ヒーローは遅れて現れる 再び
「退いてろ、俺がやる」
男子生徒を押し退け、オークと対峙する芦原。だが斉藤は不愉快そうに眉間に皺を寄せそれを認めない。
「だーかーらー、でしゃばんなっつってんだろーがッ! テメェは合格だよ芦原ァ、いいからすっこんでろって。ほれ、さっさとやれクソ豚共」
絶望、この言葉が一番しっくりくる。ついさっき死に掛けてようやく倒した一匹。今はそれが目の前に五匹いる。ゲームバランス崩れまくってんな、クソゲーかよ。
何とかしてこいつらを逃がすにしても館内の一番奥に追い詰められているのが現状だ。出入り口まではそれなりの距離がある。
目の前のオークをかわしてもその奥からは魔物の群れがにじり寄っている。全員を無事に逃がすのは不可能だ。それが分かっているのか動こうとする者は誰一人いない。
それ以外で出入り口が……何とか外に出る方法が……外?
先ほど白井が開けた壁の穴が芦原の視界に入る。穴の先に見える外の景色が。
今まで何をどうやっても外には出られなかった。だが、あそこからなら外に出られるのか? いや、あそこ以外でも壁を壊せば外に出られるんじゃないか?
いやいや、駄目だろ。奇妙なものを見すぎて考え方がファンタジーになってるな。体育館の壁そんなに脆くねえぞ、あいつどうやって壊したんだよ。
「やめなさいっ!!」
突然の怒声に我に返る芦原。見れば夢日が男子生徒を庇うように両手を広げオークに立ち向かっている。
しかしどこまでも残念な人だ、足が残像出来るぐらい震えている。まあ怖いモンは怖い、しゃあないか。
「いいから退いてろって。アンタじゃ1秒も持たねえよ」
「子供が襲われてるのに黙ってるなんて大人として、ましてや怪我人に立ち向かわせるなんて養護教諭として見過ごせません!!」
震える自分に言い聞かすように、年長者として見本となるように脅威に立ち向かう。これは逃げる事を選択してきた自分への罰であり救いでもある。
さっきはちょっとした手違いでピンチに陥ったが、次は大丈夫。怖いのは仕方がない事だけど私はもう逃げない!!
「キマシタワー!!!!!」
「オーク×保健の先生×男子生徒!! 新たな開拓! そして未知への挑戦!!」
「ニッチな要求に応えてこそ薄い本というもの。そんなあざといカップリングに頼るなんてカップラーの誇りはないんですかッ!!」
目の前で突如始まる心底くだらない言い争いに呆れる秋田と吉良。向こうでは命懸けで身体張ってる人達がいるというのにコイツらときたら……
「さあ行くよ、アンタらも付き合うんだかんね」
「そうですね。芦原先輩や夢日先生だけにお任せするのも申し訳ないですから」
「え!? わ、私も……? ですよねー……」
食堂から持ってきたモップやフライパンを手に夢日の横に並ぶ秋田、古志、吉良の三人。白井がいればまだ何とかなったかもしれないが、いないものはしょうがない。ナベリウスやビブロスは敵意はないにしてもそもそも悪魔だ、助けを期待するのも頼むのも引っ掛るものがある。
「あなた達! 危険だから下がってなさい!!」
「アンタもだよ。足手まといになるだけだろうが」
「一応アタシらも魔素を纏って戦えるし、そこで腰抜かしてる玉無し君よりよっぽど使えるかもよ?」
「女傑呼ばわりは不愉快ですが、この数時間の間一緒にいたあのバカ共のお陰で相当度胸はついたと思います」
「私は度胸はいらないし、愛嬌だけ持てたらいいかなーなんて……駄目ですよねー、ええ、知ってました」
五人の前に立ちはだかるオーク。
多くの脂肪を纏う巨体に180cmを超える芦原先輩を更に大きく超える身長。この中で一番背の低い古志の倍近くはあるだろう。
先ほどの芦原先輩の戦いを思い浮かべれば、正直敵う相手じゃない。魔素の使い方を覚えたとは言え、芦原先輩の方が遥かに強い。その頼みの綱の彼は立っているのがやっとの重傷だ。
佐々がいれば囮にして、ここから全員を逃がす事も可能だったかもしれない。白井君がいれば尚更だ。しかし、その二人は今ここにいない。肝心な時にいないとか本当に頭にくる奴等だ。
吉良は少し苛ついた心を落ち着かせ神経を研ぎ澄ませる。せめてこの場に立った者の責任として、生徒会の副会長として、少しでも皆が逃げる時間を稼ぐ。
――ん?
