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Lords od destrunction  作者: 珠玉の一品
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報告



 ボガーデンに帰還したグリゴリーが足早に向かうのは、ドワーフ王であるアレクサンドルの執務室だ。

 彼の目的は調査結果の報告。同様に調査を行った部下からの聞き取りは既に終わっている。

 俄かには信じられない調査結果をどう報告するか、苦虫を噛み潰したような表情で彼は苦悩していた。


「ハァ……」


 小さな溜息を一つ溢し、扉の前で姿勢を正すグリゴリー。

 彼は暫く閉じていた目を開くと、意を決した表情で静かに扉をノックする。


 だがいくら待っても室内からの反応がない。

 首を傾げながら恐々と扉を開けるグリゴリーの目に飛び込んできたのは、寂しさだけが残されたもぬけの殻の執務室だった。


「誰も居ない?」


 肩透かしを食らったグリゴリーが、静かに扉を閉めて近くにある別の部屋へと足を運ぶ。

 辿り着いたのは、このボガーデン地区を統括するラシード地区長の執務室だ。

 役職では下、だが年齢的には二十も年嵩の、地区長の部屋を彼は静かにノックする。


 直ぐに扉は開かれ、部屋付きの女性が顔を覗かせた。


「ラシード地区長はいらっしゃいますか?」


「少々お待ち下さい」


 コミカルな中にも凛々しさを備えた女性が、一礼と共に無表情で扉を閉める。

 そしてその直後、再び扉は無表情で開かれた。

 まぁ顔がアレなので、無表情なのか愛想があるのか、同族以外には全く判別出来ないのだが。


「お入り下さい」


「あぁ、ありがとう」


 執務机へと歩みを進めたグリゴリーが、虚ろな目で此方を見据えるラシードを見つける。

 だが彼は一切の動きを見せない。グリゴリーが怪訝な表情で見つめても、彼は着座したままで沈痛な表情を見せるだけだった。

 年齢的には彼の方が上、だが役職的には自分の方が上。そんな自分を座したまま迎えるのは失礼に当たる。しかしそんなことは彼も十分に判っているはず、何か特別な事情でもあるのだろうとグリゴリーは思い直した。


「お久しぶりです。ラシード地区長」


 グリゴリーが一礼とともに挨拶を口にすると、顔を真っ青にしたラシードが弱々しい一礼で応じた。


「久し振りですな、グリゴリー近衛兵長。このような姿で申し訳ない」


「どう、されたのですか?」


「あ、あぁ……不名誉な話だが、君には話すべきだろう。実は……大怪我を負ってな、立ち上がるのが辛いのだ」


「大怪我ですか!?」


 モンスターが犇めく山中であれば、怪我を負うこともあるだろう。

 だが此処は凶悪なモンスターを全て駆逐したはずのボガーデン。丁級である彼を傷付けられるものなど皆無であり、どう間違えば彼が重症を負えるのかグリゴリーには想像もつかなかった。


「昨日、模擬戦をやったのだが……見事に負けてしまってな」


「貴方が負けた!? 一体誰に?」


 近衛兵長である乙級のグリゴリーには及ばないが、ラシードは丁級の実力者だ。

 扱っている武器も真鋼製の業物、そう簡単に負けるはずがない。グリゴリーの疑問は深まるばかりだ。


「さあな。誰かは判らんが、何処ぞのババアだ。たったの一合で自慢の剣を折られてしまったよ」


「お婆さん!? それがたったの一合で? 貴方を?」


 苦笑を交えて吐露するラシードを見ながら、グリゴリーは只々驚愕に包まれる。

 俄かには信じられない話だが、ラシードが冗談を言っているようには全く見えない。

 であれば彼が言うことは本当なのだろう。疑惑に苛まれるグリゴリーに出来るのは、彼の言う信じ難い真実をただ受け止めることだけだ。


「兎に角、あのババアとは戦わない方が良い。君の実力は十分に判っているが、それでも彼女に勝てるとは思えないのだ……」


「ご忠告、ありがとうございます。戦闘は極力避けましょう。私も、お婆さんとは戦いたくないですからね」


 苦笑を交えるグリゴリーが、ラシードの懸念を払拭しようと冗談交じりに視線を落とした。

 グリゴリーは彼の懸念を一応は尊重しようと思っている。だが自分は連合王国内でも屈指の剣の使い手であり、いくらラシードに勝った相手とはいえ自分が負けるはずはない、そう思っていた。

