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Lords od destrunction  作者: 珠玉の一品
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鍛冶



 今夜、耐熱性の付与方法をアスラから聞き出すことを心に決め、建設に勤しむ配下達を改めて見回す。

 休憩無しの二十四時間連続勤務……ブラック過ぎて言葉が出ない。

 アスラの前にアスタロトから耐熱化の方法を聞きたかったのだが、陣頭指揮を執り続けている彼女に声を掛けるのが、小心者の私には物凄く躊躇われるのだ。


「カミュ様、報告を一つ忘れておりました。今、よろしいでしょうか?」


「あぁ、構わない。それで報告とは?」


「フィードアバンに居られるベンヌ・オシリス様が、是非カミュ様へお会いしたいと仰っていました」


「ほぉ……ベンヌ・オシリスが。ラウフェイを派遣して貰った礼もあるしな」


 ラゴから報告を忘れたと聞き、一瞬だけ「何を!?」と心の中で身構える私だったが、その防御姿勢は杞憂に終わる。

 私の警戒心にそぐわないそのささやかな願いに、ほんの少しだけ"下らない"と思ってしまった私は、もしかしなくても傲慢なのだろうか?

 まぁ一度くらいは会っておく必要があるし、それに彼女と念話が出来るようになれば支配効率も少し良くなるだろう。

 となれば誰を戻すか、か。まぁ一人しか居ないだろうな。


「それで、ベンヌ・オシリス様へは何とお伝えすればよろしいでしょうか?」


「フィードアバンにはカメオウを戻そう。カメオウが戻り次第、ベンヌを此方へ向かわせる」


「お聞き届け頂きまして誠にありがとうございます」


「いや、構わない。ではカメオウ、突然でスマンがフィードアバンへ戻ってくれ」


 剣の鑑定の後もまだ此処に居残り続けたカメオウへと困った視線を届ける。

 傲慢な私の気のせいかもしれないが、配下達は私の傍を離れず居残り続けようとする、そんな習性があるように思えるのだ。

 先ほどのラウフェイは勿論のこと、ふと顔を出したアスタロトでさえ然り。退出しろと逐一命じなければ、立ち去ってくれない気がしてならない。


「フィードアバン……ベンヌさんと交代ですね」


 キョトンとした顔で一瞬だけ考え込むカメオウだったが、理解とともに自然な優しい微笑みを見せ始めた。


「問題はないか?」


「あ、はい。僕もミナヨリ達のことが気になってましたので」


「察しが良くて助かる。では明朝、行動を開始してくれ」


「畏まりました」


 言葉にしなくても察してくれるとは、なかなか優秀な奴だ。見た目の外見も相まって、私の中でカメオウの可愛いさが鰻上りに上昇している。

 まだ見ぬベンヌ・オシリスやサリアもこんな外見と性格であれば良いのだが……。

 期待のし過ぎはいけないのだが、手の掛からない配下であることを願わずにはいられなかった。何故ならバディスやレストエスのような変態は……もうお腹いっぱいなのだ。


 やはりそのまま待機状態へと移行したカメオウにほっこりしつつ、手に持ったままの銅のインゴットからその重みを静かに感じ取る。

 ラウフェイが持ち帰ったのは銀、銅、鉄、亜鉛、アルミニウム、ニッケル、クロム、コバルトとのこと。

 どれを使うか迷うところではあるが、実は既に決めていた。先ずは一番簡単な真鍮を作ってみることを。


「私は引き続き剣を作るが……お前達はどうする?」


「ぼ、僕も此処で見ていてよろしいでしょうか?」

「我々はカミュ様のお側に侍るのが役目ですので……」


「別に構わんが……見ていても退屈なだけだぞ?」


 無言で微笑む配下達に苦笑を贈りつつ、金属の詰まった袋から亜鉛のインゴットを取り出す。

 真鍮とは即ち黄銅のことだ。その正体は銅と亜鉛の合金であるが、その配合比率は呆れるほどに幅が広い。

 亜鉛が二割を超えれば真鍮と言えるのだが、今回は見た目を重視してJISで言うところのC二八零一を採用することに決めている。その配合比率は六対四。最も黄金色に近い黄色を示すのが特徴の銅合金だ。


「そうえいば、誰か魔石を持っていないか?」


「あ、あたしが持っています!」


 バチが取り出したのは、六十cm級の魔石だった。しかもゴロゴロと。

 それ以上の魔石を発光石にした私が言うのも何だが、魔石とはその辺にいくらでも転がっている物なのだろうか?

