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Lords od destrunction  作者: 珠玉の一品
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配合



 まだ警戒を続けるラウフェイへと手を翳し、この場所に私が居ることを魔法で伝える。

 だが彼女の警戒する気持ちも判らなくはない。遠くに不自然な巨石が立ち、その周囲をモンスターが飛び回っているのだ。誰が見ても不気味なことこの上ないだろう。

 近付きさえすれば魔国所属のゴーレムと判るのだろうが、この距離でそれを望むのは酷というもの。だからこそ私の方から彼女にアプローチをかけるのだ。


「<狙撃(スナイプ)><最大化(グレイテスト)><光の矢(マジックアロー)>!!」


 無詠唱でも放てる気はするのだが、失敗して恥をかきたくないので念を押す。

 詠唱の終了とともに突き出した右手の先に直径が五十cmほどの魔法陣が浮かぶ。魔法陣は中心が十cm程の円で、その外側を三つの円環が規則正しく回っている。

 中心の直ぐ外側を幅五cmの輪が右に回り、その外側を幅五cmの輪が左へと。最後に幅十cmの輪が大外を右に回っているが、その三つの輪の回転速度はまったく同じであり奇麗なシンクロを見せていた。


 やがて魔法陣の放つ光が中央の円に集束すると、強烈な光が彼方へと向かい一気に飛び去っていった。


 目にも止まらぬ速さで飛翔する<光の矢(マジックアロー)>を避けるか受け止めるのか、一瞬迷う素振りを見せるラウフェイだったが、空中で静止したまま彼女は直ぐに右手を突き出す。

 障壁でも張るのだろうか? 大きな黄色の魔法陣がラウフェイの手先に描かれ輝きを増すと、その光は凝縮した後で爆発するように広がり即座に彼女を包み込んだ。

 そして彼女が展開した障壁へと、私の放った<光の矢(マジックアロー)>が吸い込まれ……突き抜ける。


 障壁がガラス片のように粉々に砕け舞い散ると、威力の減衰した<光の矢(マジックアロー)>がラウフェイの顔面を捉え、激しく仰け反らせた。


「うわぁ……」


 大地に足を付けていないため踏ん張ることが出来ずに、彼女は後方へと大きく弾かれていく。

 近年稀に見る壮絶なノックバック。

 首がもげるかと思うほどの衝撃を殺せずに、ラウフェイは慣性のまま大きな後退を余儀なくされた。


「どうされたのですか?」


「う……うむ。ラウフェイがな、吹き飛んでしまった」


「ラウフェイも根性が無いですねー。カミュ様から折角頂いた魔法なのに、吹き飛んで威力を分散させるなんて……不敬ですね」


 バチの言う不敬の意味が一ミリも理解出来ないのだが、これは私がおかしいのだろうか?

 私の毛の生えていない心臓は罪悪感で圧し潰されそうなのに、ラゴとバチは心配するどころか口元に不満を滲ませる始末。

 キャラケンダとビマシタラは……おそらくだが全く興味がないのだろう。彼女達の心情をその口元から察することは出来ない。


(わたくし)めならお腹で受け止めて、腹筋だけで耐え凌ぎますね」


「それならあたしは、おへそで受け止めて、へその緒だけで耐え凌ぐね」


 空を飛べないラゴとバチが何か勝手なことをほざき始めた。


「では(わたくし)めは口から吸って、首の筋肉と歯の力だけで受け止めましょう」


「いや、あたしなら目で受け止めて、目力だけで受け止めるね」


「いえいえ、(わたくし)めならば鼻の穴で受け止めて、鼻毛だけで――」


「いやいやいや、あたしなら耳の穴で――」


 ……もう放置しよう。


 一方のラウフェイは額に出来た大きな陥没を、自身の風魔法で治癒し終えたところだった。

 一時は首がもげそうなほどのダメージに見えたが、今は元に戻っている気がする。あれだけのダメージを一瞬で治してしまうとは、彼女の治癒魔法もなかなか優秀らしい。

 攻撃魔法から此方の存在に気付いたのだろう、首を振りつつ正気を取り戻したラウフェイが移動を開始する。始めは恐る恐る、だが次第に速度を上げて、一直線に此処へと飛んで来た。


