芦原VSオーク 1
斉藤は校内を巡回するふり、氣の使い方を他の生徒に教えるふりをしながらずっと調べていた。
校内を徘徊する化け物が何処から来ているのか? 虫もいれば猿みたいなものまでいる。
長年培ってきた野球の経験により、斉藤の観察眼は目を見張るものがある。そして目の端に映った微かな変化を見逃さなかったのは偶然でも必然でもあった。
廊下に転がる昆虫の死骸。それが虫の化け物に変化する。
生物準備室に行けば、ホルマリン漬けの標本のうち、幾つかが割れて中身が消えていた。
食堂を覗けば、この非常事態に飯を食ってる馬鹿共がいた。
血溜りに制服や下着だけが残されていた。
恐らくは生物の死骸が化け物に変化するのだろう。生きている人間が化け物になった話は噂でも聞かないので確信がある訳ではないが、間違いではないはずだ。
時間が経つにつれ数と質が上がる化け物。当然、被害者も増える。その人間の死骸は更に手強い化け物に変化する。こう考えるのがまあ普通だろう。
騒動が始まってから4時間近くが経った今、新しい死骸が出来ればどれほどの化け物が姿を現すのだろうか?
斉藤の見解に間違いはなかった。誤ちがあるとすれば、肉の身体では到底辿り着く事の出来ない場所からの視線が斉藤に向けられている事だけだった。
「芦原さんっ!!」
体育館に向かう白井一行の前に、息を切らした男子生徒が駆け寄ってくる。体格の良さから恐らく芦原と同じ空手部部員だろうと白井と佐々が身構える。
「何で臨戦態勢入ってんだお前ら。俺の名前呼んでんだから、俺の知り合いに決まってんだろうが……で、どうした?」
「体育館の中でとんでもない化け物が暴れてます! ちょっと手貸して下さいっ!!」
今まで校内にうろついていた化け物共は俺なら一人でどうにか出来た、こいつらでも数人掛りなら負ける事はまずありえない。それが血相変えて飛び込んでくるって事はよっぽどだな。
「わかった、ちょうど俺も体育館に向かうとこだ、すぐに行く。……かなりヤベェみてえだからお前らここで待ってろ」
「何言ってんだパイセン! 俺も行くぜ!!」
「そうだぜパイセン! 独り占めしようったってそうはいかないぜ!!」
まあ大人しく言う事聞く奴等じゃないのは薄々気付いていた。特にバ会長は何を勘違いしているのだろうか?
「……ハァ、わかった。じゃあ手伝ってくれ。ただヤバイと思ったらすぐ逃げろよ」
ため息混じりに二人の同行を許可する芦原。しかし化け物に立ち向かう奴がまだいてくれた、そんな嬉しさ半面でもあった。
体育館に近づくにつれ、館内からの悲鳴が聞こえてきだす。が、出入り口から逃げてくる生徒は誰一人見当たらない。内部の様子を窺う空手部部員が数人いる程度だ。
「よしっ! 先陣は任せろ! 田園高校の切り込み会長と呼ばれて久しい、この僕の真の力を見せてやる――グハッ!!」
入口の扉を開けると同時に吹き飛ばされる佐々。勢いよく廊下の天井に激突する。
白井は倒れる佐々を抱きかかえる。大丈夫、手足が駄目な方向に曲がっているだけの軽症だ。
「バ会長! そこは天井に頭から刺さるとこだろうが……」
「白井っち……何気に頚動脈押さえるのやめて……」
気を失った佐々をその辺に雑に投げ捨てると、その目を開け放たれた体育館に向ける。なるほど、逃げ出したくても逃げれなかった訳か。
出入り口付近に陣取る二匹の魔物。その足元には多くの教職員や生徒の遺体が横たわっている。
一匹は3m近くはあるだろう巨漢にビブロスと同じ豚鼻。手足は丸太のように太く厚く、異常に発達した下顎から牙がはみ出している。
もう一匹は犬にも狼にも見える魔物。違う点は身を屈めてはいるが二本の足で立っている事だ。その獰猛な獣の眼は動く者を見逃すまいと忙しなく動いている。
二匹とも校内で見かけた奴等とは明らかに違う。
『オークとコボルト、クリフォト中層に存在する魔物だ。貴様等が今までに見てきた名も無き魔物とは訳が違うぞ』
ナベリウスは白井に注意を呼びかける。しかし何故、中層の魔物がここにいる? 今の魔素の濃度では存在するはずがない。
「オーク!?」
聞き慣れない声が白井の耳に入る。どうやら化学準備室で倒れていた二人が目を覚ましたようだ。
「山田さん! オークですよ! 本物の生オークですよ!!」
「ああ……まさか陵辱の体現者である生オークが見れるなんて……田中さん、私達もすぐに女騎士されるんだわ……」
「エロ同人みたいに」
「エロ同人みたいに」
「白井ー、こいつら捨てていいー?」
「ちゃんと焼却炉まで持って行けよー」
しかし白井は見逃さなかった。傍にいる古志が蔑んだ目で二人を見ている事を。そしてその身から溢れ出る腐のオーラを。ちなみに吉良は聞くまでもなく投げ捨てていた。
『何を油断している、大馬鹿者。奴等の足元の死骸も直、魔物に成り代わるぞ』
ビブロスの時と同様、目を見開く芦原。その視線はナベリウスに向かって注がれる。
「おい! 何でその犬コロしゃべってんだ!? 何処で見つけた! 俺にも教えろ!!」
「パイセン落ち着け、興奮しすぎだ」
『何故、貴様等はいつもいつもいちいち話が進まんのだっ!!』
秋田、古志、吉良の三名はそれでも主人公の到来かと若干の期待を残していたが、白井如きに諭される姿を見て、皆その認識を改めた。
「チッ……まあいい、後でぜってえ教えろよ? あの豚は任せろ。ビブロスさんのフォルムには遠く及ばねえクセに、だれ威嚇してんだコラ?」
芦原がオークの前に立ち塞がる。芦原自身も身長180cm以上はあるだろうが、それでも体格差は否めない。
「お前ら! そのコボルトとか言う愛嬌の欠片もねえ犬は任せたぞ! この豚叩きのめしたらすぐ加勢する!!」
オウッ!! と芦原の参戦に活気付く空手部部員。すぐさまコボルトを取り囲み身構える。
目の前に立つ者を敵と見定めたオークが芦原に殴りかかるが、オークの拳と自分の右手外側を合わせ、回すように軌道を逸らせる。
「む、あれは!」
「知っているのか、佐々!!」
白井と佐々のくだらないやり取りにも耳を貸さず、芦原はオークの攻撃を受け流し続ける。
これだけ重量差があれば相手の攻撃を正面からまともに受けれない。芦原は攻撃を逸らし続け、隙を見てはオークの腹に底掌を打ち込む。
しかしオークにもダメージは見られず、徐々に場所を体育館中央へ移しながら両者の打ち合いが始まった。