 それと同時にグリゴリーは、年老いた女性へ手を上げるなど忌避すべき行為だと考えている。主君であるサーシャに危害が及ばぬ限り、老女など放置しておけば良い。それが最善であると彼等の思惑は一致していた。


「それで? 陛下の元へは報告に来られたのかな?」


「あ、はい。陛下は今、何方でしょうか?」


「今、工房に居られる。ババアと何か話をしているようだ」


「そうですか、ありがとうございます。では私も工房へ行ってみます」


 眉間に皺を寄せるラシードへと謝意を伝え、グリゴリーは踵を返して扉へと向かう。

 扉を引こうとする部屋付きの女性を横目に見ながら、グリゴリーはその歩みを一旦止めてラシードへと振り返った。


「それで、そのお婆さんの名前は?」


「ん? あぁ、確か……ギョクリュウと言ったな」


「ギョクリュウですか……記憶にありませんね」


「だろうな。只者では無いが、唯のババアだ」


 フンッと荒い鼻息を溢したラシードが、忌々しそうに中空を見つめる。

 彼の鍛えられた体と自信に満ちたプライドはギョクリュウに因って引き裂かれたのだ。未だ根に持っていても今は仕方がないだろう。

 引き攣る笑みを必死に抑えながらグリゴリーは一礼の後で退室する。向かう先は工房、お会いするのは主君、そして武に長けたという老女だ。




 執務室へと続く坑道から一旦外へと出て、採掘場と工房に続く坑道へと入り直すグリゴリー。

 坑道は暗闇に包まれるが、ドワーフである彼の歩みが鈍ることはない。平地と変わらぬ速度で歩を進め、最短で工房へと到着した。


「陛下、只今戻りました」


 作業台の前に腰掛けたサーシャが、足元に置いた剣とインゴットを前に腕組みしながら瞑想に耽っていた。


「へ、陛下……?」


「……ん? あぁ、近衛兵長か。気付かなかった、スマンの。今戻ったのか?」


「はい。遅くなりまして申し訳御座いません」


「いや、無事で何よりじゃ」


 笑顔で配下を迎えるサーシャに、グリゴリーも笑顔で答える。彼が配下の身を案じていたことは、その表情と言葉から察して間違いないだろう。

 サーシャとグリゴリーはあの数千体のコボルト軍団と遭遇しながら、予想外の幸運に恵まれ辛くも逃げ延びた仲なのだ。

 両者の絆が以前よりも強まったことは間違いない。そう、その瞳の輝きが無言で証明していた。


「陛下、ラシード地区長から此方に老女が居ると聞いたのですが」


「ギョクリュウ殿じゃな? 今は此処には居らん」


「そうですか……、一度お目にかかりたかったですね」


「彼女は一ヶ月ほど滞在する予定じゃ。いずれ会うこともあるだろう」


 グリゴリーの表情に変化は見られないが、その声音には僅かながら落胆の色が見られた。

 彼は興味本位で会いたかったのだろう。だがそんな彼の想いとは裏腹に、彼が老女と会うのはもう少し先になるのだった。


「それで、陛下。此処で何をなさっていたのですか?」


「うむ。先ずはこれを見てくれ」


 サーシャから渡された一振りの短刀を見て、グリゴリーは思わず呻き声を上げる。

 見た目は何の変哲もない少々珍しい形の小剣だが、その内包する力は今までに見たことも感じたこともないほどに絶大だった。

 エネルギーの塊、そう表現するのが適当なのだが、この膨大なエネルギーをどうやってこの小さな素体に閉じ込めたのか、グリゴリーには皆目見当がつかなった。


「もの凄い小剣ですね。形は少々変わっていますが、切れ味は想像を遥かに超えるでしょう」


「その通りじゃ。ラシード地区長の持つ業物が、一太刀で真っ二つにされたわ」


「剣を折られたことは地区長から聞きました」


「うむ。見事なものじゃった。じゃが正確に言うなら折られた、ではなく、剣を剣で斬られたのじゃ」


 自分の持つ剣と同質の剣が切り裂かれたという事実に、グリゴリーが目を見開いて驚愕を素直に表現する。

 折られたのではあれば理解出来る。目の前にある小剣の方が固ければ、そういう結果も起こるだろう。だがサーシャが言ったのは斬られた(・・・・)だ。

 真鋼を斬るなど俄かには信じられないが、それを成した実物が目の前にあるのだ。信じざるを得ないだろう。そうグリゴリーは自分に言い聞かせる。


「で、その剣は件の老女が借してくれたのですか?」


「あぁ、いや、これは儂が貰ったんじゃ」


「貰った!? あ……失礼しました。本当にその剣が譲渡されたのですか?」


「まぁ貰ったでは語弊があるな。交換したが正しいじゃろう」


 突然の大声に驚くサーシャであったが、今は気を取り直して愛しそうに小剣をジッと見つめている。

 交換したと言われてもグリゴリーには信じられなかった。これ程の剣を一体何と交換したというのか?


