロス、お前は奴に付いていろ。私はここでアレと共に行動する』
『ではお二人の内どちらかが我等が主の仰る器という事ですか?』
『まだ分からん。あくまで最有力候補という可能性の内だがな』
体育館内での成り行きを静かに傍観していた二人の悪魔、しかしその顔色は優れない。他に懸念すべき事案がある事を想定させる。
『くれぐれも油断するなよ、間違いなく校内の何処かに潜んでいるはずだ。目的が分からん内は注意を怠るなよ』
『ええ、勿論。危うく大きな過ちを犯すところでしたからね。ではあなたもお気をつけて――』
外に見える景色は紛れもなく物質主義のもの。であれば、クリファ同士の融合が成ったという事だ。後はクリフォトの魔素を浴び続ける事で覚醒を待つしかない。
解せぬのは校内に存在する我等以外のもう一人の悪魔。何が目的か、もしくは我が主と同じか……
「このバケモンがっ! テメェ何でまだ立ってんだよっ!!」
「ふふん、それはな貴様が当ててる俺は真の俺ではなく神速の俺が作り出す俺という姿をした残像の俺だからだ!!」
「オレオレうるせぇッッッ!! 脳ミソぶち撒けろクソカス!!!」
またアレだ!! 斉藤の指先に浮かび上がる黒い球。それを投手のフォームのように投げてくる。次こそは……!!
白井は目に魔素を込めるように集中する、それも二重が奥二重になるほどに。
集中する事で動体視力は数段跳ね上がり神経は研ぎ澄まされる。見える、俺にはボールの軌道が、そしてその縫い目までもが!!
「見切ったナリ!! 次はフォークナリっ!!」
右に身をかわす白井を追跡するように黒い球は弧を描き、白井の脇腹にめり込む。
「……この状況でフォーク投げる奴は流石にいねえだろうよ」
「……い、痛くねーし……こ、これ残像だし」
ヤベェ、全然見えねえ。それにめちゃくちゃ痛ぇし。このままじゃ一方的にやられるだけ、俺が外野なら絶対サンドバック君とあだ名をつけるとこだ。盾がない今、この局面を如何に打破するか……?
そうだ! 困った時の芦えもん!! あのテクニカルなパイセンに窮地を切り抜けるテクを乞うべきだ。なあに俺とパイセンの仲だ、これぐらいアイコンタクトでどうとでもなる!
――チラッ
「?」
――チラッチラッ
「??? 何だあいつ、さっきからこっちチラ見して。何がしてえんだ?」
「あー、多分パイセンにアイコンタクトでも送ってんじゃないかな? 何か伝えたい事があるんじゃない?」
「おっ、そういうの嫌いじゃないぜ? よし、任せろ白井、お前が伝えたい事を俺が汲み取ってやる」
自分の股間を指差し、次に目を擦る。その後、両手の手の平を水平に上げヤレヤレとでも言いたげな外国人テイストなポーズをとる白井。
球が見えない、どうしたらいい?
……非の打ち所すらないほどに完璧だ。さあパイセン、この俺に一発逆転の秘策を授けるがよい!!
「なになに、タマが、痒い? おまけに左右の大きさも違う? それ性病じゃねえか? 病院行けよ」
「マジで使えねえなパイセン! 球が見えないっつってんだよ!! それに縦しんばそうだったとしても、今聞く事じゃねえだろ!!」
「そんなモン分かる訳ねえだろうが! 言葉にしろクソ馬鹿野郎!!」
「いや、そもそもアンタらのやってる事、アイコンタクトじゃなくてジェスチャーだから」
「舐め過ぎだテメェらっ!!」
ドスッという重い音と共に白井の鳩尾にめり込む黒い球。油断どうこうの話じゃない、単純に速過ぎて見えないだけだ。
接近戦に持ち込めば勝機はあるだろう。だが近づこうとする度にあの黒い球に足止めされる。被弾を恐れず突っ込むか?
『さっきから黙って見てりゃ何をチンタラしてんだサイトウ』
斉藤の背後から現れる黒い影。二本の角と大きな蝙蝠羽、校内に三人目の悪魔が姿を現した。




