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Lords od destrunction  作者: 珠玉の一品
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中毒



 百六十五cmのスレンダーな体形に似合わぬ、身長と同じ大きさの荘厳な弓を持ち上げながら、シャルロッテ・クナーベは岩山から迫り来るロックワームへと狙いを定める。

 ロックワームとは主に山中に生息する丁級のモンスターであり、その身体は岩のように硬く全長は三十mを超えるほどに巨大だ。

 当然ながら程度の低い武器ではロックワームにダメージを与えることは出来ない。今までのシャルロッテ達の装備であれば、集団的抵抗など夢のまた夢であっただろう。


「マテウス!」


 鎌首をもたげたロックワームがシャルロッテに襲い掛かろうとした瞬間、白銀に輝く盾を両手に持つ偉丈夫が横から飛び出した。

 異常なほどに巨大な盾を構えたマテウスは、それ以上に大きなロックワームとぶつかり、そしてビルほども大きなモンスターに轢かれる。

 だが彼の痛ましい行動は無駄にはならない。激突の衝撃で減速したワームは、バランスを崩して一瞬だけ大きく仰け反ったのだ。

 そんなモンスターの姿勢とマテウスの蛮勇を見届けたシャルロッテは口角を上げた後、持ち手部分が神々しいほどの白き輝きを放つ弓から、どう見ても即席としか思えない無骨な石の矢をロックワームへと放った。


 ドンッ!


 弓で生じさせたとは思えない打撃音が辺りに木霊すると、土手っ腹に大きな風穴の開いたロックワームが硬直する。

 その攻撃でロックワームが硬直するのを予測していたかのように、巨大な光の矢が長い尾を引きながらシャルロッテの横を通り過ぎ、そしてロックワームへと吸い込まれていった。

 そして光の衝撃を一身に受けたロックワームは、その鎌首を大きく後ろへと仰け反らせる。

 魔法の発生源では反動を抑えきれなかったビアンカが、心の衝撃とともに後ろへと転倒し臀部を殴打していた。勿論、殴打の拍子に足を開いて純白の下着をご開帳するのは何時もの光景だ。


