斉藤の力
白井が佐々ごとコボルトを体育館の外へ叩き出すのとほぼ同時に、白井達とはまた違う場所、芦原がいる付近で大きな衝撃音が響く。
「芦原ァ、テメェ何邪魔してんだ。まだ選別の最中だろーが?」
芦原の足元に転がるボールと大きく歪む体育館の床、芦原と夢日それに周りの生徒の視線が声の持ち主に集まる。2階通路から見下すような視線を向ける男に。
その所為もあってか、白井達に注目する者は誰もいなかった。
「斉藤……」
「ったく、テメェがシャシャるからまだこんなに生き残ってんじゃねえか」
にわかに館内がざわつきだす。「選別?」「生き残ってるって?」そんな会話がそこらから聞こえる。
「あー、いい、いい。理解出来ない奴はしなくていーよ、邪魔臭いからさっさと死んでくれればいーから。ほれ、そこ見てみ?」
斉藤が指差す方向、先ほどオークとコボルトに惨殺された教職員や生徒が倒れていた場所。そこにはすでに遺体はなく、遺体だった死骸が魔物に成り果てようとしていた。
校舎内で見かけた魔物、それだけならまだなんとかなる。数人で戦えばギリギリでも勝てる奴等もいるだろう。これだけの数の人間がまだいるんだから。
芦原は痛みを堪えて腰を上げる。だが片膝を突いた状態で見回した周りの生徒の表情を見て驚愕した。
戦う意志がない。抗わなければ切り抜けない状況でも自分以外の誰かが何とかしてくれる、言葉にする者はいないがそんな表情だ。
「俺の言いたい事分かったか、芦原? テメェが良けりゃそれでいい。どいつもこいつもそんなモンだ」
確かに斉藤の言いたい事も分かる。俺が戦ってる間にみんな逃げてくれればこんな状況に陥っていない。助けに来たものの、助けられる側が間誤付いて、一番重要な自分の身を守る事すら出来ていない。
何故、黙って見ていた? 俺に協力する訳でもなくただ見ていただけ。相手は確かに強かった、部の連中もやられた。俺達が死ねば次は自分の身に危険が降りかかるというのに。
――だが
「……斉藤。これはお前の仕業なのか?」
「決まってんだろ? これは選別だ、生き残る為に必要な事だぜ?」
「芦原君っ! 落ち着いて!! 動けるような状態じゃないわ!!」
パキパキと歯軋りの音が辺りに響く。痛みを堪える為に抑えた脇腹に右手が食い込む。芦原は二本の足で立ち上がり、斉藤を下から睨みつける。
「降りて来い、ぶん殴ってやるよ」
「アホか。マゾじゃあるまいし、何でわざわざ殴られにいかにゃならんのよ? 大体、選別はまだ終わってねーぞ?」
斉藤は右手を上に掲げ舞台役者のように大げさなポーズを取ると指をパチンと鳴らした。辺りに異様な空気が流れるのを感じると斉藤の指先に野球のボールほどの真っ黒な球体が現れる。
「ある人……人かどうかは分かんねーな。まあ、そいつが俺に力を貸してくれるらしいわ。いやいや、俺から頼んだのよ? こんだけ化け物だらけなのも悪魔とかの仕業かなーって。で、いるならさぁ……」
――クソ弱ェカス“だけ”を皆殺しにする方法を教えて下さいってさ
「いやぁ、物は試しで何でも言ってみるもんだな。ちゃーんと答えが返ってきてさ。おまけにこの一人じゃなんも出来ないどうしようもねえぐらい弱ェ弱ェ俺にも力をくれるそうだ。見てろよ?」
2階通路から何気なく飛び降りる斉藤。普通なら足を痛めてもおかしくない高さだが、何事もなかったかの如く平然としている。
氣、いや確か、あいつら魔素って言ってたな。。魔素を纏った身体でもあそこまでは身体能力は上がっていない。何者かに力を与えてもらったというのも出鱈目な話じゃないだろう。それにあの黒いモノ……
