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Lords od destrunction  作者: 珠玉の一品
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方針



 城を取り囲む一重の城壁に手を掛けたマインゴススが、歯軋りをしながら辺り一帯を見回す。

 厳ついながらも精悍な顔に唸り声を乗せた彼は、厳しい視線で眼下の絶望に抗い続ける。

 王都ハイファウムから遥か西南西に位置するウェスリブの城は、今まさに大量のモンスターが幾重にも取り囲んでいた。


「何故だ……何故此処にこれほど大量のモンスターが?」


 ウェスリブの騎士団長であるマインゴスス・ギンガーが、両手にあり得ないほどの力を込めて後手に回った過日の己を恨む。

 当初報告に上がったのは、たった数体のコボルトの目撃情報だった。都市付近でモンスターを見掛けるのは珍しいことではある。だがしかし、たかが数体の辛級のモンスターなど警戒する必要も無く、マインゴススは気に留めることなくそのまま捨ておいたのだ。

 それが間違いだと気付いたのは翌日以降のこと。数体だったモンスターはたった三日で数千にまで膨れ上がり、今ではこの城を隙間なく取り囲むほどの数に上っている。


「コボルトにオーガ、それに……マンティコアか。流石にこの数では、駆逐は疎か撃退するのも不可能だな」


 表情を後悔で曇らせたマインゴススは、押し寄せるでもなく引くでもなく、ただ静かに城を囲み続けるモンスター達をジッと見下ろす。

 モンスターとは知性のない獣。そう今まで思い込んでいたマインゴススだったが、眼前に広がる異常な光景を目の当たりにして、己の凝り固まった先入観を密かに改めていた。


「援軍は要請されたのでしょう? ギンガー団長」


「あぁ、ハウンドリブとカウンティ、それにブレノーアイに、な」


「グリフォンはどちらへ?」


「ブレノーアイだ。ヒンデンブルク候であれば、良い方法をお考え下さるだろう」


 自身の愛騎である陛下よりお預かりしたグリフォンの行き先を告げて、マインゴススは南東の空をジッと見つめる。

 丙級の幻獣であるグリフォンならば、伝令役の部下を目的地へと安全に送り届けてくれるだろう。

 そう心から願うマインゴススは、冷静にモンスター達を観察し続けるローレンツへと視線を移した。


「そうですね。守りを固めてさえいれば南北からの挟撃で、いずれはあれらを撃退出来るでしょう」


「そうだ。守りを固めてさえいれば必ず!」


「ですが妙ですね。何故モンスター達はあの場に留まり続けているのでしょうか?」


「さあな。そんなこと俺にはわからんよ。だが相手はモンスターだ。攻撃以外の意図はないだろう」


 遠巻きに城を取り囲むだけで、攻めるでもなく陣を組むでもなく、ただ相対し続けるモンスターの集団。

 見える範囲だけでもその数は数千。茂みに潜んでいる可能性まで考えれば、その数は伺い知ることが出来ない。

 騎士団の中でも精鋭を当てれば、オーガだけは追い払うことも可能だろう。だが気になるのはマンティコアの総数である。己級であるマンティコアを複数を撃退するのは、決死の覚悟で挑む彼等でも流石に荷が勝ち過ぎるのだ。


「それよりも、奴等は一体何処から現れたんだ?」


「南西からだと思われますが、確証はありませんね」


「南西……? だが南西には険しい山々が連なっている。モンスター達はその山を越えられないはずだろう?」


「先日の大爆発が関係しているのかもしれません。我々も調査を行いたいのですが、当該地域は魔国領ですので……無理でしょうね」


 うーむと唸りながら南西へと視線を向けるマインゴススだったが、この場所からでは国境の山々を望むことは出来ない。

 直線距離にして二百里の距離。モンスターが溢れ出したと推定される場所は、此処からそれ程までに離れているのだ。

 モンスターの出現場所は参与であるローレンツ・ホイスディンクの推測通りだろう。だが問題はこの状況をどう打破するのか。言葉の通じないモンスターが相手では、純粋な武力に訴えるしかないだろう。