「よし! 後は任せろ!」


 頭上の岩山に身を隠していたアルフレートが姿を現すと、大声を張り上げながらロックワームのへと飛び降りる。

 振り抜くのはオリハルコンの剣。狙い定めるのは大きな口の開いた、ロックワームの頭部と思しき先っちょ。

 渾身の力で振り抜かれた黄金色の剣であったが、ロックワームが急に身を捻ったことで、その切っ先は表皮を(こそ)ぎ落とすだけに留まった。


「な、なにやってんのよー!!」


「す、スマンー! あとは任せたー!」


 自由落下で地表へと近付くアルフレートを叱責しながら、シャルロッテは新たな矢を弓へと番える。

 その眼前ではビアンカの魔法により大きく仰け反っていたロックワームが、振り子のようにその大きな頭を元の位置へと戻して、落下中のアルフレートを勢い良く弾いた。

 ピンボールのように弾かれた彼が、弓に矢を番えて狙いを定めようとしていたシャルロッテへと激突。その際に歯が当たるほどの激しいキスに発展したのは不幸な事故だった。

 転倒していたビアンカは、やっと体を起こして秘密の花園を両脚で隠したところ。盾を構えてロックワームを防いだマテウスは、未だワームの下敷きになったままだ。


「お前達は、何をやっているのであるか?」


「ご、ゴジョウさん!!」


 アルフレート達を目的地へと引率している貴族風の超イケメンが、彼等の不甲斐ない戦闘を窘めながらゆっくりと空から舞い降りて来た。

 彼は空でも飛べるのだろうか? 禍々しいほどの狂気を放つ黒い剣を持った彼は、重力を感じさせない速度でゆっくりと落下している。

 そしてロックワームは、彼の着地と同時に真っ二つに分かれて地べたへと崩れ去ってしまった。


「す、凄い!」


 凝った意匠を施してなお大きな生命力を感じさせる木製の杖を胸に抱き締めて、やっと立ち上がったビアンカが感嘆の声を上げる。

 先ほどのワームを襲った強烈な魔法は、この杖の上に乗った拳大の魔石によるものだ。

 そんなビアンカの前では、アルフレートの横っ面を力いっぱい叩いたシャルロッテが、彼を突き飛ばしてその場へと立ち上がっていた。


「シューベルト様から頂いた絶大な武器を使ってなお、こんな雑魚相手に苦戦するとは……先が思いやられるのである」


「い、いやゴジョウさん! ロックワームって丁級のモンスターだよ!?」


 ビンタの衝撃から立ち直り、立ち上がったアルフレートがシャルロッテを掻き分けて悟浄へと詰め寄る。


「そ、そうだな……イテテ」


 ()し掛かっていたロックワームが真っ二つになったことで、その重量から解放されたマテウスが巨大な死骸の下から這いずり出した。

 あの重量に潰されたにも拘らず、彼の体に大きな外傷は見られない。

 おそらく手に持った二枚の大きな盾を重ねることで、地面とロックワームの間に生存の為の隙間を作ったのだろう。


「だ、大丈夫なの!? マテウス」


「丁級なぞ、ただのゴミなのである」


「あ、ああ……この盾のお陰で――」


「ご、ゴミ!? いや、いくらなんでもゴミは――」


「やっぱりその盾って、本当にドラゴンの鱗――」


「素手でも倒せるモンスターなど、ゴミ以外の何物――」


「だー! ちょっと一回落ち着かない!?」


 あまりのカオスっぷりに業を煮やしたシャルロッテが、両手を大きく広げて皆を制止する。


「我輩が敬愛して止まないシューベルト様からご下賜頂いた武器、活用しないどころか性能すら引き出せないのは重罪である」


「……はい」


 だからといって皆が黙る訳ではなかった。

 だが彼の言う通り、いくら武器の性能が高くても使い熟せなければ意味がない。

 実際、攻撃がカスっただけで大したダメージを与えられなかったアルフレートは首を竦めながら、先ほどの戦闘を思い起こして自分の不甲斐なさを痛感していた。


「でもこの弓、本当に凄い威力よね」

「この杖も、凄い威力です」


「シューベルト様のご下賜品。当然である」


「え……でも、作ってくれたのはゴジョウさんだよね?」


「……作ったのは我輩であるが、感謝を送るべきはシューベルト様だ」


 シャルロッテの余計な一言を聞いた悟浄が、視線だけで女性を殺せるような厳しい眼差しを向ける。

 自分を見透かすような、それでいて見下すような視線を受けたシャルロッテの背中がブルっと震える。

 見た目は良い。そう見た目だけは。だがその微妙にズレた言動が、彼女にはどうしても受け入れることが出来ないのだ。


「あー……うん、そうだね。しゅーべると様、ありがとうございます! ……でも本当に凄い弓だよね」


 棒読みのまま大きく一礼したシャルロッテは、極大な力を感じさせる弓の持ち手を掴んで嘆息していた。

 その白い外観から察するに持ち手の素材は何かの骨と思われるのだが、あまりにも硬質で神々しい見た目だけでは何の骨か推測することが出来ない。

 更に弓の素材はトレントと言っていた気がするが、丁級のモンスターであるトレントが弓の素材に成り得るのか、トレントと遭遇したことのないシャルロッテには本当か否か判断が出来なかった。


