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Lords od destrunction  作者: 珠玉の一品
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索敵



「さて……あと残るは知性あるモンスターの調査だな」


「知性のある……? あ、マンティコアのことですか?」


 私の独り言に反応したサリアが、キョトンとした表情で小首を傾げる。

 確かに彼女は私とマンティコアの会話を直接聞いていない。だがその後のちょっとした会話から、彼等に知性があることを見抜いたのだろう。

 少し足りない子だと思っていたが、どうやらそれは私の偏見だったようだ。


「そうだ。まぁ、佐藤達は全員死んだらしいがな」


「全滅? プリクラが殺したのですか?」


「その通りだ。知性あるモンスターを無傷で一掃するとは、戦闘力という面では大した実力だな」


「戦闘力は足りていても、思考力は著しく不足していますが……」


 眉尻を下げて苦笑を浮かべたサリアが、あまりにも的確過ぎる苦言を呈した。

 新しい都市に新しき住人を送り届けろと命じたら、何故かその日の内に皆殺しにしたという有様。

 何があったのか私には判らない。だが正直に言えば、その判断に至った理由があまりにも下らなそうで、彼女から齎されるであろう真実を知るのがとても怖い。

 だから私は思う。彼女が帰還するまでに私の耳が老人のように遠くなれば良いのにな、と。あ、念話があるのか。


「そう言うな。ベンヌは襲われたから抵抗したそうだ。咄嗟のことで力の加減が出来なかったのだろう」


「どの様な状況であっても、マンティコア如きに焦りを覚えるとは思えませんが……」


「見た目は幼いのだ。僅かな瑕疵を(あげつら)っては可哀相だろう?」


「……カミュ様はベンヌにお優しいのですねっ」


 ぷくっと膨れたサリアが、拗ねるように顔を反らす。

 必要以上にベンヌを庇ったせいでヤキモチでも妬いてしまったのだろうか?

 そんなサリアを微笑ましく見つめながら、私は佐藤のライオンちっくな笑顔を思い出して溜息を一つ溢した。


「良いヤツだったのだがな……」


「何か仰いましたか?」


 そっぽを向いていた所為で聞き逃したのだろう。サリアが振り向きざまに小首を傾げた。


「いや、何でもない。それで確認なのだが、ネビロスは索敵能力が高いんだったな?」


「はい。魔国随一と自負しております」


 両脚を揃えながら此方へと体を向けるネビロスが、無表情なすまし顔で忌憚のない自己評価を繰り出して来る。

 自信が漲る瞳で、私の能力は一番だと断言したのだ。何と言えば良いのだろう。一つだけどうしても言いたいのは、見た目に似合わず凄い自信だ。

 これを社会人だった時の私に照らし合わせてみよう。糞の役にも立たないプライドだけが高く、話と言えばゴルフか過去自慢しかない経営層から質問されたとする。「君の業績はこの会社で一番なのか?」と。そんな状況で、私は胸を張って即答出来るのだろうか? 「はい! 私が一番です!」なんて。

 不可能だ。そんなこと言える訳がない。言った瞬間に顔から火が噴き出して、顔面に大火傷を負うのは間違いない。赤面からの大火傷、生命保険による治療費の負担は適用さるのだろうか。


「そうか、それは重畳。そんなお前に、お前しか出来ない任務を頼みたいんだが……」


「なんなりと」


 キリッとした表情でネビロスが身を乗り出すと、彼女の纏ったローブが(はだ)けて奥の膨らみがチラつく。

 Cだろうか? 黒いレースのような物で覆っているが、よくよく見ればレースの粗い目は当然のように小振りな丘とその頂上を透かしている。天網恢恢疎(てんもうかいかいそ)にして漏らさず、とはいかなかったようだ。

 そんな下らない思考を重ねた所為で、暫く彼女を見つめてしまっていたことに気付く。ガン見は良くない。だから私は、なるべく気付かれぬようにチラ見に抑えることを密かに誓った。


