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Lords od destrunction  作者: 珠玉の一品
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懇願



 イクアノクシャル三階の廊下を、絶世の美女が気怠そうに重々しく歩いていた。

 魔国でも屈指の美を誇る彼女だったが、その疲れた表情には今や見る影もない。

 つい数日前までは主君と行動を共にしながら、心からの幸福で笑顔の花を咲かせていた彼女であったが、たった数日間で襲われた苦悩によりその美貌に陰りを見せ始めていた。


 魔国でも屈指の頭脳を誇る彼女が、その美貌を苦悩に歪める理由。それは役職的には同格だが、精神年齢的に劣るとある美少女が原因であった。


「アラ?」


 そんな彼女が廊下の先に一人の少女の姿を見つける。

 服装も背格好も性格さえも、自分とは何一つ似ていない彼女なのだが、その醸し出している雰囲気だけは自分と酷似しているように思えた。


「カリン、こんなところで何をしているの?」


「あ、アスラ様……ご相談したいことがあるのです」


「相談?」


 アスラからカリンと呼ばれた女性は、外道に属するサリア配下の魔族だ。

 白いシャツに胸を強調する赤いベスト、そして黒の超ミニというカジノの女性ディーラーを彷彿とさせる彼女は、その衣装とは相反して三つ編みの赤茶色の髪をサイドテールに流していた。

 だがそれよりも特徴的なのは、その頭に付いた飾りの方だ。ふんわりとした髪からは三角に尖る一対の獣耳が飛び出ているのだ。


「はい……ちょっと困ってるのです」


「もしかして、サリアのことかしら?」


 カリンは普段、とてもゆったりとしている。

 あまりにもゆったりし過ぎて、主人であるサリアからは常に「ドジ、アホ、間抜け」という酷評を貰うほど。

 そんな彼女から主人のことで相談があるらしい。アスラは他人事とは思えず、親身に話を聞こうと耳を澄ました。


「最近サリア様からのお言葉が厳しくて、ちょっと心が疲れているのです……」


「貴女が厳しいと言うからには、必要以上に厳しいということかしら?」


「そうなのです。何か不満がおありのようですが、それが何か全く判らないのです」


 眉をだらしなく下げながら潤んだ瞳で事情を訴え続けるカリンに、アスラの心がズキリと痛む。カリンに非が無いことは火を見るよりも明らかなこの状況。本当の原因はアスラの方にあることをアスラだけは知っていた。