「間もなく、ラウフェイが到着するぞ」


「――だからあたしなら毛穴で受け止め……はい?」


「あ! し、失礼いたしました」


 まだ下らない言い合いを続けていたバチとラゴが私の言葉に気付いて、慌てふためきながら大きく一礼する。

 まぁ語り合うだけなら個人の自由なのだが、ラウフェイの前でも騒々しいのはシチュエーション的に止めて欲しい。

 謝罪する二人へと手を上げ宥めた後で、目の前に着地する紫髪の年老いた天女へと笑顔を向けた。


「カミュ様、只今戻りました」


「ご苦労だったな、ラウフェイ。それよりさき程は、突然の攻撃になってすまな――」


「いえ、ありがとうございました!」


「……そうか。それでドワーフとの交渉は上手くいったか?」


 言いたいことは他にもあったがぐっと堪えて、跪き一礼するラウフェイへと近況を訊ねる。

 まぁ、彼女の表情から察するに悪い報告ではないと思われるが。


「カミュ様からお預かりした銀剣のお陰で、交渉は順調そのものです」


「そうか、それは良かった。ちなみに、誰も殺めていないよな?」


「はい、誰も殺めておりませぬ。それどころか、負傷したドワーフを治癒してやりましたのじゃ」


「ほぉ……それは良いことをしたな。ドワーフのことはラウフェイに任せておけば安心だな」


 他種族を見下す傾向が強いラウフェイを多少なり心配していたのだが、結果を聞けば上手くやっているとのこと。

 心配が杞憂に終わったことは正に僥倖。これならこのまま交渉を任せても問題は無いだろう。


「ふふ、お任せ下さい」


「それで、今回の帰還理由は?」


 真っ直ぐな性格なのだろう。満面の笑みを浮かべるラウフェイへと、突然となった帰還の理由を優しく尋ねる。


「はい、現在の採掘状況を報告に上がりました。銀、銅、鉄、亜鉛、アルミニウム、ニッケル、クロム、コバルトは十分な量を確保出来ております」


「ほぉ……」


「ですが、金、白金、モリブデンについては採掘量が……乏しいようですじゃ」


「まぁ金は貴金属、白金は希少金属だからな。仕方あるまい。ニッケル、クロム、コバルトが出ただけでも儲けものだ。それにモリブデンは元素鉱物としては存在していない。硫化モリブデンかモリブデン酸鉛の状態でなら見つかるだろう」


 持ち帰った金属をラゴに渡し終えたラウフェイが、目を点にしている。今の話を彼女は理解出来ているのだろうか?

 女性は化学が不得意と聞く。念のために保険を掛けておいた方が良いだろう。


「ラゴ、メモを取ってくれ。今までの分は大丈夫か?」


「しょ、少々お待ち下さい。今、用意します」


 慌てふためくラゴから金属を受け取り、彼女の用意が終わるのを待って、モリブデン鉱の精製法を彼女達へと伝える。


「硫化モリブデンについては確か……その精鉱を三酸化モリブデンの昇華温度以下で焙焼・脱硫して、粗三酸化モリブデンにするんだったな。その後は電気炉により……って電気炉はないか。まぁドワーフが持つ炉を使い硫化モリブデン精鉱に消石灰、灰材、鉄源等を加えて還元製錬したものが、高炭素フェロモリブデンとなる。此処までは良いか?」


「は、はい。問題ございません!」


 ラゴの対応に思いっきり問題があるように見えるのだが……まぁ良いだろう。


「モリブデンのインゴットを得るならアンモニア抽出工程を経なければならないが、今回モリブデンを必要とするのはあくまで特殊鋼の合金添加成分とする為だ。だから現時点では先ほど説明した高炭素フェロモリブデンのままで構わない。因みにアンモニア抽出工程の詳細だが、三酸化モリブデンをアンモニアで抽出し不純物を除去した後、純モリブデン酸アンモン溶液――……いや、これ以上は割愛した方が良いな」


 唖然とする彼女達を視認し、度を越えた説明への辟易を痛感する。

 そういえば、女性は理屈が大嫌いだと聞いたことがある。どうしてそうなるのか? なんて説明するより、不思議だねぇーと調子を合わせた方が良かったのだろう。

 なんかもう……説明するのが苦痛になってきた。バディラッシュ……僕はもう疲れたよ。


「カミュ様、質問があります」


「なんだ、キャラケンダ?」


「昇華とは一体なんでしょうか?」


「あぁ、昇華とは……本当に聞きたいか?」


 はい、と頷くキャラケンダの顔をジロリと伺ってしまう。

 フサフサしていないバディラッシュへと救いを求め僅かながら心を癒していた最中、此処で追い討ちを掛けられてはたまったものではない。

 暫くキャラケンダを直視して彼女の言に罠が無いことを見定めた今、安心感から生じた自然な笑顔が彼女へと向けられた。


「昇華とは元素や化合物が液体を経ずに固体から気体へと相転移する現象のことだ。氷が水にならず水蒸気になるのがその一例だな」


「氷が蒸発するのですか?」


「フリーズドライと言うんだが……知らない、か」


「浅学菲才にして申し訳ございません。それで、もりぶでんの昇華する温度はいくらなのでしょうか?」


 前向きな質問を重ねてくれるキャラケンダが、とても可愛らしく見える。赤ら顔を下に向けているが、何かあったのだろうか?