「これはあくまでも私の予想なんだが、おそらくこの世界には佐藤のような知性を持ったモンスターがまだ残って居るだろう」


 私の言葉にネビロスがこくりと頷く。


「だが情報が不足している現段階では、その正確な数を把握することは出来ない。だからお前に調べて欲しいんだ。そのモンスターがどれ程この地に居るのか、を」


「畏まりました。このネビロスにお任せ下さい」


「私の推測では最大で二十万、条件幅が極端に狭かったとしても最小で数千ほどだろう。だがそれら全てを警戒する必要はない。私が警戒しているのは、一定の条件下でとある病気を患っているであろうモンスター達だ」


「その病気とは一体どのような症状なのでしょうか?」


 病弱なモンスターを警戒する理由が判らないのだろう。しきりに首を傾げながら、ネビロスが訝し気な視線を私へ送って来る。

 この病気の恐ろしいところは、一見して疾患しているか否かが判らないことだ。だから先ず最初に患者の見分け方をネビロスへレクチャーしようと思う。

 そのために私は、ネビロスと(つい)でにサリアを伴って馬車の外へと歩み出た。そしてインベントリから取り出した残材の木の棒で、地面へと四つの文字を書き込む。


「ネビロス、この文字の意味が判るか?」


「これが文字、なのですか? ……いえ、まったく判りません」


 ネビロスの知識を確かめるべく、私は地面に日本語で文字を綴った。

 だが彼女はこの文字を読めないという。あのアスラですら読めなかったのだ、まぁ当然だろう。


「そうか。ではこちらの文字も読めないな?」


「はい、申し訳ございません」


 最初に書いた文字の隣に今度は別の十六文字を書き込むが、先ほど同様ネビロスは文字を読むことが出来ない。

 それを不甲斐なく思ったのか、彼女は大きく肩を落として表情を曇らせてしまった。


「いや、謝罪の必要はない。アスタロトやアスラでも読めなかったからな」


「では、この文字をお教え下さった意図とは一体……?」


「この四文字に大きな反応を示したら、そのモンスターは患者である可能性が高い。相手がこの文字を読み易いように、旗にでもするのが良いだろう」


「は! では直ちに――」


 早速その場を離れようとしたネビロスを慌てて手で制する。

 即座に行動へと移す姿勢は非常に好感が持てる。だがしかし、私の説明は未だ終わっていない。


「待て、もう少しだけ付き合え」


「あ、失礼しました」


「先ほどの四文字で危険性を見極めたら、次はこの十六文字を見せるのだ。もしこの文字に並々ならぬ興味を示そうものなら、そのモンスターは完全に疾患していると見て間違いない」


「なるほど……二段構えですね。それで、この文字は何と読むのでしょうか?」


 私の説明で納得したのだろう。シャープな顎に可愛らしい手を当てたネビロスが、一つ頷いた後で小首を傾げる。


「こちらの四文字の読みは、風林火山。こちらの十六文字は少々長くなるが、まぁ覚える必要はない。取り敢えず読みだけは教えておく」


「ありがとうございます」


「蒼天すでに死す、黄天まさに立つべし。歳は甲子に在りて、天下大吉、だ」


「それで、これらの言葉はどの様な意味を持つのですか?」


 真剣な面持ちで此方を見据えるネビロスに、私も真剣な面持ちで相対する。

 彼女の隣に居るサリアは、既に粗方の興味を失ってしまったようだ。足のつま先で地面へ良く判らない絵を描いている。

 本来は叱るべき場面かもしれない。だが下手に話へと参加されて、無意味な質問を重ねられても本意ではないし時間の無駄だ。此処はそのまま放置するのが得策だろう。


「風林火山は、行動を起こす場合は適時、適切に判断すべし、との意味だな。十六文字の方は……何と言えば良いのか。まぁ簡単に言えば、貴様は既に死んでいる、という意味だ」