「厄介なのはマンティコアだ。周囲にどれほど潜んでいるんだろうな」


「目視では確認しきれませんね。見た目通り一体なのかもしれませんし、実は数百体が潜んでいるのかもしれません。こればかりは……」


 近付く訳にもいかず遠目に様子を伺うだけのローレンツが、肩を竦めてマインゴススへと諦観の表情を送る。

 マンティコア。ライオンの顔に人型の体、サソリの尾を持つ己級のモンスターであり、その戦闘力はキマイラに次ぐ実力を誇っている。

 それがただの一体に限るのであれば、騎士団長であるマインゴススの障害とはなり得ない。だがこれが数体であった場合、その前提は一変してしまうのだ。


「このままお見合いを続けても、消耗するのは我々の方だ。早急に善後策を講じるしかあるまい」


「一旦、バイエルン閣下の下へ報告に行きましょう」


「そうだな。それが良いだろう。それにしても……あの旗には一体なんの意味があるんだ?」


「マンティコアの持つアレですか?」


 南門の正面に立つ一体のマンティコアが、何故か真っ白な旗を持って姿勢を正している。

 昨日初めて見掛けたモンスターなのだが、コボルトやオーガが動き回っている最中も、奴だけは何故かその場を全く動かないのだ。

 その旗で何かを訴えたいのか? だが手に持っているのはただの白い旗。それに一体何の意味があるのか判らず、マインゴススとローレンツは只々首を傾げるだけだった。


「そうだ。モンスターが旗を持つなど、通常は有り得ないことだ」


「白い旗に意味があるとは思えません……。おそらく人間の真似でもしているのでしょう」


「……そうかもしれないな。モンスターが意味ある行動を取るなど、流石に有り得ないだろう」


「はい。杞憂かと思います」


 まだ此方を凝視し続けるマンティコアから南の空へと視線を移して、マインゴススは小さな溜息を一つだけ溢す。

 この状況をどう打開すれば良いのか。騎士団全軍を以ってしても、正面からまともにぶつかれば全滅は免れない。

 最小限の被害でモンスターを撃退するには、その中核を成しているボス的な存在をピンポイントで狙うしかないだろう。


「……不可能だな」


「何がですか?」


「あぁ、何でもない。じゃあ早速――ん? あれは?」


「どうしました?」


 振り返ろうとしたマインゴススが、南の空に奇妙な物体を見つける。

 モンスターであればワイバーンであろうが、色合いがそれとは全く異なっている。

 その身体は赤黒い斑点が特徴的と思われたが、よく観察すればその身体はライオンのような黄褐色の毛に包まれていることが確認された。


「グリフォン!?」


「伝令が戻ったのですか? しかし、時間が合わないような……」


「いや、グリフォンだけだ。その背には誰も……」


 マインゴススの言葉が力なく途切れる。

 伝令を乗せて飛び立ったはずの幻獣が単騎で戻って来たことに、彼は最悪の結果を想像せざるを得なかった。

 ウェスリブとブレノーアイの間に、空戦可能なモンスターが出現したこと。そのモンスターが丙級の幻獣であるグリフォンを、力、或いは数で撃退せしめたこと。そしてその結果、援軍の要請がブレノーアイへと届かなかったことが考えられた。