 五cm級の魔石を嬉しそうに眺めていたサーシャに懐かさを覚えるが、大きな魔石をこんなにも無駄遣いし続けた私には、その価値や基準が全く判らなかった。


「大きい魔石だな」


「え? そんなことないと思いますけど?」


 バチが不思議そうに小首を傾げると、ラゴは勿論、キャラケンダも怪訝な表情を見せている。

 相変わらずマイペースなのはビマシタラだけのようだ。


「イクアノクシャルに設置されてる魔石に比べればぁ、ゴミみたいなものぉ?」


「そ、それはそうだが」


「あ! あたしを気遣ってくれたんですね? カミュ様、お優しい!」


「……ま、まぁ、そんなところだ」


 心の擦れ違いが彼女を幸せへと導く。私さえ黙っていれば、バチの純粋な輝きを放つ笑顔は守られるのだ。

 そんな心持ちでバチから魔石を受け取り、暫く考えた後でインベントリへと仕舞った。


「アスタロト様も、アスラ様より預かられているはずですが?」


「ん? あぁ、そういえばそうだったな。ラゴ、後でアスタロトから貰っておいてくれ」


「畏まりました」


 一礼するラゴと、だらしない笑顔のバチから視線を外し、銅を握ったままの手元を見つめる。


「さて先ずは真鍮だな……」


 金属の入った袋、略して金袋から亜鉛を取り出し、銅が六、亜鉛が四の割合で虚空へと浮かべた。

 すかさず<火の玉(ファイアーボール)>で溶融し、黄金比率の合金に仕上げる。焚き火の温度が八百~千度、場合によっては千三百度に達するが、融点が九百度の黄銅を溶融するだけなら、<火の玉(ファイアーボール)>のレベルで十分なのだ。

 節約を心掛けて作り上げた偽黄金の輝きを見ながら、私は自己満足という名の達成感を覚える。このまま黄銅を作り続けても良いのだが、亜鉛は他の合金に使う可能性が高い。今のところは一トンだけに抑えておくのが良いだろう。


 出来上がった真鍮を二kgに小分けにし、そのうち四百九十九個をインベントリへと仕舞い込む。

 残った一つを再び溶融して直剣の形に整えながら、時間差による急冷でアモルファス化を図る。

 そして其処には伝説と謳われる黄金色の輝きが光を放っていた。


「か、カミュ様……それは一体?」


「これか? これは、オリハルコンだ」


「おり……はるこん? 素晴らしい輝きですね」


「私も初めて見るが、確かに見た目は素晴らしいな」


 黄金の輝きを見ると、頬が緩んでしまうのは私だけでしょうか?

 万人を虜にするその輝きに目を奪われながらも、自分の作った剣を掲げてジッと眺める。

 出来は悪くないと思う。だが私には、自分の作り上げた剣の良し悪しが全く判らない。


「カメオウ、見てくれないか?」


「あ、はい」


 急に話を振られたカメオウが、慌てつつも剣の出来を確かめてくれる。

 表情は明るいが先ほどの輝きには届かない、そんな様子のカメオウがおずおずと剣を戻してきた。


「それで、どうだ?」


「はい、とても素晴らしい剣なんですけど、先ほどの金属ガラスちっくな剣? よりも強度が少々落ちるかもしれません」


「そうか」


「で、ですが! 先ほどのものより魔力を伝える能力が高いので、魔石を組み込むのに適していると……思います」


 鉄よりも魔導力が優れているとは電気抵抗みたいなものだろうか? それに剣に魔石を組み込む……?

 火の魔石を仕込むと剣から炎が出る、そんなイメージで剣を見つめてみるが、オリハルコンの剣は私に何も答えてくれない。

 大体、六十cmもある魔石が剣に収まるはずもないしな。


「そうだな、ありがとう」


「い、いえ」


 照れながらはにかむカメオウへと微笑みを贈り、次なる金属を金袋から取り出す。

 余りにも日常に溢れありがたみがなく、無駄使いしても心が痛まない金属といえば、当然ながらアルミニウムだ。

 飛行機の部品からアルミホイルまで、その用途はとにかく幅広い。特に零式艦上戦闘機、通称零戦の主翼主桁に使用した超々ジュラルミンは有名だろう。


 何故アルミニウムを取り出したかと言うと、簡潔に言えば宝石を作るためだ。

 酸化アルミニウムを高温、高圧下で結晶化させれば宝石になる。ではその条件でアモルファス化させれば?