「まぁ、素材はトレントとドラゴンの骨。我輩もそれほど豪奢な弓を見たことはないのである」


「……え? 今、ドラゴンって言わなかった?」


「歳の割に耳が遠いのであるか? ドラゴンと言ったのであるが?」


「……レッサー? ううん! インフェリアだよね?」


 シャルロッテの憶測に悟浄は眉を顰める。


「そんな下等ドラゴンを口にするなど……。お前は我が主を見縊っているのであるか?」


「え!? あ、いえ、そんなことは……」


 悟浄の厳しい指摘を受けて、シャルロッテは首を竦めながら恐々と彼を伺う。

 超美男子の厳しい視線。「である」を聞かなかったことにすれば、その視線は背筋は疎か下腹部さえも刺激する危険なもの。

 だがシャルロッテは彼の口から出る「である」が、どうしても気になって仕方がなかった。


「当然、ホーリードラゴンに決まっているのである!」


「「ホ、ホーリー!?」」


 胸を反らして言い放つ悟浄の断言に、アルフレートとシャルロッテが目を見開いて声を揃えた。

 後ろに控えるビアンカ、そして体の異常を確認していたマテウスも、目と口を大きく開いて固まっている。


「うむ? 甲級のドラゴンだが、知らないのであるか?」


「い、いや、知っているが……冗談、だよな?」


「我輩、年増と冗談は嫌いなのである」


「だ、だってホーリーだよ? 全長が家十軒分もあるという、あの伝説のドラゴンだよ!?」


 驚愕に目を見開くシャルロッテの追及に、悟浄は首を捻って眉根を寄せる。


「確かに簡単に倒せる相手ではないが、一対一であれば普通に倒せるのである」


「……マジすか?」


「マジであるな」


「……ハァ」


 ホーリードラゴンを難なく倒せるという彼が、アルフレートには酒場の酔っぱらいと何ら変わずに見えた。

 話半分で聞くのが賢明なのだが、先ほどから最上級であるホーリードラゴン以外の名前を出すと急に怒り出すから始末が悪い。

 もう疲れ果てたアルフレートは悟浄へと大きく頷きなら、一刻も早くこの話題から離脱することを心に決めた。


「この盾も、そのドラゴンの鱗なのか?」


 体の異常を確認し終えたマテウスが、肩を回しながら悟浄とアルフレートに語り掛ける。


「当然である。そんな大きな鱗、ホーリードラゴンの背中以外には無いのである」


「そうか……本当に凄い盾だ」


「本当に凄いのは、それほどの盾をお前達如きに下賜される、我が主の度量の広さであるな」


「ま、まあそうだよな……」


 マテウスの質問に鼻息荒く答える悟浄を、アルフレートは呆れた表情でジッと見つめる。

 そういうのは本人、及び関係者が言うべきことではない……だろう。

 そんな想いがアルフレートの疲れた心を塗り潰していくが、戊級の探索者である彼等を遥かに超越する実力者を前にして、彼はその余計な一言をグッと飲み込んだ。


「そういうのって、普通は口に出さないんじゃない?」


「シャ、シャルーー!!」


「ふむ。ハッキリ言わないとお前達は判らないと思ってな」


「お礼なら、今度少年に会った時に言うわよ」


 シャルロッテから射出された思わぬ爆弾発言に、アルフレートは一気に顔を青ざめさせる。

 だがそんな彼の心配を余所に、悟浄は何食わぬ顔でシャルロッテへと怪訝な表情を向けていた。


「今度……?」


「そう、また今度ね」


 腕組みした悟浄が、眉根を寄せて首を傾げる。

 何か思い当たることがあるのだろうか? だがシャルロッテにはそれが何なのか全く判らない。

 その含みのある言い方を気にしたシャルロッテが質問を重ねようとしたその時、彼女の質問をマテウスの咳が制する。


「……ゴ、ゴホッ。ゴホッ」


「マテウス、大丈夫なの? この頃、咳が多いよね?」


「だ、大丈夫だ。問題は……ない」


「何かの病気じゃなければ良いんだがな……」


