創造
此処はボガーデンの採鉱現場へと通じる坑道の、支流となる通路に隣接した一室。最近滅多に近付かなくなり閑散としてしまったその部屋は、彼が筆を執るべきの彼の執務室だ。
筆よりも槌を執りがちなサーシャは、もぬけの殻となった執務室に深く落胆するも、とある女性の姿を探し求めて執務室から勢い良く飛び出す。
執務室に続く坑道から一旦青空の下へ出ると、採掘場と工房に続く坑道へと入り直して、喜色に塗れた笑顔でその名を大きく叫んだ。
「ギョクリュウ殿! ギョクリュウ殿はおらんか!?」
一直線に採掘場へと向かいながらも、彼女が工房へと立ち寄る可能性をふと考慮したサーシャは、その短い足を少しだけ鈍らせる。
そして違和感を覚える。あの、鍛冶に一切の興味を示さなかった老女が、果たして今更工房に行ったりするのか、と。
自分を見下して薄ら笑う老女の姿を思い浮かべた彼は、老女が工房に居る可能性を脳内から削除して採鉱現場へと足を向け直した。
「残るは採掘場しか思い浮かばんのじゃが……」
光源の乏しき暗闇が覆う通路を、一切気にすることなく足早に駆け抜けるサーシャ。
何故彼が老女の姿を探し求めるのか。それは老女からの情報を元に試作していたチンコネルの製造が成功し、天を突くほどの喜悦が彼へと齎されていたからだ。
それはドワーフ達の長い武器製造の歴史でも突出した偉業であり、この成果はあと百年は塗り替えられない歴史的快挙、とこの時点では思われていた。
「ギョクリュウ殿! ギョクリュウ殿はおらんか!?」
「へ、陛下! お探しの老女は此処には居りません」
「そうか……。一体何処へ行ったのやら」
突如として採鉱現場に顔を出した国王に驚きながらも、作業員は知り得る情報をサーシャへと伝えた。
だがその答えは何れも芳しくないもの。予想通りの答えに落胆しながらも、サーシャは採鉱現場へと背を向ける。
「へ、陛下。そのお手持ちの剣はもしかして……」
「ん? あぁ、そうだ! この剣こそチンコネルだ!」
「「「おおー!!」」」
振り返ったサーシャが鈍色に輝く剣を翳すと、周りから一斉にどよめきが起こった。
素朴な見た目に似合わず、その強度と耐熱性は他の追従を許さない。
色んな素材を混ぜると強度が上がってしまう謎現象の具現化に、サーシャは勿論のこと配下一同も喜びを隠せずにいた。
「だがこの剣は、儂だけの努力で出来た訳ではない。お主らが採掘してくれている多種多様な鉱石のお陰じゃ」
「な、なんと勿体ないお言葉……」
「これからも宜しく頼むぞ」
「ハッ! お任せ下さい!!」
思いがけぬ主君からの労いの言葉を受け、採掘場の責任者らしきドワーフが喜悦に身を震えさせる。
当初、サーシャから鉱石の仕分けを命じられた時は、何を言われているのか彼は全く理解出来なかった。
ただの土くれに無限の可能性があるのだと、主君が目を輝かせて言うのだ。理解も反論も出来ず渋々とその言に従う彼であったが、その疑問は四日後に晴れることになる。
「その力強い剣を創造されるなんて……流石は陛下。その想像力は世界屈指、いや! 世界一でしょう」
「ん? あ、あぁ……そう――じゃな。いや、そうではない」
「ち、違うのですか?」
「この剣はな……ギョクリュウ殿から貰った文献を参考にして創造したんじゃ」
剣完成の経緯を聞いたドワーフ達は、全てが主の偉業でなかったことを知り一瞬だけ身を固める。
だがよくよく考えれば、文献を参考にした程度で新たな剣を創造するなど至難の業。
それをたった四日で具現化したことは正に偉業。お優しい主君の謙遜なのだろうと、配下達はお互いの顔を見つめ合って暗に得心していた。
「ですが、それを現実の物とされたのは紛うことなく陛下御自身です」
「いや、それはそうじゃが……」
「そうです! 陛下のお力がその奇跡を生んだのです」
「まぁ……そうじゃな!」
配下達の懸命なヨイショに気を良くしたサーシャが、少しだけ胸を張って顔を綻ばせる。
確かに彼等の言う通りだ。いくらレシピがあったからと言って、それを直ぐに再現出来るかと言われれば大いに疑問が残るもの。
料理本を見て美味しい料理が作れるのなら、卑猥なビデオを見て類稀なるテクニックを養えるが如しだろう。
「はい! それで、陛下は更なる高みを望まれるのですか?」
「ん? んん!? ま、まぁ……そうじゃなぁ」
