確認
ルシファーは先ほどのレストエスの発言が気になっていた。
(お子様……か)
まったく自慢にならないが、良くも悪くも”おっさん”であると自覚するルシファーにとって、どう見てもアスラとレストエスの方が年下に見えるのだ。
アスラは二十五歳前後、レストエスに至っては二十歳前後に見える。普通なら会話の切っ掛けさえ掴むのが難しい年齢差。
若い美女から慕われるなどおっさんからすれば青天の霹靂ではあるが、二人はルシファーをおっさんとは見ていないようだ。
「アスラ、鏡を持っていないか?」
「鏡……ですか? 持ってはおりませんが、何にお使いでしょうか?」
突然の質問に小首を傾げるアスラ。鏡と言えば姿を見る以外、使用方法は限定されるはず。ルシファーは質問の意味を率直に問うてみる。
「自分の姿を見たいと思ったのだが……。他に別の使い方があるのか?」
「いえ、フルーレティが持つ鏡かと思いまして……。思い違いをいたしました」
アスラは自分の勘違いを恥じ、レストエスを見る。アスラに見られたレストエスも小首を傾げた。二人ともにフルーレティを連想したようだ。
”フルーレティ”と言われてもピンと来ないルシファー。それよりも自身の姿の方が気になって仕方がない。
「何か姿を見る方法があれば良いのだが……」
ルシファーの要求に何とか応えようとするアスラが、暫く考えた後でパッと顔を明るくする。レストエスは考えるのが苦手なようで、既に思考の継続を諦めているようだ。
「レストエス。ルシファー様のお姿が入るだけの<アイスランス>を出して欲しいの。出来るかしら?」
「でも、水魔法は適正しか無いし。あたしの魔法だけじゃ無理」
「そうよね。じゃ水はそこのを使うとして、氷柱を作るだけなら問題ないわね? ――<隕石>」
レストエスの頷きを理解と判断したアスラが、遺跡の前を流れる川に小さな小さな隕石を落下させた。
隕石の落下により生じた水柱はおよそ二メートル。レストエスはすかさず、その水柱に向けて<風の盾>を発動する。
水柱を包む風の盾は外部から新たな風を取り込み続けつつ、水柱を中心に竜巻のように高速回転する。ルシファーが元居た世界で言うところの所謂”ボルテックス効果 ”だが、二人はこの原理を知らずに経験則で使っているようだ。
ボルテックス効果により風の盾の内側は冷却され、内側から奪われた熱は外側へ排出される。暫くすると、そこには高さ二メートルの氷注が出現していた。
「うん、想像通りよ。それじゃ少し離れて貰えるかしら?」
レストエスが離れると同時に、何処からともなく取り出した薙刀状の武器、グレイブをアスラは振り抜く。
振り抜かれた先の氷柱は真っ二つに分かれ、見事なまでに滑らかな切断面を晒していた。
更にアスラは<火炎嵐>を唱えると、その火でアイスランスの切断面を軽く炙る。
通常、先ほどの<隕石>もそうだが<火炎嵐>の威力をここまで抑えることは常人には到底不可能な業なのだが、まったく魔法知識の無いルシファーにわかる筈も無かった。
「ルシファー様、これで如何でしょうか? 御身をご確認頂けるかと思います」
アスラが指すその先には、切断面が鏡面にまで磨き上げられた、鏡と呼ぶに相応しい氷鏡がそびえ立っていた。
その匠の技に、密かに心からの称賛を贈るルシファー。「アスラ、レストエスありがとう。では早速……」と鏡の前に立ち自身を確認するが……。
(だ、誰だ……これ!? 銀髪!? 美少年?……いや、美少女!?)
頭頂で奇麗に分かれた長いストレートの銀髪。その中性的な外見は男性とも女性とも言えぬ雰囲気を纏っていた。一言で表すなら”天使”が最も適切とさえ思える自分の姿を目にし、ルシファーはただ茫然と立ち尽くす。
ルシファーにはわからない。何故自分が若返ったのか、なぜ中性的な外見なのか、なぜ二人がこの姿のルシファーを本人だと認識出来るのか、全てが理解出来ないことだった。
身長は百六十cm程度。元の世界では百八十cmあったルシファーは、鏡に映る自分に尋常でない違和感を覚える。背負った剣は全長で百五十cmはあるだろう。目はビーフブラッドと呼ばれるルビーの色そのものだった。
(ん……? ということは、アスラが百七十cm、レストエスが百六十五cmくらいか? 百九十cmもあると思っていたとは……女性に対し失礼な話だ。メートル法が通じなくて良かった)
何か独り言をこぼしながら鏡の前に立つルシファー。大きな身の変化に大きなショックを受けたのだろうとアスラは思う。
「ルシファー様が混乱なされるのはご尤もです。ですがご安心下さい。今までとは違うお姿でも、例え誰が敵に回ろうとも、私達が死してもルシファー様をお守りいたします!」
アスラは毅然とした態度と恍惚とした表情で自身の思いの丈を、静かに、力強く語った。
「死んでもなどと……」
アスラの決意に一瞬、ルシファーは心地よい響きを感じる。絶世の美女が自分のために「身を挺して守る」とまで言ってくれたのだ。本来なら男心をくすぐる嬉しいワードのはず。
しかし今のルシファーはそんな行為など望んでいない。重さすら感じさせるアスラの発言に、ルシファーは少しだけ怒りを覚えた。
(なんか……死んだら俺の責任みたいな言い方、止めて欲しいんだけど)
「アスラ、死んでもなどと二度と言ってはならん。当然だが死ぬのはもっと許さん。レストエス、お前もだぞ? 分かったな?」
今まで聞いたことの無いルシファーからの厳しくも優しい警告を耳にし、二人は目を丸くしてルシファーを凝視する。
自分達はあくまでルシファーの盾であり、駒であり、踏み台である。今まではそれが当たり前だったし、そんな存在であるべきだった。
しかし目の前の主人は今、「生きよ」とお命じになられた。確かにそう仰ったのだ。これに勝る喜びがあるだろうか? いや、あるはずがない!
「ルシファー様の厳命、しかと承りました! 今後はより一層の忠義を尽くすこと、ここに誓います!!」
「あ、あたしも! 誓います!!」
アスラの宣誓に続き、レストエスも忠誠を誓う。配下の身をここまで案じてくれる優しい主君に、彼女達の忠誠心は限界突破寸前だ。
だが彼女達は気付けない。臨界状態ではまったく気付くことが出来ないのだ。双方の想いが勘違いの平行線上にあることを……。
(何言ってんだ……コイツら? )
ルシファーは脱力感から空を見上げる。だがその姿は、目頭の熱さを堪えるような青春まっしぐらな姿にしか見えなかった。