 それよりも気になるのは、変な汗でもかいているかのような挙動不審さで慌てているラゴの方だ。

 もしかして代筆を頼むべき人選を間違えたのだろうか? だが一度はラゴへと頼んだこと。彼女の完遂を待つのが主君というものだろう。


「で、ラゴ。話を昇華温度に移しても良いか?」


「も、申し訳ございません。書き取りは疎か、理解も出来ておりません」


「そ、そうか……」


「相変わらず愚図じゃのぉ」


 ラウフェイからの止めの一撃が、ラゴの乙女心を粉々に打ち砕く。

 グスグスと鼻を啜りながら下を向くラゴへと、かける言葉が見つからない。

 助けを求めるようにキャラケンダへ視線を移すと、此方に気付いた彼女が大きく頷きラゴへと優しく語り掛けた。


「ラゴ、心配は要りません。わたしが全てを記録しています」


 キャラケンダの放った痛恨の一撃が、ラゴの忠誠心とプライドを粉砕する。

 彼女は声もなく膝から崩れ落ちると、抱えた膝に顔を埋めて黙り込んでしまった。

 今はそっとしておく方が良いだろう。危険物に触れて態々怪我をするのも本意ではない。


「ラゴは少し休むように。それでキャラケンダ、三酸化モリブデンの昇華温度だったな」


「はい、お願いします」


「確か……七百度くらいだった気がするな。まぁ六百度くらいで焙焼すれば問題ないだろう」


「なるほど。詳しいご説明、ありがとうございました」


 だがモリブデンの埋蔵量はアメリカと中国で世界の半分以上と、不自然なほどに大きく偏っていたはず。まだ他の鉱床が見つかっていない可能性も考えられるが、それらがこの世界のこの辺に丁度良く埋まっている可能性などあるのだろうか?

 まぁモリブデンが見つからないのなら、それはそれで構わない。ニッケル基の超合金が作れないだけだ。

 レシピは確かニッケルをベースとして、鉄、クロム、ニオブ、モリブデン等……ニオブ?


