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Lords od destrunction  作者: 珠玉の一品
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調査



 国王であるバルタザール三世が座す煌びやかな玉座の間に、総勢十二名の高貴なる者達が集まる。

 玉座の右に並ぶのは、王国が誇る裁縫技術を只々絢爛であることだけに執着させ、機能性、実用性の一切を排除した衣装に身を包む、贅沢の限りを皮下脂肪および内臓脂肪、或いは脳内脂肪へと変換せしめた醜悪な老人達。

 左に並ぶのは、王国が持つ鍛冶技術および魔訶技術の粋を集めた鎧やローブを身に纏う、鋼鉄の肉体と研ぎ澄まされた頭脳を追求する者達だ。


 玉座の左斜め前に立つのは宰相であるセバスティアン・フュルスト・フォン・メレンドルフ。


 玉座の右側に並び立つのは、王太子である長男のオスヴァルト・クローンプリンツ・フォン・ラスカ=シューラ。眉間に深いを刻む年齢四十の細マッチョな彼は、プライドだけは非常に高いが身長は百六十二cmと非常に低かった。

 続いてハイファウムの北北東に位置するノースアイ領主のカルステン・ヘルツォーク・フォン・シュタイン公爵。

 真西に位置するスプリンファウント領主のディートハルト・ヘルツォーク・フォン・リヒトホーフェン公爵。

 南に位置するソルトグローブ領主のレオンハルト・ヘルツォーク・フォン・パステルヴィッツ公爵。

 同じく南に位置するハイロー領主のフランツ・フュルスト・フォン・マンシュタイン侯爵。

 最後にブリボート領主であるヨハン・グラーフ・フォン・ケーニヒベルク伯爵だ。


 向かい合う左側に並び立つのは、ハイファウムの東南東に位置するゴードフィール領主のギルベルト・フュルスト・フォン・リヒテンシュタイン侯爵。

 更に近衛兵団長であるエンリコ・アイヒマン、騎士団長であるアレックス・ギュルトナー、そしてこの場において紅一点、魔道士団長であるアウグスタ・ローレンツが続く。

 最後に並ぶのはセンデント・ウィズダム領主のイングベルト・マルクグラーフ・フォン・ファステンバーグ辺境伯。


 ちなみに新興国である王国には、王族に連なる公爵は存在しない。

 彼らは元々他国の人間であり、指揮官として活躍した彼等の祖父や父の功績で公爵位を継いだ者達だ。功労者へその功績に応じて領地を分配する例としては、楚漢戦争などの古代中国の戦後処理を辿れば理解し易いだろう。

 彼らが公爵位を賜るほどの功績を上げた戦い、それは父であるバルタザール二世が王国を作り上げる要因(きっかけ)となったもの。

 そう、つまり彼等は祖国の裏切り者であり、元の主君を誅殺した義に乏しき血を持つ者達なのだ。


「各位、急な招集にも係らず、忙しい身を運んでくれたことに感謝しよう」


 玉座に座るバルタザール三世が、壇上から睥睨して皆を労う。


「なんと勿体ない。王命とあれば何時でも……」


 一礼して答えたのはノースアイ領主のシュタイン公爵。鍛え抜かれた体躯に厳つい顔を乗せる彼は、早々に祖国を裏切りいち早く王国へ教順の意を示した家系。彼の父は冴えない下級貴族だった。知恵もカリスマもなくうだつの上がらなかった彼の父は、その能力の低さで当時仕えていた国王にも疎まれる始末だった。

 そして必勝を期した戦いへの従軍も認められず、渋々ながらも拝命したブレノーアイの留守居役だったが、その受諾により彼の下へと幸運が舞い降りる。彼より高位の貴族全員が見事に、一斉に死んでくれたのだ。そして彼は城門を開くことになる。