「なるほど、ご説明下さりありがとうございました。ですが今の言葉は非常に奥が深いものと浅慮します。何故これらに興味を示すと疾患が疑われるのでしょうか?」


「とても良い質問だ。これらの言葉は普段の生活では全く使わないものなんだ。知っているということは、即ち戦闘に興味がある、若しくは戦闘を行う思想がある、という結論に至るだろう」


「フウリンカザンは全てに通ずるような気もしますが、何故戦闘に限定されてしまうのですか?」


「戦闘に限定する理由か……。それはなネビロス。この文字を読めるモンスターが、風林火山に強い興味を覚えた時点でお察しだからだ!」


 ズビシと地面へ指を突き付けた私を見ながら、メモを取っていたネビロスが眉間に皺を寄せて首を傾げる。

 流石に今の言葉だけでは納得出来ないだろう。だが私の心の引き出しには、より詳しい説明方法などもう残っていない。

 だから私は彼女の疑問を吹き飛ばすような強い口調で力説するだけなのだ。


「つまり、この文字が読めるモンスターは危険な思想……えっと、お察しだ、ということでよろしいですか?」


「いや、読めるだけの者はお察しではない。食い付いた時点でお察しなのだ。だがこの四文字に関しては、可能性を疑うべき状況であるというだけ。本命はこの十六文字。この文字に目を輝かせるモンスターがもし居れば、その者は既に手遅れであり、すぐさま処分すべき対象と見るべきだな」


「やらなければならないことは理解しました。それで、その病気の名とは一体?」


「その病気を人はこう呼ぶ。……"中二病"と」


 悟りを開いたような私の表情に釣られて、ネビロスの眉間から一切の皺が消え去った。

 ちゅうにびょう……と口ずさむ彼女の表情はどこか浮世離れしたもの。まだこの病気の恐ろしさを想像出来ずにいるのだろう。


「この病気の恐ろしいところは感染力が非常に強いことだ。その猛威は近くにいるだけで感染させるほど。だから疾患を確認したら直ぐに殲滅するんだぞ?」


「畏まりました。発見次第、必ずや殲滅致します。因みに、もし患者か否かの判断に迷うようなことがあれば、その場合どう判断すれば良いでしょうか?」


「確かにその懸念はあるだろう。だが疑わしき者を野放しにした結果、感染が広がってしまっては本末転倒。疑わしきは即処分、が鉄則だな」


「委細承知しました。このネビロスにお任せ下さい!」


 透けた胸元を強く叩いたネビロスが、真摯な眼差しで意気込みを伝えてくる。覆ったレース地が小振りながらもキュートな双丘を曖昧に強調するのを、今だけは止めて欲しい。

 私の煩悩だらけの視線が、彼女の真剣な瞳からどうしてもそちらに移ってしまうのだ。勿論嫌いではない。だが今ではないのも確実だろう。後で何故その衣装をチョイスしたのかゆっくり聞いてみたいところだ。

 それにしても胸以外で引っ掛かるのは、私が下した即処分の判断が正しかったか否かだ。果たしてあれは正鵠を射るものだったのだろうか。だがキャラケンダの言を信じるのであれば、あの友好的だった佐藤が私の配下に牙を剥いたというのだ。

 人ならざる者に生まれ変わったことで、精神が肉体に汚染されたとしも不思議ではない。やはりその処置が過剰であったとしても、無駄な知識を持ったモンスターへの対処には厳しさが必要だろう。


「あぁ、任せた。では次に、彼等の行動の特徴を教えておこう」


「流石はカミュ様。情報の少ないこの状況で、そこまで熟考を重ねておられるとは……」


「あ、いや……まぁ偶々だ。あ、その前に字が間違っているぞ」


「あ……こ、これはしたり」


 自分も以前は人間だったなんて言えず、ちょっとだけしどろもどろになってしまう私。そんな中、メモの誤字を指摘されて彼女も一緒にしどろもどろになる。というか「これはしたり」って……彼女は凄く古風な魔族なのだろうか?