 サリアの八つ当たりは、おそらく無意識のものだろう。サリアからのお願いをアスラが無下にし続けているため、その不満がカリンへとぶつけられているのである。

 当事者であるカリンは訳が分からぬままストレスを溜め込み、どうしようもなくなってアスラへと相談に来た。そんな出口のない無間地獄が、今も彼女を襲い続けているのだ。


「そうなの……ごめんなさいね。サリアには(わたくし)から、しっかりと言い聞かせるから」


「あ、ありがとうござい――!!」


 安堵を見せたカリンの表情が突然、劇的なまでに悲壮な表情へと変化する。

 一体何を見ればそれほどまでに切迫するのか。彼女の表情が厳しくなった理由が判らず、アスラは困惑しながらもカリンの視線を追ってみる。

 するとそこには……特に何も無かった。小首を傾げながらカリンの元へと視線を戻そうとしたその時、アスラのその魅力的なお尻に軽い衝撃が走っていた。


「憎らしいのは、この尻なのじゃ! この悪魔め! 淫売め!」


 カリンの正面、つまりアスラの背後に居たのは、話題の中心に居た人物だった。

 言わずもがな外道のロードマスターであり、パーラミターの一角であるサリアだ。

 彼女はその小さな手で二度、三度と、一心腐乱にアスラのお尻へとパンチを叩き込んでいる。


「あ、悪魔はアスタロト、淫売はレストエスでしょ!」


 アスラの怒り気味の指摘を受けても、サリアのパンチが止むことはない。

 全てを魅了するアスラの尻にサリアが右のスクリューブローを叩き込むと、その魅惑的なケツたぶがぷるんと跳ねる。

 続いてサリアの左のスクリューブローが突き刺さると、その豊潤なケツたぶがぷるるんと震えた。


「ちょ、ちょっとサリア! 地味に痛いからもう止めなさい!」


「止めて欲しければ、我をカミュ様の下へと送るのじゃ!」


「ちょっ……いい加減にしなさい!」


「煩いのじゃ! このゴリラめ!!」


 幼稚な攻撃を両手で払いのけるアスラが、サリアの一言で石像のように固まった。

 彼女の放つ雰囲気が異常なまでに険しいことを察して、サリアは首を傾げながら攻撃の手を緩める。そしてその瞬間、押し黙ったままのアスラが顔だけで不気味に振り向いた。

 その美しい眉間に皺を寄せて額に青筋を立てた彼女は、ワナワナと震える唇から率直な想いをサリアへと伝える。


「あ"あ!?」


 背中を向けたまま首だけで振り向いたアスラが、目にも止まらぬ速さでサリアへと後ろ蹴りを放つ。

 だがサリアも魔国屈指の実力を誇るパーラミターの一角だ。不意を襲うアスラの蹴撃をひらりと躱すと、アスラの攻撃範囲から即座に逃れて睨み返した。


「何をするのじゃ! 危ないであろう!」


「ねぇサリア、(わたくし)のことを今、何て言ったのかしら?」


「決まっておるのじゃ! ゴ――いや! 奇麗なお姉さんじゃ!」


「あらそう……。それじゃ、カミュ様のことは他の人に相談してね。カリン、貴女はもう戻りなさい」


 驚きを隠せず目を見開いたカリンが、アスラからの提案を即座に受け入れてそそくさと逃げ出した。


「何!? カリンじゃと? 貴様、何故此処に居るのじゃ!」


「す、すみません! サリア様! うち、うち……」


「カリン、気にしなくて良いのよ。サリアには(わたくし)から説明しておくわ」


「そ、それでは失礼するのです!!」


 アスラの後押しをこれ幸いに、今度こそカリンはダッシュで逃げ出す。

 そんなカリンに何か問い掛けようとするサリアであったが、物理的に突き刺さりそうなアスラの視線を受けて、不承不承ながらもグッと口を噤んだ。


「何故アスラがカリンへ指示するのじゃ……カリンの主人は我なのじゃ!」


「サリア、もう少しカリンに優しくしたらどうなの?」


「別に厳しくした心算はないんじゃが?」


「優しくした心算もないんでしょ? あまりに度が過ぎるとグラハムに叱られるわよ?」


 眉尻を下げながらアスラは優しく諭すが、当のサリアは一向に聞く耳を持とうとしない。

 だが此処で怒っても彼女と喧嘩になるだけで、事態が進展も解決もしないことは疑いの余地もない。

 最悪の場合は、執事であるグラハムを連れてくるしかないのだが、サリアの逆恨みを考えるとそこまでするのは流石に躊躇われた。


「ぐ、グラハムは関係ないのじゃ! それよりアスラ、聞きたいことがあるのじゃ!」


「と、唐突に……それで何かしら?」


「我は気付いたのじゃ。貴様、その尻を使ったな?」


「……はい?」