「ラウフェイ、ニオブも集めておけ。融点は二千四百十五度、比重は八.五六だ」


「畏まりました」


「で、銀剣を受け取ったドワーフの反応はどうだった?」


「奴等、目が飛び出るほどに驚いておりましたのぉ」


 口端をニヤリと上げて、ラウフェイが悪い笑みを浮かべる。

 余程心が晴れたのだろう。今まで見たことのない見下すような目で、彼女は遥か南を見据えている。

 ドワーフと魔族の力関係は判らないが、彼女の面目が立ったのであれば、それはそれで喜ばしいこと。


「そうか。で? ドワーフ達はミスリルを再現させられそうか?」


「ドワーフ王が頭を抱えておりました。あ奴等の脳ミソでは無理じゃと思います」


「なるほど……ではもっと簡単な合金のレシピを渡そう。キャラケンダ、用意は良いか?」


「はい、問題ございません」


 キャラケンダの視線がメモへと移ったことを確認し、朧げな記憶を引き起こす。

 書き取りに失敗したラゴはまだ落ち込んだままだ。


「急速な冷却が必要になるのだが、先ずは金属ガラスの作り方だ」


「金属の……ガラスですか?」


「まぁ便宜上そう言っているだけで、残念ながら金属が透明になる訳ではない。それでレシピだが――」


 ベリリウムやチタンを確保するのは困難だろう。

 だから一般的? な配合である、ジルコニウムをベースにした、銅、アルミ、ニッケルの合金を教えることにした。

 ジルコニウムの確保は命じていなかったが、そこは努力と根性でカバーして貰うしかない。


「――で、それらを毎秒百度を超える冷却速度で急冷すれば出来上がりだ。ここまでは良いか?」


「はい」


 やはりこの四人の中ではキャラケンダが一番優秀らしい。

 こ面倒くさい話を一度も聞き返すことなく、相も変わらぬ表情でメモを取り続けている。

 少しだけ復活したラゴは安座の姿勢を直立不動に変えていたが、未だに下を向いて拗ねているようだ。暫く放っておこう。


「金属が見つからない、或いは冷却能力が足りず上手く合金が作れない場合は、ニッケル基の超合金でも作れば良いだろう」


「超合金……良い響きですね」


「そ、そうか? ……いや、そうだな。その通りだ」


 バチは幼児心が判っているらしい。

 ご褒美に日本のアニメでも見せてあげたいところだ。


「その超合金だが、ニッケルをベースとして、鉄、クロム、ニオブ、モリブデンをそれぞれ――」


 ニオブもモリブデンも見つかっていないが、そこは努力と根性で確保して貰うしかないだろう。

 まぁ此処はファンタジーの世界だ。大抵の問題が気合いだけで解決することは、私でさえも知る周知の事実。「おぉーー!!」とか「いやぁーー!!」とか言えば、必ずと言って良いほど大爆発が起こるのだ。

 そこに魔法までもが加われば、確実性が限界突破することは間違いないはず。後はドワーフ達の努力に期待しつつ、私は放置プレイを楽しむだけ、それだけのこと。


「放置……? あ、ラゴ」


「……」


 まだ元気の出ないラゴに声を掛けてみるが、彼女は鬱陶しいほどの悲しみに暮れている。

 実に、実に面倒くさい。

 だが此処で考えなしに彼女へと声を掛け、酷いだの冷たいだのと上げ足を取られるのも業腹だ。だから私は無言のまま頭を撫で、嘘八億の笑顔を彼女へと贈った。


「もう大丈夫か?」


「……はい!!」


 何かのスイッチが入ったのだろうか? 突然元気になったラゴを見てドン引きしつつ、ラウフェイへとメモを渡し終えたキャラケンダに一つ頷く。

 キャラケンダが物欲しそうな表情(かお)をしているが、私が何か忘れているのだろうか?

 あ……お礼か。


「助かったぞ、キャラケンダ。お前は頼りになるな」


「え……あ、はい。ありがとうございます」


 何故だ? キャラケンダの元気が急激な低下を見せている。

 原因は全く判らないが、礼を言ってガッカリされるなど、それこそ本末転倒ではないか。

 女性が気難しいのは今に始まったことではない。気にしないのが一番良いのだろう。


「最後にラウフェイ、金属ガラスの注意点を伝えておこう」


「はい」


「金属ガラスは加工硬化能……あぁ、ひずみ硬化のことだが、それが低いため局所的に変形が集中して脆性的にせん断破壊が生じてしまう性質がある。だから今は塑性変形能の改善が課題になっている訳だが――ん? ん゛ん! まぁ簡潔に言うなら、何かを作りたければ鋳物で作れ、ということだ」


「よく判りませぬが、あ奴等にそう伝えておきましょう」


 ラウフェイと他四名の顔にありありと出ている理解不能の文字と、小首を傾げる仕草を見て、これ以上の詳細な説明を断念した。

 やはり説明がくどいのかもしれない。此処は改善の余地があるだろう。

 まぁ伝わらなくても、それはそれで構わない。作りさえすれば判ることだからな。


「またニッケル基の超合金だが、もし可能であれば単結晶で作ってみるのが良いだろう。強度が跳ね上がるぞ?」


「承りました。そのことも伝えておきますのじゃ」


「カミュ様、一つよろしいでしょうか?」


「なんだ? キャラケンダ」


 なんだろう? 今日のキャラケンダは随分と積極的だな。

 素敵な何かにでも目覚めたのだろうか? 間違ってもレストエスと同じ方面にだけは覚醒して欲しくないものだ。

 

「そのニッケル基の超合金には名前があるのでしょうか?」


「あぁ、そのことか。名前はイン――いや、チンコネルだ」


「ちんこねる? ですか。言葉の響きが、とても、そうとても力強いですね」


「あぁ、そうだな。ある意味では最強だ。いや最凶か……」


 ウンウンと頷くキャラケンダを見ていると、彼女の感性がおかしいのか、私の常識がおかしいのか、何がおかしいのか判らなくなってしまう。

 ラゴやバチもキャラケンダに同意の意思を見せている以上、おかしいのはどう考えても私ということ。

 だが先ほどの命名に対する彼女達の反応は実に良かった。決断まで随分と迷ってしまったが、その甲斐はあったというもの。"チ"か"ウ"で非常に悩んだのだが、私の選択はどうやら間違っていなかったようだ。

 特に声を大にして言いたいのが、あそこで"マ"を選択しなかった私の先見の明。紳士である私が選ぶはずもない選択肢ではあるが、まかり間違って失言する可能性も零では無く、そこで"チ"を選んだ私はやはり紳士だということだろう。