――あれ?
何かに気付いた吉良と同時に秋田が声を大にして叫ぶ。
「みんな! 今すぐこの場から離れてっ!! 斉藤先輩、アンタも!!」
「……ハァ? 何言ってんのお前ら」
「信じないのなら別にいいですが、今ここに質の悪い冗談みたいなものが近づいてくる気が――」
言うのが早いか遅いか、突然体育館を襲う強烈な衝撃。その余りの衝撃の大きさに館全体が揺れる。
「フハハハッ! この荒れ狂う世界という波を厳かに往けいパンジー! 道は貴様の前にあるのではない、貴様の後に出来るのだっ!!」
「白井っち、誰かはねたよー」
「案ずるな、ひき逃げは現行犯でしか罪に問われぬ」
『ワン(降ろして)』
勢いよく体育館の壁を破壊して進入してきた植物と言っていいのか分からないパンジーと呼ばれる奇怪な何かは、ウネウネと蠢く根っこのようなもので器用に走り、進路上に居た斉藤とオーク、その他の魔物をはね飛ばすと同じように壁を破壊して去って行った。
「バカが二匹乗っていましたね」
「予想通りすぎんね」
たった一瞬の出来事で館内は嵐が過ぎ去ったような惨状に成り果てた。そこいらに散らばる魔物の残骸とオークの轢死体、はね飛ばされた斉藤も少し離れた場所でうつ伏せに倒れている。
「おいおい何だよ今の乗りモン、気合入り過ぎじゃねえか! 俺も乗せろよっ!!」
「落ち着けパイセン、アンタまであっちに堕ちないで」
馬鹿二人を怪我しているにもかかわらず追おうとする芦原とそれを止める夢日、他女子一同。これ以上馬鹿を増やしたくないのが本音だろう。
「……ッてーなクソが、ンだよ今の化けモンは。あーあ、豚も全部死んでんじゃん。まあいいや、仕切り直しだ」
「もうやめとけ斉藤、そこまでだ」
予期せぬ襲撃に成す術もなかった斉藤だが、気を取り直すと先ほどと同様に指先から黒い球を出す。しかし芦原がそうはさすまいとその右腕を掴む。
「放せ、殺すぞ?」
「あ? やってみろやオイ」
一触即発の二人。向こうでは魔物の危険がなくなった為、夢日や吉良が生徒を校舎に避難させている。校外に出る事は可能だが明らかに元の場所は違う景色。出る事は良しとせず、まだ校舎に移動した方がマシであろうという夢日の判断だった。
とにかく斉藤をこのまま放置するのは不味い。またオークを呼び出される訳にはいかない。ならば、この場で何とかする。それが芦原の決断だった。
「先輩方。お取り込み中のところ申し訳ないんですが、そこ危な――」
「死してなお蘇る、人はそれを不死鳥と呼ぶ」
「不死鳥マジフェニックス」
『クゥーン(助けて)』
先ほど同様、吉良が言い終わる前に植物らしき奇怪な何かが飛び込んでくる。体育館に何の恨みがあるのか、あの上に乗っている者がそうさせているのかは分からないが、壁には四つ目の大穴が開いた。
「さっきからウゼェんだよ! 死ねカスがっ!!」
怒り心頭の斉藤は後ろポケットに隠し持っていたボールを手にし、魔素を込める。右腕は拘束されたまま左腕一本で投げた球だがその球速と威力は凄まじく、奇怪な何かの太い幹はくの字に折れ曲がった。
体育館の壁を破壊してもビクともしなかったその太い幹はミシミシと木が軋むような音をさせ、半ばからへし折れる。
パンジーと呼ばれる奇怪な何かは長いか短いかも分からないその生涯を異国の地の上で閉じた。
「パンジィィィィィ!!」
「おいっ、テメェ何してくれてんだ! 俺まだあれ乗ってねえんだぞ!!」
「変な生物と友情育むのやめてくんない? あとパイセンマジ勘弁して」
深い哀しみに堕ちた白井はユラリと幽鬼の如く立ち上がり、仇である斉藤を睨みつける。
「祈りは済ませたか外道。天の嘆き、そして怒り、その身を以って知るがよい」
秋田と吉良が気付かなければ多くの生徒をはね飛ばしていたに違いないお前の方がよっぽど外道だよ、と古志は思ったが口にする事はなかった。