 当然(なが)らアモルファス透明酸化物半導体になるはずだ。その構想を現実のものにすべく、早速アルミニウムを溶融し剣を成形する。


「……透明? カミュ様、それは一体なんですか?」


「面白いだろ? 透明の剣と言えば、妖精剣しかないだろうな」


「妖精剣……ですか?」


 小首を傾げたカメオウが不思議そうに私と剣を見つめてくる。

 なんだろう……ネーミングセンスが悪かったのだろうか?


「まぁ、この剣は耐久性に問題があるからな。その名前で十分だろう」


「なるほど! カミュ様のお作りになった剣に、妖精如きの名前が付くなんておかしいと思ったんです!」


「そ、そうだな。見た目だけ良くしたような剣だ。あまり気にするな」


「はい。次は何をお作りになるんですか?」


 可愛い顔を笑顔に染めて、瞳を輝かせながら微笑むカメオウの毒舌がなかなかキツイ。

 妖精如きとは……彼は魔族至上主義の確信犯なのだろうか? 何処となくラウフェイの思想に近い気がする。

 もしかして、もしかしてだが、全ての魔族がこんな思想なのだろうか? かなり心配になってきた。


「その前に……お前達、人間のことをどう思う?」


 私の心に浮上した疑念を晴らすべく、左右に控える四人へと視線を移す。


「ゴミです」

「バカ」

「汚物」

「……エサぁ?」


 ……なるほど。


「その通りだな。解り切ったことを聞いてすまな――」


「「「いえ!!」」」


 やはり此処でも「すまな」の段階で遮られる。

 私が「かった」と言える日が来るのは、一体何時になるのだろう。


「……話を戻そう。次に作る剣の素材はアルミン酸コバルト、その次は金だな」


「これまでに作られた素材の名前はミスリルにオリハルコン、そして妖精剣。これから作られる金属には、何と名付けられるのでしょうか?」


「うむ、成功するか否かは未知数だが、アポイタカラとヒヒイロカネと名付ける予定だ。アダマンタイトも探してはいるが、どれが相応しいのか未だ想像がつかないな」


「カミュ様ならば、必ずや成功を収められることでしょう」


 笑顔のラゴが随分とハードルを上げてくれる。

 仮に失敗でもしようものなら、彼女は何と言ってお茶を濁すのだろうか?

 失敗を失敗と認めないゴリ押し。その可能性があまりにも高過ぎて、私は失笑を隠し得なかった。


「ど、どうされました? カミュ様」


「いや……なんでもない。そう、なんでもないんだ」


「はぁ……」


 小首を傾げたラゴが不思議そうに私の顔を覗き込む。

 そんな彼女を余所に私は、取り出したアルミニウムとコバルトを混合しつつ、魔石の格納方法についても検討を重ねるのだった。




『そうか……魔力は何れ減衰してしまうのか』


『はい。その対策として魔石の組込みによる常時供給を行うのですが、実用に耐え得る魔石は一定以上の大きさが必要ですので、剣に収めることが難しいのです』


『だから一般的には杖などに仕込む訳か』


『はい。露出させるのが一番簡単ですので』


 無事にアポイタカラとヒヒイロカネの作成を終えたその夜、魔力による耐熱性の付与をアスラへと尋ねてみたのだが、その答えは想像していたよりも芳しくなかった。

 剣自体に魔力を込めることは出来るが、その魔力は何れ減衰しやがて消失してしまうとのこと。

 武器に魔石を取り入れれば話は早いのだが、出力を上げるには大きな魔石を取り込む必要があり、大きな魔石を格納すれば武器自体の性能が落ちる。結果的にどれを選んでも微妙な結果になるのだそうだ。


 ちなみに、アポイタカラは青、ヒヒイロカネは赤になった。アポイタカラにコバルト単体ではなく、最初からアルミン酸コバルトを想定していた私は流石としか言いようがない。

 まぁ、青と言えばそれしか思い浮かばなかっただけなのだが、結果良ければ全て良しという格言があるように、私が素晴らしいと結論付けておけば万事が解決するのだ。

 そんなことよりも金剣が赤色に染まったことには驚きを隠せなかった。それがファンタジーの所為なのか金コロイドによるものかは、現時点では正直に言って全く判らない。まぁ気にしないのが私らしくて健康的だろう。