「ま、まさか……ヘラクレス? いや! アマルテイアですか!?」


「いくらなんでもアマルテイアはないじゃろ。対価はただの鉱石じゃ」


「……こ、鉱石ぃ? あ、ですか?」


「あぁ、鉱石と言うか、鉱物が含まれた土くれと、製錬機の貸与じゃな」


 グリゴリーの全身から一気に力が抜ける。その剣の対価が……土? 彼は混乱の中でも懸命に理解すべく励むが、彼の脳内を包む靄が晴れることはなかった。


「土ですか……。ところで、そのインゴットは何でしょうか?」


「これか? これは銀のインゴットじゃ」


 グリゴリーの視線の先を確認したサーシャが、彼の表情に明るさを取り戻すべく説明する。


「銀……ですか?」


「そうじゃ。この剣と同じ材質の銀じゃ」


「はぁ? この剣の素材が銀!?」


「ハハッ! 驚いたじゃろ。そう、紛れもない純銀じゃ」


 礼儀も忘れて大声を出したグリゴリーを、サーシャは楽しそうに見つめた。

 サーシャには彼の気持ちが痛いほど判る。何故なら昨日の自分が、彼と同じ反応をしていたのだから。


「で、陛下はその小剣を再現なされているのですか?」


「そのつもりじゃったが、まぁ無理じゃな」


「陛下でさえ無理となると……素材が違うのではないでしょうか?」


「そうであれば良かったんじゃがな。だが、この小剣の素材は銀で間違いない。本当に残念じゃがな……」


 素材が違っていたならば、どんなに幸せだったことだろう。自分の力量不足を素材の所為に出来たのだから。

 だが現実は彼にとても厳しかった。ドワーフ最高の技術を持つサーシャでさえ、目の前のこの小剣を再現することが叶わないのだ。


「それは……とても残念です」


「あぁ……」


「ですが! 陛下ならば、必ずや真理に辿り着けると私は確信しています!」


「まぁ気長にやるしかないじゃろ。それで?」


 肩を落とすサーシャを見たグリゴリーが、無意識のうちに本心からの必死な声を届けていた。

 グリゴリーは剣技に絶対の自信を持ってはいる。だが鍛冶には全く自信が無い。彼と同じくラシードもシルヴァーニも鍛冶の才能を持ち合わせていない。

 だが今は愚痴を零している場合ではないのだ。サーシャの一言により思考を切り替えたグリゴリーが、本来の表情である真剣な面持ちに顔を戻して目の前の主君と向き合った。


「此処でよろしいのですか?」


「構わん。他に誰も居らんしな」


「では私を含めた五人での調査結果を、今から報告致します。長くなりますが、よろしいですか?」


「うむ、時間は気にせんで良い。詳しく頼む」


 後ろ手に腕を組み直立不動で主君を見つめるグリゴリーを、サーシャは頬杖をつきながら片肘をついて迎え撃つ。これでどんな長話もバッチこいだ。


「では時間軸に沿って話を進めましょう。先ずは陛下と再合流しご指示を仰いだ直後のことですが、彼等の進んだ道とは少々離れたところで奇妙な光景を発見しました」


「奇妙な光景?」


「はい。人間の他殺体が八体ほど打ち捨てられていたのですが、其処には何故か荷物が残されていたのです」


「荷物が? ふーむ」


 顎に手を当て直したサーシャが、唸りながら考え込む。そんな彼を見つめるグリゴリーは、主君を気遣うべく暫しの間沈黙を保った。やがて一つの結論に至ったであろうサーシャが重々しく口を開く。


「物取りの犯行ではなく、死体だけが放置されていたのじゃな?」


「はい。死体だけでした」


「ふむ……それだけでは彼等の関与を疑うのは無理じゃな。話を次に進めよう」


「その後は……筆舌に尽くし難い、悍ましい光景の連続でした」


 痛ましそうに眉根を寄せたグリゴリーの表情に、心音の高まりを感じるサーシャが沈黙を貫く。


「先ほどの死体の場所へ、件の少年の仲間と思われる女性が六人の少女を連れてやって来ました。そして転がっている八つの死体を少女達に見せると、絶句し立ち尽くしている彼女達を後ろから――」