「配下一同、楽しみにしております!」
「お、おぉう……任せておくんじゃ!」
ハードルの高さを自ら上方修正してしまったサーシャが、頬を引き攣らせながら力強く親指を立てる。
勿論、新ネタなど持っていないし、直ぐに創造することなど出来やしない。というか出来る訳がない。
自身の閃き力の低さを正確に把握しているサーシャは、脳内で自分を見下す老女を幻視しながら、新たなヒントを強請ろうと強く心に誓うのだった。
「老女が此処に来たら直ぐに報告いたします」
「うむ、頼んだぞ。では儂は他を探すとしよう」
踵を返したサーシャは、顎に手を当てて考える。
確かに、剣の仕上がりは会心の出来だ。だが剣とはあくまで実用性を重視した消耗品であり、間違っても生産性の低い高価な装飾品ではないのだ。
だから彼は考える。阿呆みたいな生産効率の悪さを解消し、量産ラインに乗せられる素晴らしい案を。
「……儂が考えるのか?」
シルヴァーニが居れば安心して丸投げすることが出来るのだが、彼が今居るのはホワイクロスだ。
グリゴリーはライフィールへ向かっているし、此処にはラシードしか残っていない。
だがラシードは完璧なまでのお役人気質であり、生産体制改善への提案などまったく期待が持てないだろう。
「潰しがきかないドワーフか……。馘にしたらアイツ、どうするんじゃろ?」
勿論だが馘になどしない。しかし書類整理しか出来ないドワーフが無職となった場合、何をするのか興味が尽きないのも偽らざる本音だ。
ラシードの困り顔を想像してニヤニヤしながら、サーシャは洞窟の通路を抜けて再び太陽の下へと戻った。
そして彼は見つける。羽衣を纏って北西から此方へと飛翔して来る、待ちに待った老女の姿を。
「ギョクリュウ殿!!」
サーシャの大声を聞いて眉間に皺を寄せた老女は、彼の眼前に降り立って彼へと厳しい視線を向けた。
「ギョクリュウ殿、これを見て欲しいんじゃ!」
「なんじゃ騒々しい……」
「チンコ! そう、チンコネルの剣が出来たんじゃ!」
「ほぉ……どれ、見せてみよ」
サーシャから剣を受け取った老女が、剣を掲げてジッと見つめる。
彼女には剣の出来など判りはしない。だがそんな彼女でも、この剣が理想にまだ届いていないことだけは直ぐに判った。
何故なら彼女が主君から預かり既に彼へと手渡した銀剣からは、今手にしている剣とは比較にならないほどの力を感じたからだ。
老女は掲げた剣をそっと降ろすと、審判を待つ罪人のような表情のサーシャへと剣の柄を向けた。
「ど、どうじゃろう?」
「フンッ、まだまだじゃな」
「そ、そうじゃな……。まだまだじゃろうな」
チンコネル製の剣を作るだけでも大変なのに、性能まで完璧にするのはいくらサーシャと言えど困難を極めるのだ。
完成度を上げるにはとにかく数を作るしかない。その結論に達したサーシャは諦観を浮かべて目を瞑った。
「用はそれだけか?」
「あ! いや……折り入って相談があるんじゃが」
目の前の小さな老女に、サーシャが上目遣いで恐々と申し出る。
「相談……?」
「う、うむ。ギョクリュウ殿のお陰で、この通り。新たな剣を作ることが出来た」
「儂のお陰ではない。儂がお仕えする主のお陰じゃ。間違うでない」
「あ、そ、そうじゃ。そうじゃった。ギョクリュウ殿の主殿には改めて深い感謝を。それでじゃが……これよりも更に強い剣を創りたいんじゃが」
方眉を上げた老女の顔を、冷汗を垂らしたサーシャが恐々と伺う。
「単結晶での鋳造には成功したのか?」
「成功率は極端に低いが、数本に一本の割合でなんとかじゃな」
「ふん、もっと精進せねばな」
「う、うむ……。もっと頑張るとしよう」
ド素人からの鍛冶への指摘に、どこか納得のいかないサーシャ。
だが此処でそれを指摘して彼女を怒らせてしまえば、これまでの胃に穴が開くような気遣いが水泡に帰してしまう。
だから大人であるサーシャは、その静かな怒りを腹の底へと仕舞い込んだ。
「話を戻すが、チンコネルを超える秘法があれば、是非買い取らせて欲しいんじゃ」
「……対価は用意出来るのか?」
「え? あ、あるのか!? そんな秘法を知っておるのか!?」
冷汗を掻くサーシャを嘲笑うかのように、老女がニヤリと片方の口端を上げる。
そんな彼女の表情が無言で語っているのだ。その秘法を用いれば、想像を絶する超高性能の剣を創り上げられるだろう、と。