 後は黒のアダマンタイトを残すのみだが、私的には第五族元素あたりが怪しいのではと睨んでいる。


『話は変わりますがカミュ様、一つお願いがあるのですが』


『お願い? なんだ?』


『はい……サリアを、カミュ様の下へと向かわせてもよろしいでしょうか?』


『サリアを?』


 自分が来たいと言うならまだしも、誰かを向かわせたいという予想外の嘆願。しかもそれがアスラの口から出たという衝撃的事実。

 アスラは何か悪い物でも食べてしまったのだろうか? 食事の必要は無いと言ってはいたが、喉を潤すくらいの水分補給ならあってもおかしくはない。

 少し日の経った牛乳を飲んでお腹を下し、(りき)んで汚れた下着をサリアに見られてしまった、とか……あり得る。


『サリアの熱い想いを受け止め続けるのが、少々苦痛になってきたのです』


『……苦痛?』


 未だ見ぬサリアの熱い想いが何なのか想像だに出来ないが、あのアスラを疲れさせるだけの熱量だ。触れたら火傷するだけには留まらないのだろう。

 燃える女か。赤いトラクターが似合いそうだな。


『毎日、毎日、(わたくし)のドレスの裾を掴んで離さないのです。カミュ様にお会いしたい、お会いしたいと泣きじゃくり、汚い涙と鼻水で毎日、そう毎日(わたくし)のドレスを汚し続ける悪態! いえ一度は強く叱りつけました。ですが、反省するどころか更にしつこく迫ってくる始末で、(わたくし)も本当に参っているのです。あ、いえ! 決してカミュ様に愚痴を零している訳ではなく――』


 うわぁ……久し振りにアスラと会話をしたら、彼女は失調症のような廃人一歩手前の末期患者になっていた。

 ネトゲで例えるならレベル九百九十九に達した本物の勢いだろう。


『判ったアスラ、先ずは落ち着け!』


『ハッ! あ、し、失礼しました』


 アスラの深々と一礼する姿を幻視しながら、気持ちを落ち着けるべく大きく息を吸い込む。


『サリアを派遣することに異論はない。だがイクアノクシャルの防衛体制に問題は無いか?』


『お気遣いありがとうございます。ですがイリア・ガラシャに加え大半の配下がこの地に集結しておりますので、妖精族全軍を以ってしても近付くことさえ出来ないでしょう』


『そ、そうか。それにお前も居るしな』


『は、はい! その通りにございます!』


 妖精族全軍の戦闘力がどれほどなのか全く判らないが、私よりも強いことは間違い無いだろう。

 その妖精族全軍すら一蹴してしまう桁外れの戦力を、まかり間違って私へと向けられたならば、一瞬で灰に成れることは間違いない。心の底から気を付けよう。

 まぁ何れにせよ、今の私は魔王としてではなく、なんちゃって魔族の一員として極力目立たぬようひっそりと暮らすしかないのだ。


『確か、サリアは飛べたはずだな?』


『はい、その通りにございます』


『では、シャングリラへは飛んで来るよう伝えてくれ』


『承知しました。ではシャングリラまでが彼女の行動範囲、ということでよろしいですね?』


 何故かアスラが念を押してくる。

 いまいちピンと来ないが、私の発言に何か落とし穴でもあるのだろうか?