 マテウスの咳を心配したシャルロッテが下から彼の様子を伺う。

 彼女の隣で腕組みするアルフレートは、少々痩せた感じが否めない彼を心配そうに見守った。


「回復の魔法でも掛けてみましょうか?」


「戦闘後に何度も掛けてるだろ?」


「傷は回復するけど、体調は悪化しているように見えるよね?」


「ゴジョウさん、体調不良の原因が判りますか?」


 ビアンカの提案を却下したアルフレートへと、首を傾げたシャルロッテが素直な感想を告げる。

 マテウス程ではないが、実はアルフレートも気怠さを感じていたところだった。

 マテウスの表情、そして自分の体調に多少の不安を感じた彼は、頼りになる同行者へと率直に疑問をぶつけてみた。


魔力(マナ)中毒に決まっているのである」


 感情を悟らせない眼差しの悟浄が、当然と言わんばかりにアルフレートを見下す。


「マナ中毒!?」


「知らないのか? 魔力(マナ)の過剰摂取で臓器に負荷が掛かっているのであるな」


 悟浄の言を漠然としか理解出来ない四人だったが、その言葉の響きを非常に重く感じ始めて、気が付けば彼の方へとグッと身を乗り出していた。


「このまま放置したら……最後はどうなるんだ?」


 マテウスの身を案じつつも、自分の身にも降りかかった恐怖の結論をアルフレートは恐々と尋ねる。


「当然、死ぬのである」


「「「!!?」」」


 何事もないように言い放つ悟浄。そんな人非人のような彼を、四人は放心しながら暫く見続けた。

 死。いずれは訪れる人生の終着点ではあるが、まさかこんなにも早く辿り着いてしまうとは。

 俄かには信じられないその結論に泡を食いつつも、漸く立ち直ったアルフレートは厳しい眼差しを悟浄へと向ける。


「治療方法は……あるのか?」


「森羅万象、事象全てが一つ所に帰結するのは必然。どんな状態異常も治療方法は必ずあるのである」


「で、あるか……。ちなみにゴジョウさんは、このマナ中毒を治療出来るのか?」


「我輩、水魔法は使えないのである。従って治療は出来ないのであるな」


 一瞬だけ見えた光明を掴み損ねたアルフレートが、諦観を浮かべながら大きく項垂れる。

 ビアンカが持っている杖の属性は風。それとバカみたいに威力が高い光の二つだ。

 魔力(マナ)中毒が解消出来るという水の魔石は、残念ながら彼等の手元には無かった。


「今のところマテウスと俺が中毒に掛かっているようだが――」


「え!? アル……あんたもなの?」


「ああ、間違いない。ずっと体調が優れないんだ。で、ゴジョウさん。目立った異常は見られないが、この二人は大丈夫なのか?」


「遅いか早いかの違いだけ。死ぬのは間違いないのである」


 一切の興味も憐憫も見せずに、悟浄は四人を突き放す。

 そんな人間らしさを微塵も感じさせない悟浄を目を見開いて凝視しながら、四人はその震える体を自分でギュッと抱き締めていた。


「都合の良い話だとは思う。だが、どうにか助けては貰えないだろうか?」


「お前達はもう忘れたのであるか? あの時――」


 腕組みから手を解いて後ろ手に組み直した悟浄が、冷めた目でアルフレートを見下す。


「――シューベルト様が、此処には何も無いと仰ったのを。そのご忠告を聞かずに此処まで来たのはお前達だったな?」


「い、いや、それは……。確かに、確かにそうだ。だが、まさかこんなことになるとは想像すら出来なかったんだ!」


「我輩が命じられたのは、目的地までの案内だ。お前達の健康状態など預かり知らぬな」


「そ、そんな……」


 独特の口調が崩れた悟浄に違和感を覚えながらも、二の句が継げないアルフレートはその場で押し黙ってしまった。

 確かに少年の言を無視して此処まで来たのは自分だ。だがこの状況で自分達を見捨てるのは、人として間違っているのではないのか?