「事態は最悪を迎えましたか……」


「食糧の備蓄は?」


「収穫前でしたのでそれほど多くはありません。二十万の民を養うことを考えれば持って一週間、口を糊させるにしても一ヶ月が限度でしょう」


「一ヶ月の間に援軍が到着してモンスターを撃退、そして食糧を運び込む……か。夢物語だな」


 城壁へと(もた)れ掛ったマインゴススが、諦観の滲んだ表情で大きく項垂れる。

 時間も戦力も、そして気力さえも不足したこの状況に震え、マインゴススは城壁を強く握りしめた。

 果たして彼は伝えることが出来るのだろうか? この城を懸命に守備する城兵達に対し、自分と共に死んでくれ、などと。




 グリフォンの到着を待ったマインゴススとローレンツが、急ぎ城主の下へと駆け付けた。

 執務室の最奥に座するのはウェスリブ城主にして、辺境伯であるアルベルト・マルクグラーフ ・フォン・バイエルン。

 五十を超えて老年の域に達しつつある彼は、優しい顔に厳しさを滲ませながらも部下達を室内へと迎え入れる。


「ご報告いたします」


 主へと一礼したマインゴススが厳しい視線のまま要件を切り出した。


「モンスター達は城を取り囲んだまま、何ら行動を起こしておりません。現在は膠着状態が続いておりますが、均衡が崩れるのも時間の問題と思われます」


「ギンガー団長。それは君の主観による憶測かね? それとも何か根拠となるものが?」


「グリフォンが帰還しました。しかし伝令は戻っておりません。そしてグリフォンの背には伝令の血が万遍なくこびり付いておりました」


 アルベルトの眉がピクリと上がる。


「それは即ち、モンスターに襲撃されたことを意味すると?」


「はい。私はそう判断いたしました」


「閣下。私もギンガー団長の意見に同意します」


「ホイスディンクもそう思うのか……。であればそうなのだろうな」


 グリフォンの帰還理由がモンスターとの交戦によるものであれば、現在城を取り囲んでいるモンスターとの決戦も覚悟しなければならない。

 カウンティかサマグロに居るであろうモンスターが好戦的で、この城を取り囲んだモンスターが友好的であるなど、決して有り得ることではないのだ。

 だが同時に、何故モンスターが城を襲わないのか、という疑問も残る。言葉の通じないモンスターの気持ちなど察することは出来ないが、それでも彼等に理性があるとは到底思えなかった。