「では早速、金属ガラス……のようなものを作ってみるか。だが材料の問題もある。鋼材をベースにして作るしかないな」


 ジルコニウムが無い以上、せめてタングステンやモリブデンは欲しかった。だが無いものを強請っても仕様がないというもの。

 手持ちの鉄、クロム、ニッケルそして炭を混ぜ、隔離した空間内で<火炎嵐(ファイアーストーム)>を使って溶融し、最後に急激な温度低下でアモルファス化させる。

 何故<地獄の業火(ヘルフレイム)>を使わないのか、だと? そんなのは判り切ったこと。単純にオーバーメルトだからだ。


「さて、これで完成だが……この中で剣を使い(こな)せる者は居るのか?」


 そして静粛が訪れる。

 バルディッシュ、ランス、ホール、パルチザン……そして、牙。彼女達が取り出した武器には、剣が一つも無かった。


「カメオウを呼んでくれ」


 落胆の色を気取られぬ様、冷静を装いながら剣の使い手であるカメオウを呼んで貰う。

 はい、と頷いたラゴが、作業に勤しむガーゴイルの一体を捕まえて、軽快にその背中へと乗り込んだ。

 彼女達がどうやって意思疎通しているのか判らないが、彼女を乗せたガーゴイルは迷う素振りすら見せずに滑空を始める。

 彼女が優秀なのかガーゴイルが優秀なのかどちら……いや、おそらくだがガーゴイルが優秀なのだろう。皆まで言わせるな。


 下らない考察を重ねること数分、ガーゴイルの背に乗ったカメオウが眼前へと降り立つ。


「お呼びでしょうか? カミュ様」


「うむ。突然でスマンが、この剣の性能を確かめて欲しい」


「は、はい」


 ぎこちない動作のカメオウへと剣を手渡しその具合を確かめて貰うと、彼の表情は劇的なほどの変化を見せた。そして興奮し過ぎのカメオウが「僕、僕……」と何を言いたいのか全く判らない呻き声を発する。

 暫く聞いてみてやっと判ったのだが、簡潔に言ってしまえば、なんだかとても素晴らしい出来とのこと。

 これで耐熱性があれば完璧な出来らしいのだが、残念ながら耐熱性の付与については未だ手掛かりすら掴めていないのが現状だ。


「皆集まってどうしたのですか?」


「アスタロトか。作った剣をカメオウに見て貰っていたところだ」


「流石はカミュ様……とても素晴らしい出来かと思います。それで、この剣に何か問題でもあるのですか?」


 カメオウから受け取った剣をじっくり吟味したアスタロトから、製作者としての嬉しい一言が飛び出す。

 もう主君を演じる必要が無いのであれば、今直ぐに鍛冶屋にでも転職したいところだ。


「耐熱性が劣っていてな。何か良い対策があるだろうか?」


「……え? あ、魔力を込められては如何でしょうか?」


「金属に魔力を込めると耐熱性が上がるのか?」


「はい。金属の表面に酸化被膜による不動態が形成されると耐食性が向上するように、金属の表面に魔力による不動態が形成されると耐熱性が向上します」


 し、知らなかった……なんだそのファンタジーは。

 やはり異世界、魔力を侮ってはいけないという教訓だな。

 というかレストエス、ラウフェイ、最初に教えろよ! ……いや、無理か。アイツらにこんな知識があるとは到底思えない。


「そ、そうか。そうだったな。後で試してみるとしよう」


「はい。それがよろしいかと」


「では、この金属ガラスチックな剣はラウフェイに渡しておく。ドワーフ達との交渉に使うがよい」


「畏まりました」


 ニッコリ微笑むアスタロトへと引き攣った笑顔を送り、剣と視線をラウフェイへと贈りながら次に製作する剣を思い浮かべる。

 その前に、ラウフェイを休ませるか。


「ラウフェイ、ご苦労だったな。一晩泊まって疲れを癒し、明日移動するのが良いだろう」


「お気遣い、ありがとうございます」


「アスタロト、空いている一軒にラウフェイを案内してくれ」


「御意」


 ラウフェイと共に一礼したアスタロトを見送り、再び手元へと視線を戻す。

 さて、次は何を作ろうか。銅のインゴットを手に持ち期待に胸を膨らませるが、ふとした瞬間にとても大事なことを思い出した。

 魔力を込めると簡単に言っていたが、その方法が全くもって判らないことを。私は一体……どうすれば良いのだろうか?






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