 そんな葛藤が彼の心中を暗く染め上げようとしていたその時、ふとアルフレートの脳裏に絶世の美少年の笑顔が浮かんだ。


「……シューベルト」


「呼び捨てとは……お前は今すぐに死にたいのか?」


「いや、そうじゃない。シューベルト、様。そう! シューベルト様に一度だけ聞いて貰えないだろうか!?」


「それは、お前達を治療すべきか否か、か?」


 アルフレートとシャルロッテが、見事なシンクロを見せつつ高速で首を縦に振る。

 そんな二人を暫く見つめていた悟浄だったが、フゥと息を吐いて悲しそうな視線を二人へと送った。

 険のあった表情が少し和らいだ気がするのは、果たしてアルフレートの気のせいなのか。


「期待に応えられず心苦しい限りであるが、シューベルト様に連絡を取る方法が無いのである」


「え!? で、でも、エスタブリッシュ? へ戻れば治療して貰えるってことだよね?」


「クナーベと言ったか? 残念だが、お前達はその前に死ぬのである」


「……え?」


 悟浄の断言を聞いて、シャルロッテの顔が蒼白となる。

 死。遠からず訪れると言われた終着点が、まさか既に目の前の迫っていたとは。

 俄かには信じられないその宣告に恐怖を抱きながら、シャルロッテは震える唇を固く結んで必死に堪える。


「ダメ、なんですか?」


「ペシェルと言ったか? ダメかどうかは、お前達の日頃の行い――ガッ!!」


 突然ビクンと体を震わせた悟浄が、即座にその場へと跪き蟀谷(こめかみ)へと指を当てた。

 一体何があったのだろうか? 高圧的な態度を崩さなかったあの悟浄が、真剣な面持ちで東の空を見つめているのだ。

 その重苦しい雰囲気に気圧された四人は、無言のまま悟浄の動向を静かに見守る。


「――はい、魔力(マナ)中毒と思われます。治療は可能ですが、この場に水属性を持つ者が居りません」


 どうやら先ほどのアルフレートの頼みを、悟浄が少年へと伝えてくれているようだ。

 先ほどの尊大な姿勢とは打って変わって、彼はその表情を一切緩ませることはない。


「――えきぞちっくなでしこ、でしょうか? あぁ、なるほど。彼女のことですか」


 一瞬だけ固まった悟浄だったが、大きく頷いた後で相好を崩した。


「ハッ! 承知しました。このゴジョウにお任せ下さい!」


 バッと立ち上がった悟浄が、正した姿勢のまま大きく一礼する。

 何事かと彼を見守っていた三人であったが、事態が好転したことを感じて悟浄からの続く言葉を静かに待った。


「先ほどの、お前達の願いは叶うだろう。今、此方に水魔法の使い手が向かっている。シューベルト様に海よりも深い感謝を」


「あ、ありがとう! ゴジョウさん!」


 大きく飛び跳ねたシャルロッテが、胸の内を素直に表すかのように悟浄の両手を握り締める。

 そんな彼女の手の平には、感謝と喜悦と言い表せぬ深い想いが込められていた。

 だが悟浄は、そんな喜びオーラに溢れる彼女の手をピシャっと振り切った。


「触るな! 汚らわしい」


「……え?」


「我輩、年増は趣味じゃないのである」


「……は?」


 シャルロッテ・クナーベ、二十歳。

 目の前に居る変態の、その主によって九死に一生を得る彼女であったが、その若さで年増と呼ばれることを深く遺憾に思う。


「アル、この魔石はどうする?」


 真っ二つにされたロックワームから簡単に魔石を取り出したマテウスが、下らない遣り取りを続ける集団へと近寄って来た。

 抱えているのは直径一メートルもある丁級の魔石。

 ロックワームの粘液が絡まりながら光を放つその姿は、中々に酷い様相を呈している。


「丁級の魔石か……流石にデカイな」


「だが捨てるのも躊躇われる。馬車の荷台に乗せてはどうだ?」


「だけど食糧もあるしなー」


「ゴジョウさんから少年に渡して貰えば?」


 アルフレートとマテウスの協議に、シャルロッテが見事な解決法を提案する。

 手に余るのであれば、彼の御仁へと渡せば一石二鳥ではないか。

 そんな妙案に気を良くしたシャルロッテが、冷めた顔で此方を見る悟浄へとその輝く瞳を向けた。


「まぁ、感謝を伝えたいのであれば我輩、吝かではないのである」


「ありがとう!」


 またもや手を握ろうとしたシャルロッテが、何かを思い出して一瞬だけ固まった。

 そしてその細い手をおずおずと引っ込めると、その横から魔石を持ったマテウスが割り込んで来る。


「確かに、預かった」


「……頼んだ」


 フッと薄く笑った悟浄が、胸ポケットから取り出した小さな箱に、その大きな魔石を一瞬で仕舞い込む。


「魔法の袋、か」


 アルフレートの羨ましそうな独り言に、悟浄は何の反応も示さない。

 振り返った悟浄は近くの木の下に歩み寄ると、背中を木に預けたまま腕組みをして静かに目を閉じた。


「……あの、この後の行動は?」


 突然の居眠りに驚いたアルフレートが、悟浄へと今後の予定を尋ねる。


「……待機だ」


 悟浄はそのまま無言を貫き何も話そうとしない。

 お互いを見つめ合った四人だったが、漸く彼の意思を汲んで馬車の周りで各々が寛ぎ始めた。

 そんな彼の態度を不器用な思いやりと勘違いしたシャルロッテは、此処まで一緒に旅をして来た飛燕の背を、心に温かいものを感じながら優しく撫でるのだった。






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