 ゴクリと唾を飲み込んだ顔面蒼白のグリゴリーが意を決して口を開く。


「――後ろから刎ね飛ばしたのです! 少女達の首を。一気に、一瞬で!!」


「首を……跳ねた? その女性がか!?」


「はい。少女達の首を刎ね惨殺したのを、遠目からではありますが部下が確認しています」


「し、信じられん!」


 グリゴリーと同じく顔面蒼白になったサーシャが思わず大声で咆える。サーシャの驚きは尤もだろう。態々八体もの死体を見せ、精神的なショックを与えた上で惨殺するなど悪魔の所業だ。

 彼は決して善人ではないし、必要に応じて敵を屠り首を刎ねることも厭わない。だが配下から報告のあった暴挙を例え求められたとしても、今も、そしてこれからも、とても真似など出来ないだろう。


「その後で彼女が何らかの魔法を使ったようですが詳細は判りません。ですが彼女が立ち去った後の現場には少女の遺体は勿論、元々あった八つの死体もなく全てが忽然と消えておりました」


「死体が無くなっていた? 証拠隠滅か?」


「いえ、証拠隠滅ではないと思います。何故なら彼女が着ていたと思われる、血塗れの服がその場に打ち捨てられていたからです」


「証拠隠滅ではないとすれば、攪乱が目的なのか?」


 サーシャにはその女性の意図が判らなかった。グリゴリーの言う通り証拠隠滅を図ったのであれば得心の範疇なのだが、女性の対応が杜撰過ぎて断定が出来ないのだ。

 首を捻りながらサーシャは考え続けるが、いくら考えても遂にその答えが出ることはなかった。


「私には判りません。異常者の真理など、考えるだけ無駄ではないでしょうか?」


「……そうじゃな。次の話に移ってくれ」


 気乗りのしない返事でサーシャが先を促す。

 これ以上の話は、彼の精神に多大な悪影響を及ぼすだろう。だがそれを配下に調査させたのは他ならぬサーシャだ。

 それがどんな結末であろうと、最後まで聞く義務も責任もサーシャにはあるのだ。


「はい、今度は件の少年の仲間と思われる男性が、野盗の塒になっていた洞窟を襲った件です」


「野盗を襲うのは悪いことではないじゃろ?」


 サーシャが小首を傾げてグリゴリーを見つめる。

 彼の疑問は尤もだろう。野盗とは得てして悪人である。善人であれば義賊と呼ばれるはずだし、野盗と呼ばれるにはそれなりの理由と実績が必要なのだ。

 そんな悪党共が退治されたのか虐殺されたのかサーシャには判らない。だがグリゴリーとて決して清廉潔白ではないのだ。そんな彼が嫌悪感を露骨に表すほどの暴挙とは? サーシャは自分の中で膨れる恐々とした好奇心を感じていた。


「襲われた野盗の数は、三十~四十だったと思われます」


「思われる?」


「はい、まともな遺体が残されていなかったので、あくまで憶測になりますが……」


「遺体がない、とはどういうことじゃ?」


 真っ青な顔で報告するグリゴリーに、サーシャは違和感を覚える。

 野盗が殺されたことなど彼等にとって些末事であり、気にする事でも無いし気にする必要さえないのだ。


「遺体が……全て小間切れにされていたのです。性別すら判別が出来ないほど、それはもう……」


「そうか。じゃが野盗のミンチなど、お主が気に病むことではないじゃろ?」


「それが野盗だけであったのならそうでしょう。ですが――」


「なんじゃ?」


 グリゴリーの口調と表情に、サーシャの覚える違和感が一層強くなる。


「――女性も……性奴隷として囚われていた女性達も、ミンチになっていたのです」


「な、なんじゃと!?……鬼畜の所業か!?」


「残された肉片から女性と判別することは困難でしたが、残された遺留品から女性であると断定しました」


「罪のない女性まで殺すとは……な。信じられんが、それが真実なのじゃろう」


 ふぅと大きく息を吐き出したサーシャが、疲れ果てた表情で空を見上げる。

 主君の気持ちはグリゴリーにも十分伝わった。彼も主君と同様にやるせない思いで胸を詰まらせていたが、それでも未だ終わらない報告を続けねばならなかった。





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