だが逆を言えば、そんな秘法だからこそ、おいそれとは教えることが出来ない。
「その秘法は此処に書いてある」
老女が取り出したのは一枚の紙きれ。
一般的な紙よりもかなり高級な品質に見えるが、問題はそこではない。
その紙に書いてある内容が問題なのだ。
「お、おぉ……」
神聖な物でも掴むように、サーシャは慎重に紙へと両手を伸ばす。
神聖にしてカミとはこれ如何に。
だが相対する老女は、震える手を伸ばしたサーシャを厳しく一瞥した。
「触るな」
「あ……す、すまぬ」
「その前に一つ確認したいのじゃが、ニオブと一緒にタンタルが取れたのは間違いないのじゃな?」
「あ、あぁ、その通りじゃ。約束通り、タンタルは全てお主に渡そう」
チンコネルに必要な金属は主に、ニッケル、鉄、クロム、ニオブ、モリブデンなのだが、ニオブ採掘の際に同時に採れてしまうタンタルについては、今現在彼等は必要としていなかった。
しかし不要だったのは今の今まで。もしその紙にタンタルと書かれているのならば、いくら無様であろうと二枚目の舌を用意することにサーシャは躊躇しない。
「良い心掛けじゃ。ではこの紙の対価に何を支払うのかじゃが、その前に教えておいてやろう。この紙に書かれているのは、"超真鋼"の作り方じゃ」
「ちょ、ちょ、超真鋼!?」
「ふんっ。素晴らしい名前じゃろう? 我が至高の主が付けた名じゃ」
「す……素晴らしい。あぁ、素晴らしい名前じゃ!」
此方を見下して胸を張る老女へと、喜悦に顔を歪めたサーシャが絶叫を送る。
彼等ドワーフの傑作である真鋼、そして先ほど出来上がったチンコネルをも超える新たな剣の可能性に、サーシャの心は爆発してしまったのだ。
目の前に好物を置かれた犬のように、鉱物を置かれたドワーフのように、サーシャは爛々と輝く目を老女へと向ける。
「まあ、耳は腐っておらぬようじゃな。では話を先に進めるかの」
「そうじゃな。それが良い。そうしよう……」
独り言のように呻いたサーシャが、定まらぬ視線で虚空を見つめた。
そんな彼を見下す老女は、怪しげで挑発的な目を更に細める。此処から先の彼の発言が、自分と握手しようとするものなのか、それとも自分を落胆させるものなのか、彼女の興味は尽きない。
そして暫くして、サーシャは呻くように言葉を溢した。
「ヘラクレス……」
サーシャの目はまだ虚空を泳いでいる。
「……いや、それじゃ足りん。アマルテイア……か」
「ふん……貴様が持っておったか」
地神であるクセノパネスが創造したと伝えられる神器。名は"アマルテイアの角"。
その神器は気候を変動させるほどの絶大な力を持ち、その行方は今の今まで不明とされていた。
そう、今までは。
「だが正直に言えば、我が国の至宝たる神器をおいそれとは渡せぬのも事実じゃ」
「では諦めるか? 儂はそれでも構わんぞ?」
「いや、それは……。あ、証拠。その秘法が真実であると証明できる、証拠になる物は持ってはおらんのか?」
「証拠のぉ。ではこの"金属ガラスちっくな剣"を一目見るが良い!」
老女が何処となく取り出したのは、絶大な力を内包した鈍色に輝く一振りの剣だった。
その剣から魔法的な力は全く感じられないが、その切れ味はサーシャが今まで作った剣を遥かに凌駕するのは間違いない。
一目見ただけで剣の虜になったサーシャは、その身体に秘められた能力を全解放するかのような瞬動で、老女が躱しきれない速度で彼女の両手を包み込んでいた。
「な、何をするのじゃ! 離さんか!」
「あ、す、すまぬ」
我に返ったサーシャが一歩だけ後ろへと下がり、興奮冷めやらぬ顔で老女へと質問を続ける。
「で、その秘法通りに作れば、この剣を作れるのか!? そうなんじゃな!?」
「ちょっと落ち着かぬか。この剣は、この種の製法で作れる剣としての完成形とのお話じゃ。此処に書いてある秘法では作れん」
「そ、そうか……それは残念じゃ」
「だが此処にある秘法通りに剣を作ることが出来れば、この"金属ガラスちっくな剣"を作ることも可能となるじゃろう」
剣を掲げた老女を、サーシャは羨望の眼差しで見つめる。
だから老女は剣をサーシャへと手渡した。
「これは先に渡しておく。よく見ておくが良い」
「ギョ、ギョクリュウ殿ぉ!! 恩に着る!」
だらしない顔のサーシャが、愛しい剣へと頬ずりを始める。