 その過去を裏付けるかのように、笑みを浮かべて感謝を告げる彼の言葉とは裏腹に、その目には主君への敬意が一切見られない。

 彼に続き宰相以外の面々が同様に(こうべ)を垂れるが、その一礼は左右で全く違う角度を見せていた。


「さて、皆に集まって貰ったのは他でもない。もう既に知っている者も居るとは思うが、六日前に起こった謎の大爆発についてだ」


 玉座の間は静粛に包まれる。驚愕や騒然としたどよめきが起こらない状況に、バルタザール三世はただ無言で頷く。

 彼らは情報を得ていた。情報源は間違いなくこの城に勤める者だろう。

 誰にも聞こえないに小さな溜息を溢してから、バルタザール三世は宰相へと視線を移す。


「では宰相、後は頼む」


「承知しました。では諸侯各位、そして陛下の忠実なる剣達よ。先ずは事件の概要(あらまし)を説明しよう」


 玉座の最も近い位置に立つ宰相が、左右を見回して呼吸を整える。


「陛下のご説明にあった通り、爆発が起こったのは六日前。確認したのはブレノーアイへと赴いていたエルラー近衛兵長。場所はブレーノアイのほぼ真西ですが、爆心地までの距離は未だ不明です」


「距離が不明とは?」


「爆発の規模が想像を遥かに超えており、その規模から相対距離を割り出すことが出来ません」


「それは……どんな爆発だったのだ?」


 宰相の説明に対し、シュタイン公爵とは性格も体格も正反対の、良く言えばふくよか、悪く言えば百貫デブであるリヒトホーフェン公爵が質問を投げかけた。

 人間、食事の贅を極めるとこれほどまでに肥えるのか、と思わせる見事なまで滑稽な体躯に、意地の悪そうなパンパンの顔を乗せている。


「最も近い表現としては、突如として山中に太陽が現れた。……それくらいの閃光だそうです」


「そんな魔法が本当にあるのかね!?」


「魔法ではないようです。ただ爆発の正体は未だ掴めておりません」


「な、何かの見間違いではないのかね……?」


 宰相の言葉を飲み込めないパステルヴィッツ公爵がぽっちゃりな体形に間抜け面を乗せて、宰相の言葉を疑い続ける。

 だが彼の驚愕は仕方のないこと、彼以外の面々もその事実を咀嚼出来ずにいるのだ。

 想像を遥かに超える報告内容、その表情から彼等の懐疑的な心の内が伺えた。


「詳しく説明します。よろしいですか?」


 まだ驚愕に包まれる玉座の間を宰相が見渡し、静粛を待って説明を続ける。


「ブレノーアイの西の山中に突然、巨大で暗雲とした禍々しいドームが出現。その直後、ドーム内で大きな爆発が起こったそうです」


「巨大? 爆発? 何だそれは!?」

「ドーム? 何故ドームが!?」

「宰相、何かの見間違いではないのかね?」


「爆発から戻ったのはエルラー近衛兵長、ただ一人。間近で観測していた近衛兵長の部下は全て巻き込まれた模様。故に爆発の詳細状況は依然として掴めておりません」


 三公からの質問に、宰相はもう一歩だけ踏み込む。だがそれに対する返しは予想されて然るべきものだった。


「ただ一人だと!? 陛下よりお預かりした部下を全員失って、おめおめと戻って来たのか!」

「それは無断越境ではないのかね? 魔国に知られでもしたらどうするのだ?」

「それよりも、エルラー近衛兵長の処分はどうなったのかね?」


「エルラー近衛兵長は只今謹慎中です。無断越境については故意的なものではありません。西方の異変を察した近衛兵の一部が突出、それらを引き戻すためにエルラー近衛兵長が他の面々に確保を指示したようです」


 チラと宰相が近衛兵団長を伺う。彼は微動だにせず真っ直ぐを見据えたまま、眉間に深い皺を寄せている。


「そして……エルラー近衛兵長が戻ったのは、この未曽有の危機を陛下へと知らせるため。彼の想いも汲んで頂ければありがたく思います」


 宰相の一言で怒りの矛先を失う三公。そんな三公を見据えながら、バルタザール三世は只々静観する。彼等が口にするのは疑問や批判ばかり。解決に向けた提案は何一つ出てこない。

 そんな国王を仰ぎ見た宰相が、責任問題から今後の対策へと話題を誘導する。


「ドームの正確な大きさは不明。推測となりますが直径は百里、高さは数十里に及ぶと思われます。またその破壊力については、我々の常識を逸脱した想像を隔絶するほどの爆発、とのことです」