 訳の判らないサリアからの指摘を受けて、アスラの目が点になる。

 この馬鹿は一体何を言っているのだろうか? 困惑を隠せないアスラの顔には、そんな言葉がありありと浮かんでいる。


「固かった尻がほぐれるなんて、誰かに使わせたとしか考えられないのじゃ!!」


「な、ななな、何を言っているの!? そんなこと、あ、ある訳ないでしょ!!」


「カミュ様が居られない今、一体誰に身を委ねたのじゃ? 内緒にしてやるから正直に言ってみぃ!」


「誰にも委ねてなんていないわよ!!」


 嫌らしい笑みを浮かべるサリアを前に、顔を真っ赤にしたアスラが渾身の叫びで邪推を全否定した。

 まさか自分でほぐしたなどとは、口が裂けても言えるはずがない。

 胸だろうと尻だろうとアソコだろうと、構成しているのは結局のところ筋肉であり、使わずにほぐれることなど有りはしないのだ。


「ま、まさか!! イリアなのか? イリアなのじゃな!?」


「ち、違うって言ってるでしょ!! もう貴女の相手はうんざりよ!」


 踵を返したアスラが、サリアを置き去りにして歩みを進める。

 アスラがイクアノクシャルへと戻ってから今日まで、こんな遣り取りが毎日続いているのだ。

 体力には相当自信がある彼女であっても、流石に精神的な疲れを隠しきることは出来なかった。


「ま、待つのじゃアスラ! カミュ様のこと約束じゃぞ!」


「知らないってば!!」


「アスラは何を怒っておるのじゃ? 我を独りにするでない」


 サリアの寂しそうな表情を一瞥もせずに、アスラは怒り心頭で無表情のまま歩調を速める。

 いくら察しの悪いサリアであっても、状況的に自分にとって不都合なことだけは一瞬にして理解が及んだ。

 だから彼女は往生際悪くアスラのドレスの裾へとかぶり付く。


「ちょ! ちょっとサリア、離しなさい!」


「嫌じゃあー! 我もカミュ様にお会いするのじゃあー!」


「そんなことしたって、カミュ様がお許し下さらないわよ!?」


「ひっぅ、ヒック。アスラだけずるいのじゃ……」


 涙と鼻水をこれでもかと垂らしたサリアが、ドレスの裾を掴んだままアスラの深層心理へと直接訴えかける。

 ドレスの汚れが気になるのは勿論だが、サリアだけが主君にお会い出来ないという現状も、実は彼女の心に小さな棘となって刺さっていた。

 少なからぬ同情を自覚したアスラは、改めてサリアを見つめる。スタイルも性格もお世辞にも良いとは言えないサリア。主君の食指が動くことなど、万が一にも有り得ないのは確実だ。


「……聞くだけなら」


「ほ、本当じゃな!」


 先ほどまで号泣していたはずのサリアが、満面の笑みを浮かべてアスラを見上げる。

 その様子に釈然としないものを感じつつも、アスラは鬱陶しさから来る精神的苦痛と、独断による後顧の憂いを天秤に掛けた後で、解放と叱責の精神的相殺を心の中で決めていた。


「そこで何をされているのですか? サリア様」


「「キャア!!」」


 突然の背後からの渋い声に、アスラとサリアが悲鳴を上げる。


「ぐ、グラハム……一体何用じゃ?」


「何用とは異なことを。それをお聞きしたているのは私の方です。アスラ様、主人がご迷惑をお掛けしたようで、大変申し訳ございません」


「い、いいのよ。気にしないで」


「ありがとうございます」


 二人へと声を掛けたのは、白髪から除く鋭い眼光を鷹の目のように光らせる、黒い詰襟に身を包んだ無表情の執事だ。

 彼はアスラの承諾に大きな一礼で応えると、その鋭い視線を主人であるサリアへと移す。


「ではサリア様、お部屋へと戻りましょう」


「う……」


 見上げながら自分に何かを訴えるサリア。そんな悲壮感に包まれる彼女から、アスラは残酷な行く末を僅かに感じ取った。

 だが彼女も、これから始まる悲しい物語に巻き込まれる訳にはいかない。

 アスラは引き裂かれそうな心を鬼にして、視線と意識をサリアからそっと逸らした。


「サリア様、参りましょうか」


「は、薄情者ぉー!」


 サリアの悲痛な叫びが廊下へと木霊する中でアスラは、次の機会に主君へお願いしてみるようと心に誓う。

 グラハムからこの後で齎される、彼女の精神的な瀕死は無駄にすまい。

 そう誓ったアスラの心が先ほどよりも軽かったことを、彼女がやっと気付くのは主君と会話を重ねるその夜のことであった。






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