雨の声
恋を始めるには3つのingが大事だと、何処かで聞いた。
一つ目は、feeling
二つ目は、timing
三つ目は、happening。
毎朝テレビに映るお天気お姉さん曰く、今日の降水確率は50%らしかった。
折り畳みの傘で間に合うだろうと、ろくに確認もせずに家を出て、後悔したのが5分程前。私の鞄に折り畳みの傘なんて入ってやしなかった。多少の雨なら濡れて帰るのも厭わない所存だったが、そうにもいかないくらいの土砂降りだった。みんなが傘を差しながら談笑し帰る後ろ姿を下駄箱で1人寂しく見送る私。こんな事なら確認してから家を出ればよかったと後悔しても後の祭りである。
どうしようか途方に暮れる私に救世主が現れたのはそれからすぐの事だった。
「傘ないの?」
同じクラスの男子だった。自分の傘を広げる彼に私はコクリと頷く。すぐに帰るだろうと思ったので彼から視線を外したが、彼は一向にそんな気配を見せない。もう一度彼に視線を戻せば、彼は自分の傘を少し傾けながら言った。
「入ってく?」
神か、と思った。
彼の家の方向は知らないが、渡りに船だ。
ありがたく入れてもらおう。
一言お礼を述べて少し大きめの彼の傘に入れば、彼は少し微笑んで「どうしたしまして」と言った。
そのまま校門を出て帰路を歩く。
ポツリポツリと溢れる会話と傘を打つ雨の音。世界から隔絶されたようなこの空間で男子と2人っきりなんて、何だか変な気分だ。
「人の声が1番美しく聴こえるのって雨の日の傘の中なんだって」
聴こえてきた彼の声は、なるほどそう言われてみればいつもと違って聴こえるような気がする。
「人間の声が雨粒に反射して傘の中で共鳴するから、特に雨量が少し多くて囁くような声の時が1番美しく聞こえるんだって」
つまり相合傘はお互いにとって最も美しい声を聞いていることになるのでは?
思ったけれど言わなかった。
家に着いた時には既に雨脚は弱まっていた。
彼はしっかり私を玄関まで送り届け、私が傘から出る前にふんわり私の頭を撫でた。それから優しく微笑んでから彼は来た道を戻って言った。
恋を始めるには3つのingが大事だと、何処かで聞いた。
一つ目は、feeling
二つ目は、timing
三つ目は、happening。