 そして静粛が訪れる。集まった面々の全てが、誰一人欠かすことなく爆発の規模を想像し得ないのだろう。

 そんな静粛を破るように宰相が説明を続けた。


「そしてその謎の大爆発が王都で起きれば……王国の中枢機能が一瞬にして崩壊するでしょう」


「なっ! それは……そう! 魔族、魔族の仕業ではないのか!?」


 思考停止から現実に帰って来たシュタイン公爵が唾を飛ばす。

 だがそれは宰相が目論んでいた話の誘導先、労せず矛先を向けられたのだ。


「確かに。ブレノーアイの西といえば魔国領、その疑問も当然ですな」


 リヒトホーフェン公爵の一言に、宰相はすかさず食らい付く。


「公の仰る通り、爆発現場の調査は必須でしょう。そして魔族……特に魔王の動向は探るべきかと」


「一つ、よろしいでしょうか?」


「どうぞ、リヒテンシュタイン侯爵」


「魔国への入国は正式な手続きを踏んで、でしょうか?」


 金髪オールバッグの細マッチョであるリヒテンシュタイン侯爵が、真意を探るべく厳しい目で宰相を見つめる。

 リヒテンシュタインは三公と歩調を合わせながら、王国が置かれている今の状況を嘆く。彼は非常に高潔な性格であるため、魔国の下に甘んじる現状に不満を募らせているのだ。

 だが宰相はこの厳しい視線に嫌悪を感じない。現体制下での安寧が彼の真意であると判っているからだ。


「魔国で移動を許されているのは国境の集積所まで。正式な手続きの元では爆発の原因調査は不可能でしょう」


「ではどうされるのですか?」


 その問いに宰相は、列の左側を盗み見る。


「私から提案してよろしいでしょうか?」


「何かな? ギュルトナー騎士団長」


「はい、無条件入国が唯一可能な朝貢(ちょうこう)の列に調査隊を混ぜては如何でしょうか」


「……なるほど。そういえば、もうそんな時期だな」


 あまりにも出来過ぎた騎士団長の提案。何か事前の打合せでもあったのだろうか?

 だがその良案と思えたものは、聴衆からの意外な反応を呼ぶ。


「魔族如きに朝貢(ちょうこう)など……何時まで続けねばならぬのだ!」

「あんな蛮族に、何故頭を下げねばならないのだ?」

「それよりも、今年はどれだけの物資を渡すのかね?」


 憤慨する三公。彼らが憤るのは王国の富の流出、ではない。彼らが憤慨するのは魔国の下に身を置き続ける王国の態度についてだ。


「三公の言う通りです! 陛下」


「……オスヴァルト」


「先の大戦で負った我が……いえ、我等が王国の傷は既に癒ています! もう魔族如きに媚びる必要は皆無かと」


「お、王太子殿下、それ以上は……」


 王太子であるオスヴァルトが上げる気炎に、只々首を横に振るバルタザール三世。

 彼に言いたい放題させていては、横の三公が調子に乗ってしまうだろう。調子に乗るだけならまだ良い、もしこの場で魔国との敵対を進言されては遅きに失するのだ。

 王太子や三公の言いたいことは国王にも理解出来る。人間至上主義を掲げる彼等が魔族の顔色を伺い続けるなど、彼らの思考力と忍耐力からして到底不可能なのだ。


「王国の富を他国へ渡すことについては、余も心を痛めているのだ。そしてオスヴァルトよ、この場は……慎め」


 だが、それは認められない。

 バルタザール三世は先の大戦を直接は見ていない。だが物心ついた頃から、当時の側近に詳しい状況を繰り返し聞かされていたのだ。王国が興ったその黒い歴史、そして王国が今も置かれている危うい状況を。


「わ、ワシは別に陛下を非難している訳では……の、のう?」


 横を見ながら慌てて同意を促すシュタイン公爵だったが、隣に並ぶ二公から同意の声は上がらなかった。


「皆にはすまぬと思っている。だが今は耐えて欲しい」


「……」


 宰相の代わりに三公の、ついでに王太子の愚痴を一身に浴びた国王が、僅かにではあるが頭を下げる。

 その姿を見て押し黙るシュタイン公爵達。少なからず国王の真意には気付いているはずだ。だが彼等はその真意を汲み取ることも、苛まれ続ける国王を慮ることも出来ない。それが彼が持つ能力の限界なのだから。