 そんなことを考えている私の前で、ネビロスが此方をチラ見しながら慌てて誤字を修正している。流石に"蒼"や"歳"という字を一見しただけで写すのは困難だったのだろう。


 そんな必死なネビロスを見て頬を緩めながら西の空へと視線を移す。私が初めてこの地へと降り立ったのは此処から数百kmも西の地であり、当然ながら此処からその場所を望むことなど叶わない。

 それにしても難しいのが彼女への説明だ。過去に住んでいた環境と世界感を伝えるだけの簡単な仕事のハズなのだが、頻繁に断言を繰り返してしまえば彼女に大きな違和感を与えてしまうだろう。

 断言や断定は避けるべきと心に誓いながら、神妙な面持ちでネビロスへと強い視線を送る。そして彼女の目を見つめながらその視線と心を私の方へと縛り直した。


「佐藤と話していて判ったのは、彼等は単独行動を嫌う傾向にあるということだ。洞窟などの暗がりに潜むことはせず、建造物の中で規則正しい生活を送ることだろう。そして特に顕著に表れる特徴としては、自らは攻撃を仕掛けないという習性だ。攻撃を受ければ当然、防御か反撃をするはず。だが相対する者が敵か味方かを確信出来ない状況では、彼等から攻撃を加えることは先ず有り得ない……はずだ」


「そこまで深く真実を見抜いておられるとは……正に敬服すべきご慧眼かと」


「まぁ、当たらずとも遠からずといったところだろう。先ほどの説明を基に、危険な思想を持つモンスターを見つけてくれ」


「先ほどご説明頂いた病気の他に、特に気を付けるべき病状はありますか?」


 偽善で独善的な虐殺に至る病か……他には特に思い当たらないな。


「危険な思想との意味合いでは他に病名は思い当たらないが、無害か否かを即断出来る病気はあるな」


 風林火山の横へと二種類の新たな三文字を書き込む私に、ネビロスがメモを取りながら首を傾げた。


「それは何と読むのでしょうか?」


「大特価、そして大安売だ」


「だいとっか、と、おおやすうり、ですか……」


「そうだ。この文字に目を輝かせる者は、戦闘を嫌う傾向にありその意識は強いはずだ」


 なるほど、と溢しながら、ネビロスはローブを下腹部まで捲り上げる。

 一瞬ドキリとする私だったが、どうやら太ももに括り付けた小物入れのような箱に、先ほどのメモを仕舞うつもりのようだ。

 ローブを捲って太ももを晒すなど、あまりにも艶めかしくて正直興奮を隠せない。


「それで、その病名とは?」


「ん!? あ、あぁ……その病名は貧乏症という。勿体ないという呪文を繰り返すはずだから、案外判り易いかもしれないな」


「なるほど、ありがとうございます。それらは放置しても構わない、ということでよろしいですね?」


「そうだな、無暗に殺す必要はないが、殺していけないということもない。そこは好きに判断して貰って構わないぞ」


 承知しました、と一礼するネビロスに、やましい心を見透かされないように鷹揚に頷く。

 太ももを結構な時間ガン見してしまったが、ネビロスに気付かれてしまったのだろうか?