「まさか兵糧攻めという可能性は……」


「彼等は知性どころか、理性さえ持ち合わせない生き物です。それは有り得ないでしょう」


「そうだな。ホイスディンクの言う通りだ。だがこの状況を早急に打開しなければならないのも揺るがぬ事実」


「閣下! 私に突撃の許可をお与え下さい! 鎧袖一触、モンスターを撃退してご覧にいれます!」


 停滞した空気を切り裂くように、マインゴススが主へと向かって声を張る。

 今この状況を打破し得る可能性があるのは、騎士、そして兵士を率いることの出来る彼だけだ。

 そして彼はこの日の為に禄を食み訓練を重ねて来たのだと自負している。


「ギンガー団長の気持ちは嬉しく思う。だが君を無駄死にさせるような決断は私には出来ない」


「しかしこのままでは! 弱ったところを攻められるくらいならせめて! せめて打って出ることをご許可下さい!」


「冷静になれ、ギンガー団長。君が討ち死にしてしまったら、一体誰が残された民を守るというのだ? 君は最後まで此処に残るべきだろう」


 悲壮感に溢れるマインゴススを、寂しさを募らせたアルベルトが優しく諭す。

 オルトロス達に先頭を走らせ、騎馬隊でもって奇襲を仕掛ければ、撃退は叶わないまでも激痛を与えることは可能だろう。

 だがその際に受けるであろう大きな損害を考慮すれば、その無謀な作戦を許可することなどアルベルトにはとても出来なかった。


「せめて敵の位置と数さえ把握出来れば……」


「もう少し経てば全容が見えるかもしれません。焦らずに此処で我慢するのも大切だと思いますよ。ギンガー団長」


「あぁ、判っている。解っているさ……ホイスディンク」


「では閣下、今後のことについて協議をさせて下さい」


 逸る気持ちを抑えきずに苛立つマインゴススを、ローレンツは柔らかい口調で優しく諭す。

 この状況に焦りを覚えない訳ではない。だが自分まで感情的になってしまっては、事態が好転するどころか悪化するのが関の山。

 だからローレンツは今後の判断を主へと委ねた。守るにせよ打って出るにせよ、どんな結論に達しようとも、最後の判断はアルベルトに下して貰うしかないのだ。


「南東方面からの援軍は当てにならないだろう。であれば今は、守備を固めつつハウンドリブからの援軍を待つしかない。それで、援軍の到着予定は?」


「順調にいけば一週間。予想外の問題が発生し仮に迂回を強いられたとしても、二週間もあれば戻れるでしょう」


「二週間か……食糧は足りるのか?」


「通常通りで消費すれば、二週間分を充当するのは厳しいでしょう。もしそれ以上の日数を稼ぐのであれば、一度の食事量を減らすしかありません」


 未だ攻撃の気配さえ見せないモンスター達。攻城兵器さえも持たぬモンスターの、知性の感じられない城攻めであれば、城壁を利用しながらの抵抗で撃退は難しくないだろう。

 だが問題は別のところにあった。モンスター達が引き下がるまでに必要な、生存の根幹となるべき食糧が絶対的に不足しているのだ。

 決戦。そんな最悪の言葉がアルベルトの脳裏を過ぎる。だが勝ち目の無い戦に配下達を投入するなど、非情になれきれない彼には決断が出来なかった。


「ギンガー団長。グリフォンのダメージは?」


「グリフォン自体は無傷です。流石は丙級、というところでしょうか」


「そうか、それは重畳。ならば……君はグリフォンに乗ってツェーロへと向かってくれ」


「わ、私がですか!?」


 アルベルトから出された戦線離脱の命に、マインゴススの顔色は一変する。

 防衛の責任者である自分がこの地を離れるなど、とても甘受できるものではない。

 だが主に反論することもその命に背くことも出来ず、彼は厳つい表情に只々苦渋を浮かべていた。


「そうだ、君しか居ない。前回と同じように一般兵を送ったとしても、ツェーロまで辿り着けない可能性が高いだろう」


「……」


「それにハウンドリブやツェーロにもしモンスターが襲来しているのなら……その場合は援軍の要請は諦めるしかない。その判断も含めて君に依頼したいのだ」


「……王都へは申し出ぬのですか?」


 主から明確な道理を聞かされたマインゴススは、力なく項垂れながらも最後の希望を口にする。

 だがアルベルトは静かに首を左右に振って、涼し気な視線を彼へ投げ掛けるだけだ。


「ツェーロが襲われているのならば、王都の軍は必ず彼の地の防衛を優先する。南東方面の援軍が望めないのであれば、王都への援軍要請は徒労に終わるだろう」


「……承知しました」


 主からの優しい視線に包まれながらも、マインゴススはギュッと唇を噛み、そして耐える。

 仲間達を置き去りにしてこの地を去らねばならない自分の境遇を、そして主に気を使わせてしまった自身の愚行を、彼は呪わずにはいられなかった。


「そして運悪くツェーロからの援軍が望めず、その境遇においても運良く君が無事に戻ることが出来た暁には、外部を取り囲んでいるモンスターへの吶喊(とっかん)を行う」


「!!」


「ホイスディンク、異論は?」


「何一つございません。ご英断、承知いたしました」


 アルベルトから今後の方針を受けて、ローレンツは背筋を伸ばして表情を引き締める。

 その横では、マインゴススが口端を喜悦で歪めていた。


「援軍要請の任、拝命しました。無事に帰還し乾坤一擲、奴等を追い払ってみせましょう」


「うむ。期待しているぞ、ギンガー団長。それでは直ぐに出立してくれ」


「兵は神速を尊ぶと申します。直ぐに行動を開始し、一刻も早くこの地へと戻ります――」


 表情を引き締めたマインゴススが、隣で静かに佇むローレンツへと厳しい視線を移した。


「――そしてホイスディンク、何時でも出撃可能なよう体制を整えておいてくれ」


「承知しました。お任せ下さい」


 笑顔で承諾を伝えるローレンツ・ホイスディンクへと頷きで返し、バイエルン辺境伯に大きな一礼を見せたマインゴスス・ギンガーが足早に部屋を出る。

 彼の背に漂う悲壮感が事態の深刻さを如実に物語り、警鐘のように鳴り響く彼の足音が周囲の緊張を更に高めていく。

 風雲急を告げるウェスリブ。この地の命運を彼の肩だけに掛ける訳にはいかない。アルベルトはその想いを更に強めた。


「さてホイスディンク。ギンガー団長が戻るまでに対策を講じるとするか」


「はい、閣下。吶喊(とっかん)に勝る策ですね。今から考えましょう」


 眉尻を下げてすまなさそうに見つめるアルベルトへと、ローレンツが引き締め直した視線を送る。


「少し風に当たるのも良いだろう。ギンガー団長を見送ってくれ」


「承知しました。それでは一旦退出させて頂きます」


 一礼したローレンツが執務室を後にする。

 残された時間は残り僅か。

 アルベルトは己の無策ぶりに心を折られながら、苦痛に心を歪めて大きく息を吐き出した。






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