痛む脇腹から手を離し、右腕一本で構えをとる芦原と斉藤が体育館中央で対峙する。
「いやいや、ヤル気のトコ申し訳ないんだけど、お前とはやんねーよ? そーだな、そこのヤンキー君。一歩前へどうぞっ!」
「お、俺っ!? 何でっ!?」
突然、斉藤に指名された服装を崩して着ている男子生徒。不遜な態度を取る事で格好をつけてきたが、今、目の前にいる同年代の男は今日、学校を襲った怪異と同じ得体の知れないモノ。普段の態度は鳴りを潜め、その顔は血の気を失う。
「あれ? どーしちゃったの、緊張してんのか? いっつもみたくオラついた感じ出してこーぜ! まぁ、いいや。じゃあ君の対戦相手はアレだっ!!」
「おいおい、マジか……!?」
斉藤は指先に浮かぶ黒い球体を、まだ魔物に成り果ててない遺体に向かって投げつける。黒い球体に包まれた遺体は芦原がよく知っているモノに形を変える。つい先ほどまで死闘を繰り広げた相手に。
「おーい、バ会長ー、どこいったー」
その頃、白井は壁ドンにより吹き飛んでいった佐々を探しに体育館の外に出ていた。まあ、探すのは建前で壁に開いた穴から見える景色が余りにも心躍らせたというのが本音だ。
真っ暗な空、文明の進化を否定する原生林、それらを照らす赤い太陽。卒業したはずの右腕の黒龍の封印が解かれそうになるな。
しかし、あのバカは何処まで吹き飛んでんだ、ぶっちゃけ探すのチョーメンドくせー。もう帰るか、バカだから死にはしないだろうし。何とかすんだろ。
そのまま踵を返して校舎に戻ろうとする白井の耳に聞き慣れた声が入ってくる。
「おい、バ会長いるのか?」
「あッ! 白井っち、いいところに来た!!」
『クゥーン(助けて)』
草木を掻き分けて声がする方へ向かうと、バカがいた。しかし何やら様子がおかしい。
白井が見たものは植物の蔓のようなものでグルグル巻きに拘束された佐々とコボルト。
その背後には周りの木々にまったく同化する気のない異質なモノが蠢いていた。
その幹は大木のように太く、付ける葉は研ぎ澄まされた刃のように鋭い。葉を付ける枝とは別に女騎士やエルフが一度は捕まる触手のような蔓も幹から多数生えている。
根は地表に姿を見せ自立歩行を可能にする、匠の技術が窺える業だ。嫌がらせかな?
極めつけはその大輪の華だ。血液のように真っ赤な花弁に紫や黒の斑点が所狭しと並ぶ、毒花と言っても過言ではない。とにかく見た目が気持ち悪い。
有るべきはずの雄しべと雌しべはなく、その代わりと言ってはなんだが文字通り花が咲いたような笑顔を作る、牛一頭でも丸呑みしそうな巨大な口が付いている。
「どんな植物ですか?」と尋ねられれば「人を捕食する事にのみ突出した造型の植物です」としか答えようのない植物。こいつの危機察知能力ってどうなってるんだ? 流石にバカすぎだろ、いい加減にしろよ?
「流石の俺も呆れを通り越して哀れみすら感じるぞ。何でそんな事になってんだ? そもそも何でそんなモンに近づいた?」
「白井っち、君は実にバカだな。よろしい、コボルト、そこのおバカさんに説明してあげなさい」
『ワン(吹き飛んだ先にコイツがいまして、このバカが「珍しいから校庭に植えようぜ!」って)』
「違うだろー、生徒会室に飾って副会長に世話させようぜって言ったんだよ」
『クゥーン(どっちでもいいから助けて)』
「……何でお前ら会話が出来てんの?」
どっちにしても副会長にぶん殴られるバ会長の未来しか思い浮かばないけどな。