 怖くてとても聞けないので、彼女の瞳をジッと見つめて(しき)りに誤魔化す。


「期限はございますか? また、知性の無いモンスターは如何いたしましょう?」


 期限か……。無期限で探し続けろと言うのも確かに酷だな。

 知性あるモンスターの出現場所があの爆心地を中心としているのであれば、この場所よりも西の方だけを探索すれば済むはずだ。


「その前に質問だがネビロス、セントラルレガロの南と西には何があるんだ? そして何故お前は顔が赤いんだ?」


「え? あ、赤いですか?」


 無表情なはずのネビロスが、瞳を潤ませて頬を染めている。

 やはり私の視線に気付いていたようだ……。


「いや、余計な一言だったな。それで、南と西は?」


「あ、はい。どちらにも峻厳な山々しかございません。山を越えれば海が広がりますが、海までの距離はおよそ五百里。海に至るまでは全て未開の地にございます」


「そうか。であれば期限は一ヶ月だ。但し、例えそれまでに結果が出なかったとしても、一ヶ月後には私の下へと帰還してくれ」


「畏まりました。それでは、今度こそ行って参ります」


 大きく一礼したネビロスが顔を上気させたまま可愛いお尻を私へと向ける。

 そのお尻には尻尾が生えているのだが、その付け根がどうなっているか気になって仕方がない。

 暫くの間ネビロスをお尻を見つめていた私は、隣から放たれ続ける極寒の視線にやっと気付いて視線を戻した。サリアさん、目が……とても怖いです。


「ん”んっ! 尻尾が少々珍しくてな……」


「カミュ様は尻尾がお好きなのですか?」


 自分のお尻を撫でながら、サリアが私を見上げて小首を傾げる。


「嫌いではないが、特に好きということもないな。似合ってさえいれば、どうでも良いんじゃないか?」


「左様ですか……。ちなみに、我も尻尾を生やした方が良いでしょうか?」


 サリアは尻尾を出し入れすることが出来る種族なのだろうか?

 尻尾は必要ないと思うが、生やせるのならどうやって尻尾を生やすのか少々興味が湧いて来る。


「尻尾を生やせるのか?」


「いえ、生やすことは出来ません。ですがネビロスのをもいで、我のお尻にくっ付けることは可能です」


「……止めておけ」


「承知しました」


 果たして彼女は本気だったのだろうか。もし本当にネビロスの尻尾をもいだとしたら、アスタロトが黙ってはいまい。

 地獄道と外道が織り成す血で血を洗う潰し合い。

 うーん。まぁそうなる前に、私が彼女の尻尾を修復すれば良いだけだな。


「さて、お前も疲れただろう。今日は早々に街へ入って宿屋で休むか」


「は、はい」


 急によそよそしくなったサリアが何故か頬を染めている。何か悪い物でも食べたのだろうか? 彼女のことは気にしないのが一番だな。

 待機中のバイコーンへと目線を送って、サリアと共に城門へと近付く。

 城兵は現在(いま)、モンスターを駆逐すべく掃討戦を展開している最中であり、高さ五mの城壁に備えられた城門は固く閉ざされたままだ。


「どうやれば開いて貰えるんだ、これ?」


「こんな脆弱な城壁、壊して通るのがよろしいかと」


「サリア……。今ここで注意しておくが、街の中では問題を起こすなよ。良いな?」


「あ、はい」


 自分の中に巣食う不安があまりにも大きくなり、つい彼女を鋭く睨んでしまった。

 当のサリアは首を竦めてシュンとしている。常に悪気のない行動を続ける彼女にとって、私の怒気は堪えられない辛さだったのかもしれない。

 見た目は幼い少女なのだ。もう少しくらい優しくすべきなのだろう。


「少し辛く当たってしまったようだ」


 彼女の小さくなった肩を優しく抱き締めてみる。この程度であれば、ギリでセクハラにはならないはずだ。


「……え? あ、いえ」


 頬を染め直したサリアが一瞬だけ俯いた後に、満更でもなさそうな顔で私を見上げた。

 随分と喜怒哀楽が激しいが、彼女の情緒は本当に大丈夫なのだろうか?