密かにドン引きする老女であったが、彼女はそのことを口にすることなく、生暖かい目で彼の痴態を見守った。
「では、この秘法は"アマルテイアの角"と交換じゃ。それで良いな?」
「あ? あ、ああ。それで構わん。明日までには用意しよう」
「交渉は成立じゃな。では今日は此処でお暇しようかの」
「う、うむ。では明日の巳の刻に執務室へ来てくれ」
引き締まらない顔のサーシャが、老女との明日の約束を取り付ける。
用意するのは神器、そして受け取るのは紙きれ。だがサーシャにとって、いや、連合王国にとって、その紙の価値は神器の重さを遥かに超えているのだ。
そんな彼を皮肉気に見下した老女が洞窟に背を向けて立ち去ろうとする。
「そうじゃ……」
だが彼女は直ぐに歩みを止めてサーシャへと振り向いた。
「その剣を作るのに一番重要なことを教えてやる」
「……うむ? 一番、重要なこと?」
「そうじゃ。その剣を作るのに必要な、絶対に欠かせないことじゃ」
「そ、それは一体……?」
今も剣を抱き締めたままのサーシャがゴクリと喉を鳴らす。
「時間、じゃ」
「……時間?」
理解が追い付かず、サーシャは目を見開いて小首を傾げる。
「確か……一を数える間に、溶けた状態から手で持てる温度まで、一気に冷やさなければならぬそうじゃ」
「一気に冷やす……? そんなことが可能なのか?」
「魔法を使えば良いじゃろ」
「なるほど……確かに水魔法であれば、可能かもしれんな」
無茶ぶりと思えた老女の言も、冷静になりさえすれば僅かながらも可能性は見えてくるもの。
サーシャは腕組みをしながら、目を瞑って何か物思いに耽る。
そんなサーシャを見た老女は、鼻を鳴らしながら主君から聞いた言葉を彼へと伝えた。
「製造に成功すれば、剣の耐久度は三千めがぱすかるを超えるそうじゃ!」
「さ、三千!? そ、それは……何の単位なんじゃ?」
「知らん! だが途轍もなく強い、という意味だそうじゃ!」
「そ、そうか……教えてくれてありがとう」
自身満々の老女を見つめながら、サーシャは何故か胸の高鳴りを感じる。
めがぱすかる。言葉の意味は良く判らないが、使い勝手の良さそうな語感と力強さを感じさせるその響きに、彼の思考がやっと追い付く。
「お主の主殿は、正に天才じゃな」
「何を今更。そんなこと当然じゃろう」
「そうじゃな……今更じゃった」
険の取れた表情で、サーシャはそっと剣を抱き締める。
今日はこの剣があれば満足出来るだろう。だが明日こそは、あの紙を見なければならない。
サーシャは温もりが伝わった剣を抱き締めながら、神器の用意だけは忘れぬよう深く心に刻むのだった。
サーシャと別れたラウフェイは、採掘場へと向かう道すがら遠く北西を見つめる。
目を瞑りながら慈母のような笑みを湛えた彼女は、暫くその場に立ち尽くして今後の明るい未来を脳内に描いた。
神器を持っての帰還。近年稀にみるその偉業に、彼女の身震いが止むことはない。
「ふふっ……うふふ」
喜悦に歪んだ彼女の口から、年齢に似合わぬ気持の悪い笑いが零れる。
神器を持って帰ったら、自分は主君からなんと褒められるのだろうか。
また全身を隈なく擦って頂けるのではないか? そんな明るい未来が彼女の精神を天国へと誘った。
「今度こそは失神せぬように気を付けねばな……」
過日の失態を思い出しながら、ラウフェイは暗い洞窟へと歩みを進める。
以前、主君と同衾した際に、嬌声を上げて失神してしまったのは記憶に新しいところだ。
次第に熱くなる首と頬を意識していた彼女だったが、歩みを進めながら重大な見落としに気付いてしまう。
「べ、ベンヌ様!!」
神器を入手して先ずすべきことは、上司への報告だろう。
ラウフェイの上司とは、勿論あのベンヌ・オシリス。
畜生道の道主にして最高戦力の一角たる彼女への報告をすっ飛ばし、直接主君へ報告などしようものなら、彼女には一体どんな折檻が待ち受けるのか。
「あ、危なかった……」
滴る冷汗を拭いながら、ラウフェイは神器入手の直接的な報告を諦める。
早急な道主への報告を心に誓うと共に、彼女は自分から直接報告すべきタンタルの入手に心を砕いた。
神器の手柄は主に譲るとしても、タンタルだけはなんとしても……。
そんな熱い想いで胸を焦がしながら、ラウフェイは男達の汗の臭いが充満する採鉱現場へと勢い良く駆け出した。