 ただし、彼の嫡男はその真意にすら気付いていないのだが。


「お三方、『滅びたくなければ朝貢(ちょうこう)を欠かすな』をお忘れですか? これは先王のご遺志です。その話は此処までに願います……」


 主の表情を見た宰相が、国王に変わって自制を促す。


 三公、及び二候が領有する地の人口は合わせて二百十万にも上り、それはハイファウムの倍に達している。そしてその領地の全てがハイファウムを取り囲むように配置されているのだ。

 その意味でも彼等への配慮は少なからず必要だった。


 だが何故そんな危険な場所に彼等を配置しているのか? 通常であれば本拠地の周囲に腹心を配置して盾にするものだが、バルタザール二世は敢えてハイファウムの周囲を宛がった。

 一つは、ハイファウムの街の北側には大河が隣接しており、元の本拠地であるドゥーインスへの脱出が船でも可能なこと。もう一つは、日本の明治維新で起きたような遠方からの各個撃破による進撃を防ぐこと。

 つまりは遠交近攻を基本戦略とした攻撃主体の防衛配置である。そして有事に際しても、戦況がもし籠城可能な状態であれば、敵を包み込むように全方位からの挟撃が可能となるのだ。


 だがそんな事態は起きないと国王も宰相も確信している。三公、及び二候が協力して王都を攻めることは決してない。何故なら彼らが重要視するのは自分の立ち位置や発言力であり、王国の安全保障でも貴族の地位向上でも、その何方ですらないからだ。

 もし公爵、若しくは侯爵の誰かが王都に攻め込めば、彼らは間違いなく王と行動を共にして粛清するだろう。そして叛意を持った貴族を徹底的に叩きのめし、再起不能となった貴族の持つ富の一部、或いはその全てを奪う。ただそれだけのことだ。


「そうだな、先王のご遺志だったな。ではギュルトナー騎士団長、その任務に誰が適任だと思う?」


「ハッ! 爆発を直接見たというエルラー近衛兵長が適任でしょう。ですが彼は現在謹慎中の身。であれば近衛兵団長であるアイヒマン殿に依頼するのが順当かと」


「なるほど、ギュルトナー騎士団長の言う通りだな」


 シュタイン公爵の問いにギュルトナーが即答し、リヒテンシュタイン侯爵が同意する。そして宰相がそれに続いた。


「ではアイヒマン近衛兵団長、具体的にはどうするつもりだ?」


「はい、近衛兵団は勿論ですが、騎士団や魔道士団を同行させるのは問題があるかと。素性が確かな探索者を雇うのは如何でしょう?」


「良い案だが、此方の素性を明かさずに依頼することは可能なのか?」


「当てはあります。ご安心下さい」


 どこか安堵の表情を浮かべる宰相の問いに、眉間に深い皺を刻んだアイヒマンが断言する。

 彼の表情からは悲壮感とともに固い意思と不退転の決意が伺えた。


「では、その準備に何日必要だ?」


「一日、と言いたいところですが……不測の事態を考慮し、二日ほど頂きたい」


「陛下、これでよろしいでしょうか?」


「うむ、よかろう。ではアイヒマン近衛兵団長、頼んだぞ!」


 宰相と近衛兵団長の整合結果に、バルタザール三世が承諾の旨を伝えて力強く頷く。

 その際、一瞬だけ国王と宰相の視線が絡まった。だが直ぐにそれは解かれる。

 

「では輜重隊の出発は二日後の朝とし、輸送方法は昨年同様の陸路をとする。真西にある二本の川は、馬車ごと筏で渡るように」


 宰相の締めに答えて、玉座への一礼を終えたアイヒマンが、颯爽と玉座の間を後にする。

 その後ろ姿を眺めたバルタザール三世が密かに安堵の息を漏らした後、宰相が次の議題へと皆を誘った。


 

 



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