 まぁ機嫌が直ったのであれば、もう肩を抱き締める必要はないだろう。


「あ……」


「城門を通りたいんだが、誰か居ないのか?」


 何か言いたそうにしているサリアを放置して、城壁の上を見上げて声を張り上げる。だが暫く待ってみても城壁からは何の反応も返らない。

 このままこの場で待つ訳にもいかず困り果てる私だったが、ふとした瞬間にホイスディンクから禁じられていた、とある解決方法を思い出した。


「サリアよ……」


「はい、なんでしょうか?」


「……飛ぶか?」


「そうですね!」


 サリアの同意を得た私は、彼女とバイコーンと更には馬車とを空間スキルで包み込み、ふわりと浮かぶように闇に包まれる夜の城壁を飛び越えた。

 高さ五メートルの城壁の中に広がっていたのは、果てが霞むほどの広大な都市。中央には城と呼ぶに相応しい巨大な建造物が(そび)え建ち、夜になって煌びやかな光を放っている。

 飛び越えた城壁から地上へとゆっくり降下する最中、眼下に広がる市街地を視界に収めてその様子を伺った。昼間よりも視界が利かぬ暗闇のためハッキリとは判らないが、今この辺りを出歩いている人間は居ないようだ。戒厳令でも敷かれているのだろうか? その理由は判らないが、今直ぐ住民に道を尋ねるのは難しそうだ。


「はてさて、宿屋は何処にあるのだろうな」


「大通りを城に向かえば見つけられるのではないでしょうか?」


「確かに。裏路地にある宿屋は、怪しい雰囲気を醸し出していることが多いからな」


「そういえば休憩所も、そういうイカガワシイ雰囲気を出していますね」


 休憩所とは何だろう? ちょっと気にはなるが、果たしてこのまま聞いても大丈夫なのだろうか。

 知らないことが非常識の烙印になるのであれば、余計なことを聞かないのが我が身のため。それに此処でサリアへ尋ねて、もしその答えがピンク方面であったとしたら、私はただのセクハラ親父に成り下がってしまう。

 もしかすると、その結果こそが彼女の仕掛けた甘い罠である可能性も……。まぁ聞かない方が身のためだな。


「さて、とにかく宿屋だな。だが急いては事を仕損じるという。よく見極めもしないで変な宿には入りたくないし、宿屋はゆっくり探すことにしよう」


「はい。それにしても、しそん汁ですか? それはどんな汁なのでしょうか?」


「しる? さぁ……良い知るじゃないのか?」


「良き汁ですか。それは美味しそうですね」


 サリアとの話が何故か噛み合わない……ような気がしてならない。美味しい知性とは一体どんな知性なのか。美味しいのは昔から笑顔と相場が決まっているのだが……。

 城壁を超えた直後は馬車へ乗らずにバイコーンと共に歩いていたのだが、街が広過ぎて途中で歩くのが嫌になった私は今、何事もなかったように馬車へと乗車している。ちなみに御者は不在だ。というかこの馬車は、御者が居なくても自動的に目的地へと向かってくれる優れものだった。

 そんな下らない会話を重ねていた私達は、街の中心へと近付くにつれ人気が増えていくことに改めて気付いた。


「やっと活気が出てきたな」


「ゴミがうじゃうじゃと……」


「サリア……。此処では人間の振りをして、人間を見下す発言は控えるんだ」


「あ……はい」


 またしてもサリアが肩を落としてしまった。この辺りのコントロールが非常に難しい。


「お前には下等な? 人間の振りなど難しいのかもしれない。だがお前なら出来るし、お前にはやって貰わねばならん。判るよな? サリア」


「そ、そうですね。その通りです! 我はカミュ様のために頑張ります!」


「……そうだな。頑張れ!」


「はい!!」


 またしても元気を取り戻したサリアが、両手の指を組んで目を輝かせる。

 一体何のアピールなのだろうか? 彼女の希望を一mmも酌むことが出来なかった私は、引き攣る口角を必死に抑えてイケメン風の笑顔を彼女へと送った。

 そして我々は遂に、都市の中央付近にある宿屋と思しき巨大な建物の前で、掛け声だけで巨大な馬車を止めるのだった。






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