 まぁ彼女がそう言うのだから、否定しない方が良さそうな気もする。取り敢えずは無難に肯定しておくか。


『そうだな。先ずはシャングリラまでだ』


『はい、サリアにはそう伝えておきます』


『頼んだぞ。さて後は……ん? もうそろそろ朝か』


『時間とはあっという間に過ぎるものなのですね……名残惜しゅうございます』


 何処となく元気無さ気なアスラが、念話の終わりを寂しがっているようだ。

 会話を続けたいという彼女の気持ちは、夢見る乙女的には大正解なのだろう。

 だがしかし、それに一晩中付き合わされた私としては、やっと拷問が終わるという安堵感で胸がいっぱいだ。


『また連絡するから今日はもう休め。疲れているのだろう?』


『い、いえ。疲れてなど……』


『それにお前のその美しい顔に、寝不足によるシミなど出来ては一大事だからな』


『――あ、はい! 承知しました。ウフフ……』


 何故か急激にテンションの上がったアスラが、就寝への提案を素直に受け入れてくれる。

 念話を終えられるのなら別に文句はないのだが、彼女の発した最後の含み笑いがとても気持ち悪い。

 嫌な予感に襲われた私は、暫くの間アスラとの念話を控えることを心に決め、暫しの仮眠を取るべく深い眠りに落ちていくのだった。




「ではラウフェイ、頼りにしているぞ」


「ハッ! お任せ下され!」


 一刻の仮眠から覚めた直後、ラウフェイが出立するとの報を受けて、眠気(まなこ)を擦りながら彼女へと挨拶を贈った。

 先日まではログハウスの扉をしっかり施錠していたため、受動的に報告を受け取ることは出来なかったが、今は不寝番が存在するのでログハウスの扉は解き放っている。

 総勢百頭に及ぶディアブロ達の、二十四時間に渡る昼夜問わずの警備体制だ。痴女や夜這い隊長やレストエスなどの邪まな侵入は、彼等が悉く返り討ちにしてくれるだろう。

 今朝、レストエスの顔に隈があったことを考えれば、幾重にも張られたディアブロ防御線はその効果を十二分に発揮しているようだ。


 私の言葉を受けて、ラウフェイが口角を上げ牙を見せながらとても良い笑顔で微笑む。

 彼女は深々と一礼した後で即座に振り向くと、迷うことなく南の空へと大きく飛び立っていった。

 やる気があるのは、とても良いことだ。モリブデン、ニオブ、そしてジルコニウム。これらを彼女が見つけた暁には、何か褒美をやる必要があるかもしれない。


「アスタロト、ラウフェイへの褒美は何が良いと思う?」


「ラウフェイへの褒美は、カミュ様の温かいお言葉がよろしいかと思います」


「物ではダメなのか?」


「それほどの功績ではございません。お言葉で十分かと思います」


 対価は厳格に与えるべき、ということだろうか?

 あまりにも不用意に下賜してしまうと、他の者とバランスが取れなくなる。そんなことを彼女は危惧しているのかもしれない。


「ではカミュ様、僕もそろそろフィードアバンへ移動しますね」


「カメオウ、一人で大丈夫か?」


「は、はい。大丈夫です!」


「では道中気を付けてな」


 はい、と微笑んだカメオウが、大きく一礼した後で踵を返した。

 聞くところによると、此処からフィードアバンまでの道程は五~六百kmもあるとのこと。

 外見が中学生くらいの彼を一人で行かせるのはとても気が引ける。だがその外見とは裏腹にカメオウは魔国で一番高い戦闘力を誇るそうだ。怒らせないように十分気を付けよう。


 そんなことを考えながら視線を手元へと戻し、金袋から真鍮のプレートを取り出す。

 今日の予定はオリハルコンと勝手に呼んでいる剣の製作だ。この地に客が来るとはとても思えないが、店主であるレストエスに恥は掻かせられない。

 材料費など高が知れているのだ。百本も作っておけば、売り切れることなどあり得ないだろう。


「ではカミュ様、拙も作業に戻ります」


「あぁ、頼んだぞアスタロト。お前だけが頼りだ」


「……へ?」


「ん? どうした? アスタロト」


 ただ単に頑張れと伝えたつもりなのだが、何故か彼女の返事が上の空だ。

 私は何かおかしなことでも言ったのだろうか? 特段心当たりは無いのだが、視線の定まらぬアスタロトを見ていると、何処となく不安が込み上がてくる。

 それに彼女の頬が紅潮しているように見えるのだが……一体どうしたというのだアスタロトよ。

 も、もしかすると、神経に悪い何かを食べてしまったのかもしれない。例えばバディス菌たっぷりの毒キノコとか。


「バディスの毒――」


「おおお、お任せ下さい!!」


「あ、あぁ……頑張れよ」


「はい!」


 目をギラギラと輝かせて復活したアスタロトが、突如として吃驚する程のやる気を見せる。

 この国の住人は兎角、喜怒哀楽が激しい。呆けたかと思えば、突然大声で叫び出すのだ。

 休まずに働き続けたことで、精神が汚染されてしまったのかもしれないな。


「程ほどにな」


 私の忠告が届いたとは思えないアスタロトが、ささやかなスキップで建築現場へと移動する。

 彼女にしては珍しい奇行だが、見ない振りをしてやるのも主君としての務めだろう。

 一つだけ溜息を溢した私は、手元の金属を剣の形へと変えて気分を一新させた。






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